『ジジイ・オンライン』第2話

「見ろ! スライムじゃ!」
「あらまあ〜! こうして直接お会いするのは初めてですわね!」

 街を出て草原エリア。このゲームで最初のステージ。
 ファンタジー定番のスライムに遭遇し、テンション上がったメガデスキャノンが近づいてつんつん触る。

「とぅるん♡ってしてますわ! とぅるん♡って! あなたこんな感触をしてましたのね……」
「不用意に近づくな。そいつは、モンスターだ」
「だぁいじょぶですわよ! 最初の敵なんてたかが知れてますわ! よっこらせっと」

 ケリーの忠告も虚しく、メガデスはスライムの上に腰掛けたではないか。

「ああ〜♡ アレですわね、人をダメにするソファのような……」
「人をダメにというか、腰がダメになるんじゃよなアレ」
「フン、忌々しい……」
「なにか嫌な思い出でもあるのかの?」
「……忘れもしない。通販で届いた段ボールを、鋏で開けようとした時のことだ」
「あー待ってオチが分かったから聞きたくないんじゃが」
「手が滑り、ノートPCの上にソファから溢れた大量のビーズが……! アレは、人が生み出した呪いの産物だ……!」

 ビーズクッションソファにトラウマを抉られるケリー。
 まだ最初のステージの最初の敵。
 緊張感なくはしゃぐ3人だが、すぐに思い出すことになる。
 これが、1人の人間が人生を燃やし尽くした本気のゲームであることを。

「あァーッ!? なんか溶けてる!? 溶けてますわァ!?」

 突如として絶叫するメガデス。
 見れば、彼女の体はスライムの中に沈んでいって、身体中からダメージエフェクトのポリゴンが散っている。

「うわエグいのう……」
「メガデスキャノンが親指を立てながらスライムに沈んでいくシーンは涙なしには見られない……」
「ま、始めたばかりじゃし死んでも失うものは少ないじゃろ」
「ああ、巻き込まれてはかなわん」

 早々に救出を断念した2人の前で、ばっちゃばっちゃと暴れながら、メガデスはスライムの中へと沈んでいく。

「いやァァァッ! 死にたくないッ! 死にたくないィィィィッ!」

 ──死んでもいいゲームなんてぬるすぎますわ。

 痛いのを恐れず防御力を振らなかった愚者の断末魔が響き渡った。

 ◇

「アル晴レタ日ノ事〜」「魔法以上のユカイが〜」「限りなく降り注ぐ〜」
「絶対無理をしない! 曲げられるところまでで良いから! そう! その調子! ハイ楽しんで最後まで踊り切る! できるできるできる!」

 夕刻。
 機能訓練指導員のお兄さんに従い、懐かしのアニソンに合わせて体を動かす老人たち。
 身体機能が衰えないよう運動を済ませてから、食堂へと移動する。

「いや〜聞きしに勝るクオリティでござったな! 拙者も彼女の目を通して見ていたでござるが、よもや吹き抜ける風の感触まで感じられるとは! そうそう、メガデス殿とも打ち解けたようで安心したでござるよ!」
「うむ、いつもの星野じゃのう。その人格スイッチは一体どういう原理なのじゃ? 完全無欠のネカマみたいなことになっとるぞい」
「シャーマニズム……降霊術の類いか、あるいは……」
「なはは! そんな大層なものではござらぬよ!」

 “何歳になっても美味しい料理”をポリシーに掲げる元三つ星シェフの料理を食べつつ先程までの反省会。
 ゲームは1日1時間──とまでは言わないが、夕食を無視してゲームをぶっ続けるのは健康に悪い。

「とりあえず──メガデスが死にすぎじゃな」
「極振りの代償だな。ああも出会う敵全てに突っ込んで死なれては笑うしかない」
「何されても死ぬから死に方のバリエーションがすごいんじゃよな」
「貴殿らの言うことも分かるでござるが、拙者はその無鉄砲さに救われたゆえ、それが彼女の持ち味だと信じてるでござるよ」
「……まあ、やられる前に殴れば強いのは間違いないからのう」
「紙装甲のバ火力を効率的に運用するためのチームワーク……それが我々の最初の課題か」
「そうじゃのう。幸い第一界はいかにもチュートリアルと言わんばかりにモンスターの挙動も素直じゃ。今のうちにワシらなりのパーティ連携を鍛えるとするかのう!」

 ◇

 当面の目標も定まり、数日。
 一行は行動範囲を草原から先の森丘エリアまで広げていた。
 森の中は草原より視界が悪く、蛇や狼といったオーソドックスな動物系モンスター、そして──

「いたぞ! ゴブリンだ!」
「ゴブリンどもは皆殺しですわ!」
「人前に出てこないゴブリンだけが良いゴブリンじゃ!」

 餓鬼のような緑の体躯に、尖った耳。
 襤褸を身につけ棍棒を持ったそれは、お手本のようなゴブリンだ。

「プランAで行くぞい! まずはワシが相手じゃ!」

 あれからパーティの練度は上がっている。
 回避性能高めのノブツナが先陣を切り、敵の注意を引く。
 ゴブリンの棍棒を剣で受け流し、周囲を警戒。

「その間にわたくしが背後から近づいて──」

 ノブツナと睨み合うゴブリンへと回り込むように、AGI敏捷ゼロのメガデスがのっしのっし歩いていく。
 が、その途中で彼女の肩を何かが貫いた。
 
「ア”っ!?」

 不意のダメージに奇声をあげつつ見れば、岩陰に複数のゴブリンたち。
 そのうち1匹が、槍を投げたらしい。
 命中を確認すると、ゴブリンたちが一斉になだれこむ。

「あーっ! あーっ! そんな、寄ってたかって、卑怯ですわよ! やめてくださいまし! やめてくださいまし……っ!」

 タイマン火力には目を見張るメガデスだが、こうして取り囲まれてしまえば成す術がない。
 地面にうずくまり、両手で頭をガードしながら、ぎゃんぎゃん喚いてゴブリンたちを足止めするデコイへと成り果てる。

「またか! まったく世話の焼ける……!」

 その様子を見て、唯一の後衛職、魔術師のケリーがメガデスを取り囲むゴブリンたちに狙いをつける。
 魔法の杖を構え、

「えーと……詠唱が必要だったか……? いや、それは中級魔法からか、初級魔法の場合は──ええい、範囲攻撃ではアレも巻き込んでしまう……この場合、単体攻撃系の魔法で一体ずつやるしか……いや、しかし──」

 覚えた魔法の種類と効果を把握しきれていないケリーがおろおろする。
 そうこうする間に、しびれを切らしたノブツナが最初のゴブリンを叩き斬る。

「お主ら、なにを遊んでおるのじゃ!?」
「黙れ! 集中が途切れる! くそっ! オレはどの魔法を使おうとしていたんだ……ッ!?」

 ノブツナの叱咤が裏目に出て、ケリーの混乱が加速する。
 メガデスのHPゲージの減りも加速する。

「屈辱ですわ! こんな、下等な、ゴブリン風情に、このわたくしが……ッ! ちょっと! 縦ロールを殴らないでくださいまし! アーッ! アーッ!」
「もう見ていられん! ワシが行く!」

 お嬢様がゴブリンに囲まれるヤバい絵面をなんとかするために突撃するノブツナ。
 丁度その時、ケリーの詠唱が完了した。

「焼き尽くせ──“ファイアボム”!」

 放たれた魔法は1匹のゴブリンに炸裂。
 するや否や、周囲を巻き込んで爆発した。

「あ、やべ」

 間違えて範囲魔法撃っちゃった☆

「なんでじゃあーーーーーーっ!?」
「わたくしの縦ロールがァァッ!?」

 ゴブリンもろとも炎に包まれた2人の絶叫が、哀しく森に響き渡った。

 ◇

「えらい目に遭ったのじゃ……」
「ゴブリンは馬鹿でも間抜けじゃない。間抜けはわたくしたちの方でしたわね……」

 こんがり焼き上がって一命を取り留めた2人。
 そこに、聞き慣れない声がかけられる。

「ふーん……ホントに始めたんだ。そのノブツナってHN、ツナ爺でしょ?」

 鈴のような少女の声。
 見ると、銀髪赤目ツーサイドアップのロリが立っていた。

「ぬう、そのアバターは、まさか……!?」
「そーだよー? ツナ爺の押し入れの奥にあったやつ。どーじんし、って言うんだよねぇ? あは♡ ツナ爺こういうのが好きだったんだぁ? キモオタすぎてゲンメツー♡」
「ぐぬぬ、この孫娘マゴガキ……!」
「見てたよー? さっきのゴブリン。あんなのにメチャクチャされて、よわよわじゃん♡」
「ええい、その不埒なロールプレイをやめんか! 抜けなくなったらどうするんじゃ!」
「ツナ爺みたいに〜? あは、ウケる♡」

 突然の闖入者にケリーが不審な目を向ける。

「知り合いか?」
「あれは……ワシの孫じゃ……」
「マジですの!? あのメスガキが!?」
「うぬ……普段は物静かで器量がよくて気配りができてまるで地上に降りた天使のようなんじゃが……」
「絵に描いたような孫バカですわね」
「だって事実じゃもん。……む? 他の2人は何者じゃ?」

 改めて見ると、3人のプレイヤーが立っていた。

 HN:リリィ(小悪魔めいたノブツナの孫)
 HN:ガクト(騎士っぽい見た目のイケメン)
 HN:サン(魔術師風の猫耳フード少女)

「んとねー、ガッくんはクラスメイトでー、」
「ガッくん??」

 ノブツナの目が血走った。

「ガクトとやら……孫とはどういう関係かの?」

 爺に睨まれたガクトという青年(?)は、首に手を当て、イケメンにしか許されないポーズで、

「別にオレ、こいつとはそんなんじゃないですよ」
「こいつぅ〜〜〜??」

(このガキ、絶対ワシの孫すきじゃん……!)

 完全に臨戦体制に入るノブツナに、リリィが不敵に微笑む。

「ねぇツナ爺、せっかくだから勝負しよっか?」
「勝負……じゃと?」
「そ♡ このゲーム、パーティ戦があ
「乗った!!」
「あは♡ 必死すぎー♡ それじゃあ詳細は──」

 ノブツナの独断で、3日後に孫パーティと勝負することになった。

 ◇

 VRゴーグルを外す。
 大人びた雰囲気の黒髪美少女。
 歳は中学1年といったところか。

 部屋は綺麗に整頓され、几帳面な性格が窺える。
 机には、女の子らしい調度品に似合わぬ古びた将棋セット。
 年代物だが、大事に手入れされているようだ。

 将棋盤を指先で撫で、少女は呟いた。

「──おじいちゃんの、嘘つき」

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