#22 地域間の教育格差は○○が救う…多分ね。
今回もVoxEUから興味深い記事を発見したので、自分なりに身近な話題を交えつつ日本の話にも触れながらその紹介をしよう。Bianchi, N., Y. Lu, and H. SongによるNBER Working Paperに掲載されている2020年の実証研究“The Effect of Computer-Assisted Learning on Students' Long-Term Development”を解説した記事"Reducing rural-urban education gap through computer-assisted learning: Evidence from China"である。
ほとんどの国では都市部と地方の間に大きな教育格差が存在する。日本では、今年に入って徳島県出身の女子高生・松本杏奈さんがスタンフォード大学に合格したことが話題になっている。松本さん自身、海外受験に向けて準備するなかで地域格差を感じることは往々にしてあったと述べている。そうでなくとも、そもそも都市部と地方の間で教育格差が存在しなければこの件はここまでの話題にはなっていないことだろう。逆境を跳ね除けてのスタンフォード進学は素直に称えたい。数年前には釧路から東大に進学した人の記事も話題になっていた。隠岐島のようなパターンもあるにはあるが、あれはあくまで例外だ。ところで、こういった地域格差に対して反緊縮・反グローバリズムの連中は国がしっかりとか言うくせに、本質的には同じ問題である国家間格差にはほとんど興味を持たず、むしろグローバリゼーションの否定によって格差を拡大しようとするのって何なんですかね?
この研究のテーマはまさにその話だ。World Inequality Database on Educationのデータによると、都市部における中等教育修了率は地方における修了率に比べて、低所得国では288%、中低所得国では62%、中高所得国では46%、高所得国では18%高い。では、途上国の一例として、中国ではどうだろうか。中国は国内に地域格差のような矛盾を抱えていることはしばしば指摘されている。実際に、北京や上海・広州のような沿海部と、チベットやウイグル(の場合は特殊事情かもしれないが)や四川省・青海省のような内陸部の地域格差は日本どころではなく深刻だ。2000年の中国では、農村部の中等教育機関の教員のうち、学士号を取得しているのは14.3%に過ぎなかった(都市部では32%)。農村部の中学生の高校進学率は7.1%しかなく、都市部の高校入学率はその9.4倍だ。
こうした教育格差を解決しようと多くの国が取り組んできた。日本も中国も、教員に僻地手当が出る。だが、このタイプのプログラムは大抵うまくいかない(しデータが示すとおりうまく行っていない)。優秀な教員がわざわざ農村部に行きたいかという話である。だが、ここにきて代替案になりうるものが登場した。オンライン教育だ。
驚くべきことかもしれないが、中国は国内での大規模なオンライン教育の普及に取り組むのが日本に比べてはるかに早かった。日本でギガスクール構想が登場したのはここ数年だが、この研究でも述べられているように、中国では2004年から大規模なオンラインの導入が始まったそうだ。具体的には、以下の3つのことを行った。これにより、中国の地方の1億人以上の小中学生が国内トップクラスの優秀な教員による教育を受けることが可能になった。
①小規模校を含む地方の小中学校にDVDプレーヤーセットを440,142台配布、国内の最も優秀な教員が作成した講義や教材を収録した教育用CDの再生に利用できるようにした。
②地方の小中学校に264,905台のコンピュータと衛星受信セットを設置、講義のインターネット配信を可能にするとともに教員が授業のコンテンツをネットで検索できるようになった。
③地方の中学校にコンピュータ教室を40,858室建設、これにより新しい教材を自分のデバイスから利用することができるだけでなくコンピュータの授業もカリキュラムに組み入れることが可能になった。
いったん話はそれるが、おそらく日本に先んじて中国でオンライン教育に関する野心的な取り組みが行われたのは「リープフロッグ」で説明がつくはずだ。他の国に比べて遅れているからこそ、問題を抱えているからこそ、途上国に先駆けてその問題を解決するための新技術の普及が途上国で進むというアレだ。
さて、それでは教育改革の成果を見てみよう。本研究では主な成果は3つ述べられている。
①従来の研究では、オンライン教育によって数ヶ月後の試験のスコアが向上する可能性が示されていた。今回の調査では中学時代に改革を経験した学生の7〜10年後の成績がそうでない学生に比べて高かったことが示された。また、教育を受けた年数も0.85年のびた。
②中学時代にオンライン教育を受けた個人はそうでない個人に比べて平均59%も多くの収入を得た。また、手先の器用さよりむしろ認知能力が必要とされる職業に就く可能性が高くなった。
③中学時代にオンライン教育を受けた個人のインターネットやコンピュータの利用率はそうでない個人に比べて15%増加した。
著者の述べるように、農村部と都市部の格差は先進国でも発展途上国でも共通の現象だ。それゆえ、この研究で示されたように、教育にテクノロジーを導入することは日本においても東京と地方の教育格差を解消するために有用であろう。
最後に、感染症の蔓延でオンライン教育への注目は高まっている。大学生の間ではオンライン授業への不満も見られるが、しかしオンライン教育への投資を怠るべきではない。対面授業に戻せるようにすることも大事だが、こればかりはいつそれがうまくいくかは不透明である。であればより一層、オンラインでより質が高く学生が満足できる教育コンテンツを供給できるようにする努力もまた必要なはずだ。
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