風邪をひくのもイイ
子どもの頃、何かにつけ、よく風邪をひいていまし
た。喉が痛くて、頭が痛い。幼いながらも、「風邪
かも?」というのはジブンでもわかりました。
「おばあちゃん、のどが痛い・・・」
そう言うと、祖母はいつも直ぐに手をおでこにあて
てくれました。そしてジブンのおでこにもあててい
ました。
「かおちゃん、熱を測ってみようね」
そういうと、今では見かけない水銀の入った体温計
を取り出し、脇に挟むように促されます。いまなら
計測すると「ピピッ」とアラーム音が鳴りますが、
音なんてなりません。数分シッカリはさんで体温の
確認をします。
37度を超えていたら熱があるという印。風邪だとわ
かっても、当時は自宅近くに病院はなく、自宅でも
殆どベッドの上だった祖母は病院に連れて行くこと
なんて出来ません。
できるコトと言えば、ひとまず祖母のベッドに潜り
込み、一緒に寝てるだけ。それでもわたしにとって
は一番安心な場所。のどの痛みも熱で頭が痛いこと
も、なんともないくらいに感じていました。
なによりも大好きな祖母が傍にいてくれるのです。
それだけで楽になる気がしていました。
祖母と同じベッドに潜り込み、祖母のぬくもりを感
じているとわたしはいつもいつの間にか眠っていま
した。そして目が覚めると、不思議と叔母が白いビ
ニールで出来た買い物袋にいっぱいアイスクリーム
を買って来てくれていました。
(どうして風邪をひいたときはおばちゃんはアイ
スクリームを持ってあらわれるんだろう?)
子どもの頃はそう感じていました。風邪をひくと
不思議と叔母はアイスクリームを沢山持って来て
くれていました。
わたしがベッドの中でウトウトしていると祖母と
叔母は色々お話をしていました。祖母はとても楽
しそうでした。
ひとしきり2人で盛り上がっていたかと思うと、
いつも叔母は姿が見えなくなっていました。次に
目が覚めた時には叔母がわたしのために芋やお餅
が入ったお粥さんを作ってくれていました。
祖母が作るお粥さんはサラサラなお湯とお米だけ。
けれど叔母が作ってくれるお粥さんには甘くてお
いしいサツマイモが入っていました。
そして時々、小さく切ったお餅まで入っているこ
とも。なんだか豪華なお粥に感じられ、風邪のこ
となんか忘れることが出来ました。
身体が弱かった祖母は、わたしを病院にも連れて
行けないどころか、食べさせることすら出来ない
ほど体調が良くない時があったのか。
そんな時には、そっとジブンの娘である叔母に電
話をして来てもらっていたのだろうと思います。
よく、親が子どもに対して
「1人で大きくなったような顔をして・・」
なんて言いますが、その通りだと思います。
人間の子どもは1人では生きることは出来ず誰かの
力を必要とするもの。両親だけでなく、祖父母や
叔父、叔母など身近な沢山のヒトに見守られて初め
て大きくなることが出来る。
今のわたしがあるのも沢山のヒトのおかげ。
幼いころのこんな思い出があるからこそ、祖母は
わたしが12歳の時になくなりましたが、今でも欠
かさずお墓参りにも行きますし、ご仏前で手も合
わせます。
あれから数十年。
あの時、芋の入ったお粥さんを作ってくれた叔母
も体調を悪くして病気と闘っています。
祖母もきっと、天国から叔母のことをシンパイして
見ていると思います。この世で助けることのできな
い祖母に代わって、今度はわたしが叔母に寄り添う
。
幼いころ、祖母からも叔母からも沢山の優しさを
もらって来たのだから。
~かおのことが気になるあなたへ~
分かりやすそうに見えて、なにか掴みどころがない
と言われるわたし。
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ます。どうぞこちらもご覧くださいね。