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キョーダイ
昼下がりの皮膚科の待合室に、突如、勇ましい声が響いた。
「よいしょ、よいしょ。」
なんと幼稚園のお帽子をかぶったお兄ちゃんが、小さな妹を負ぶって階段を上がって来たのである。
私の隣りに空いた席を見つけて、「あっ、ここ。ここに座っててね。」と言って、お兄ちゃんは背中からドスンと妹を下ろすと、安心したのか自分は床の上に座り込んだ。
妹は黙ってお兄ちゃんを見つめ、しばらくすると、お兄ちゃんのお帽子に小さな手を伸ばし、脱がせてあげた。
この兄妹はどこからやって来たのかしら。
汗だくになったお兄ちゃんを見ていると、きっとかなりの距離を歩いて来たのだろう。可愛い妹の仕草にお兄ちゃんはニコッと微笑み、半ば乱暴にお靴を脱がせて妹をムギュッと抱きしめた。
すぐ隣りで繰り広げられる小さな兄妹の何気ない日常なのに、微笑ましさを飛び越えて、なんとも胸にキュンとくるものがあった。
兄弟。姉妹。兄妹。姉弟。
考えてみたら、とても不思議な存在だ。
同じ父親、母親から生まれた人間なので姿カタチが似ていたり、性質が似ていたり、強い結びつきがあったりするが、自分以外の人。明らかに別の人。なのに、〈他人〉ではない。
私にも、二つ年下の妹と八つ年下の妹がいる。
時には、三つ巴になって思いをぶつけ合うくせに、あの兄妹のように、気がついたら誰かが誰かを負ぶって歩いて来た。
それぞれに伴侶ができ、子に恵まれても、強力な結びつきを持った特別な存在の〈他人〉である。
馬鹿げているが、笑えない思い出話がある。
昔、私は愛していた人にこう言った。
「妹とあなたが海に投げ出されて浮輪が一つしかなかったとしたら、私はそれを妹に投げるわ。」
さすがに気まずくなって、
「あなたは泳ぎの名手じゃない!ごめんね。妹は泳げないの。」
そんなウソで取り繕ったが、本心は「当たり前でしょ。キョーダイなんだから。」と
妹も昔、恋人と同じような会話をしたことがあると言う。
「ボクとお姉ちゃん、どっちが大事なんだ!」
何と答えたのかは、言わずとも…。
残念ながらというか、当然というか、
私も妹も愛する人と別れ、花のバツイチ満喫中。
二件とも笑えない話だ。
キョーダイと言う名の〈他人〉の存在は、とても不思議なのである。
2016年6月 MFCエッセイより 神野美伽