小説「ユナイタマの島」ー4
岩田(いわた)俊史(としふみ)、三十二歳無職、独身、東京都在住。それが、遺体となって発見されたてぃだぬかじの宿泊客の身元であった。県警による司法解剖の結果、胃からは大量の塩酸テトラヒドロゾリンが検出された。その物質には目の充血を解消させる血管収縮作用があるため市販の目薬や点鼻薬に含まれていることが多いが、過剰な経口摂取により人を死に至らしめることが確認されている。海外では、目薬による毒殺事件や毒殺未遂事件が後を絶たないという。
捜査によって宿に残された岩田の荷物から遺書と鬱病の診断書が見つかり、またレシートから彼自身が都内のドラッグストアで目薬を購入していたことも判明し、県警は自殺という結論を出した。新聞はもちろん、ネットニュースでも大々的に取り上げられた影響で、ゴールデンウィークの予約は全てキャンセルになってしまった。
「そっかぁ。まぁ、しょうがないよねぇ……」
予約状況の報告をしようと、大海は美桜の部屋を訪れた。美桜はただそれだけ言って、意味もなく天井を仰ぎ見る。
「ごめんなさい。せっかく協力してもらったのに」
「何で謝るの? ヒロミくんのせいじゃないでしょ」
美桜のぎこちない笑みが、大海の胸をより強く締めつける。
「あの……もう、帰ったっていいんですよ」
「えっ?」
真意を問うように、目を見開く美桜。
「だって、イヤじゃないですか? こんな気味の悪いところ」
「…………」
正座をした膝の上で拳を握り、俯く大海。声は震えていて、今にも泣き出しそうになっている。
「ミオウさんは、神秘的で面白いって言ってくれたけど……もし、あなたにまで何かあったら……」
言葉も絶え絶えになった時、美桜は大海の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
「大丈夫だよ、ヒロミくん。ボクの身には何も起こらない。絶対に」
「……どうして、そんなことが言えるんですか!?」
顔を上げ、睨みつけるように美桜の真っ直ぐな目を見つめる。
「ヒロミくんこそ、どうしてボクの身を案じてくれるの? 彼はこの島に自殺しに来ただけで、殺されたわけではないんでしょ?」
幼子を諭すような口調で核心を突かれて、大海はようやく己の失言に気づいた。あれは自殺に見せかけた殺人だったという根拠がなければ、次の被害者になり得る者へ忠告するわけがない。美桜は、その一言に隠された真実を瞬時に見抜いてしまったようだ。
「お願いだから、知っていることがあるなら教えて欲しい。あの晩、どうして君は外で眠っていたの? サトミさんは夢遊病かなとか言ってたけど、本当は、岩田さんがどこかへ出ていくのを見かけたから追跡しようとして、その途中で誰かに邪魔されたんじゃないの?」
まるで見ていたかのような口振りに、耳を疑った。
「どうして、そんなこと……」
「実はね、キミを家まで連れ帰ったのはボクなんだよ。あの夜、ふと目が覚めた時にキミがいなかったから宿中を探し回ったんだけど、靴箱を見たらキミのサンダルと岩田さんの靴だけがないことに気づいて外へ探しに行ったんだ。そしたら、御嶽の前でキミが倒れてた。幸いキミは意識を失っていただけだったけど、あんなところで寝てしまうなんてあまりにも不自然だと思ってね」
見事な推理力だ。何もかもを見透かされて、唖然としてしまう。
「砂利道だったから足跡はなかったけど、もし仮に、岩田さんを追跡していたキミを誰かが気絶させたとしたら……それは、他殺の根拠に十分成り得ると思わない?」
その通りだ。入水自殺ではなく、殺してから海に投げ捨てるところを目撃されたらカモフラージュは成立しなくなる。
「それに、目薬の成分が見つかったっていうのも変だよ。自殺したいなら真夜中の海に飛び込むだけで十分なはずなんだから」
「…………」
それもそうだ、どうしてそんな根本的なことに気づかなかったのだろう。
「ボクはね、もしこれが本人の自殺願望を利用した殺人だったら、そんなのは絶対に許さない。これまでの失踪事件もそうだったなら尚更だ」
「……お兄さんが、自殺したから?」
「そうだよ。辛くて苦しい気持ちは本人にしかわからないけど、煽ってわざわざ死に追いやるなんて……そんなの、黙ってられないよ。この美しい島が風評被害に遭って、客足が遠のいていくのも嫌だしさ」
不安げな表情の大海を励ますように、彼はまたウインクをした。
「……あれ、待ってミオウさん。煽って死に追いやるって、どうしてそんなことわかったの?」
「ああ、それは……ちょっと待ってね」
両手を大海の肩から放すと、彼は自身のスマートフォンを取り出し、SNSの画面を開いた。
「何か手掛かりはないかなと思って、岩田さんのものらしきアカウントを見つけたんだよ。この島に来るまでの経路を写真と一緒に逐一報告してたから、すぐにわかった。投稿の日時も一致してるし」
アイコンに画像設定はなく、アカウント名から岩田俊史を連想することもできないが、その投稿履歴を見れば彼のものであることは明らかだった。そしてその行動が開始されるまでの投稿を遡ると、支えてくれる家族や友人のいない孤独な毎日に耐え兼ねていたこと、仕事も人間関係もうまくいかなくて職場を転々とし続けてきたこと、上司や同僚はおろか部下からも嘲笑され続けていたことを苦痛に感じてきた日々が見て取れた。特に亡くなる直前の履歴は、こんな出来損ないな自分は嫌だ、惨めな人生は嫌だ、早く死んでしまいたいという心の叫びで溢れ返っていた。
「それで、気になるポストがあったんだけど、ちょっと読んでみて」
俺は死にに行く。ユタの儀式を受け、聖水を飲み魂を浄化し、体を海に投げ入れることによってニライカナイへ渡り、海の一部へと生まれ変わる――。
大海はその文言を読みながら、背筋に悪寒が走るのを感じた。
「自殺を仄めかしてるでしょ。しかも、この文面だとユタっていう人の協力を得て実行するみたいな意味だと思うんだけど、ヒロミくん、ユタについて何か知ってる?」
「それは……」
「古来より、沖縄の島々に存在している巫女……つまり、シャーマンのことだよ」
いつの間に入って来たのだろうか、喜一が二人の背後からその問いに答えた。突然のことに悲鳴を上げた大海と美桜だったが、喜一は微動だにせず続ける。
「ユタは人間界と霊界を繋ぐ架け橋であり、神々や祖霊の意思を告げる者だ。本来なら、迷える集落の人々を導くためにその能力を使うべきだが……」
「……おじい?」
言い淀む彼を怪訝そうに見つめると、視線が合った。
「大海。お前の同級生に、宮城の家の娘がいるだろう」
「うん、いるけど……ハノンがどうかしたの?」
「あそこはユタの家系だ。その娘の祖母が、この島で唯一のユタだった。もう十年以上も前に亡くなったが……その娘がもう神懸かり(カミダーリ)を経て覚醒している可能性が高い」
「ハノンが……ユタ!?」
岩田がいなくなった夜、御嶽で人魚の歌を歌っていた彼女の姿を思い出す。その仮定が真実だとしたら、神々と繋がる聖域で人ならざるものの歌を響かせていたことにも頷ける。まさか、自分が来る寸前に、あそこで儀式とやらをしていたとでも言うのだろうか――あまりのことに、指先が震えそうになる。しかし証拠はなく、その目的も見当がつかない。その上、彼女の共犯者に成り得る者も全く思い浮かばなかった。
「キイチさん、カミダーリって何ですか?」
「ユタはユタになるべくして生まれる、それは避けられない宿命だ。カミダーリとは、ある日突然ユタになるべき者が侵される巫(ふ)病(びょう)のことだ。耐え難い頭痛や幻覚に苛まれるが、運命を受け入れ、ユタになることを決心するまでその苦しみは続く」
「じゃあ、ハノンがしょっちゅう学校を休んでたのは……」
「カミダーリに違いない。宮古へは治療ではなく、親戚のユタから判断(ハンジ)を得るために行ったのだろう。ユタになればカミダーリは終わるが、その代わり原因不明の病に侵される。その娘の場合は、それが失声症だったのだろう」
「そんな……」
冷や汗が額を伝う。全身の震えが止まらない。幼馴染の少女がユタで、しかも内地の自殺願望者を誘惑して殺している――あまりにも恐ろしい仮説を前に、大海は言葉を失った。そんな彼を落ち着かせるように、背中に手を添える美桜。
やはり、彼女に真相を明かしてもらうべきなのだろうか。そんなことばかり考え続けて、大海はその夜眠ることができなかった。
*
「おーい、一喜、聡美さーん! いるかーい!?」
次の日の昼下がり。部活帰りの大海は、自宅の前で叫ぶTシャツ半パン姿の屈強な海人(うみんちゅ)と遭遇した。角刈りの頭によく焼けた肌、短く剃った髭が特徴的なその人物は、年季の入った大きなクーラーボックスを鍛え上げた太い腕で抱えていた。
「こんにちは、ダイゴさん」
「おっ、大海くん! 今日もいい汗掻けたかい!?」
振り返り、真っ白な歯を覗かせて眩しい笑顔を見せる。彼――宮城大悟は、西(いり)集落に住む喜一と同い年の幼馴染であり、波音の叔父である。額に浮いた汗の粒が、太陽の光を受けて輝いていた。
「相変わらずうるせぇな、大悟! そのクソデカい声、何とかなんねぇのかよ」
「よう、一喜! 今日も暇そうだなぁ!?」
タバコを咥えた喜一が、頭を掻きながら挨拶代わりに苦情を漏らす。しかし、大悟はそれを物ともせずに笑い飛ばした。
「こんにちは、大悟さん! 今日もお裾分けに来てくれたの?」
続いて駆け寄って来たのは、エプロン姿の聡美。
「そうさー! ほら、見てごらん!」
クーラーボックスを足元に置き、得意気に蓋を開けて中身を見せる。
「わっ、グルクン!! いいの、こんなにたくさん!?」
「いいのいいの、うちにもたくさんあるからよー! さっき獲れたやつだから、刺身にでもして食べてー!」
「お母さん、おれ、唐揚げがいい!」
「はいはい、わかったわよ!」
沖縄では、タカサゴのことをグルクンと呼ぶ。一年中獲ることができ、安くて美味しく、非常にポピュラーな魚である。
「ところで、こないだは大変だったなぁ。事情聴取はもう終わったのかい?」
「ああ、まぁな。そっちこそ、説明会はどうだったんだ?」
説明会とは、西集落の公民館で開かれた、エルシオンリゾート・ジャパンによるホテル建設への理解を住民に求めるものである。反対運動を率いている大悟は、尋ねられた途端に肩を落とし、だからよ、と大きな溜め息を吐いた。ズボンのポケットからタバコを取り出し、ライターで火を点ける。
「一生懸命主張したけどね、無駄だったわけさ。森を壊されたら生き物が減るとか、大きなリゾートホテルができたら観光客が大量に来て迷惑だとか、島も海も汚されるとか言っても、一切聞き入れないわけ。理解を求めるなんて所詮建て前さ」
「おや、酷い言われようですね。私(わたくし)共は、島の繁栄のために尽くそうと考えておりますのに」
聞き慣れない声が響き、反射的に振り返った四人。
「だ、誰ですか、あんた?」
「失礼。私(わたくし)、エルシオンリゾート・ジャパン社長の秘書をしております、神楽坂(かぐらざか)という者です。以後、お見知り置きを」
高級ブランドのスーツを着こなした細い眼鏡と涼しげな目元の青年が、白手袋をつけたまま名刺を一喜に差し出す。
「突然の訪問になってしまい大変恐縮ですが、本日、与那覇喜一様はご在宅でしょうか?」
「はぁ……父なら港にいると思いますけど、一体何の御用で?」
怪訝そうに名刺と神楽坂の顔を見つめ、尋ねる一喜。神楽坂は、薄ら笑いを浮かべたまま答えた。
「調べによりますと、喜一様はかつてこの島の漁労長だったお方だそうで。島民の皆様から厚く信頼されている方とお察しいたしまして、うちの社長である西(さい)園(おん)寺(じ)がぜひお会いしたいと申しまして、本日参った次第でございます」
神楽坂が右手で彼らの視線を促すと、その先には光沢の眩しい漆黒の高級車。後部座席には、西園寺らしき肥え太った白髪の老人の姿。大悟の愛車である塗装の禿げた錆だらけの軽トラとは違って、島の雰囲気に全く溶け込めていない。
「遅いぞ、神楽坂。いつまでその連中と話しているつもりなんだ?」
「社長、申し訳ありません。現在、喜一様はご不在のようです」
居ても立っても居られなくなったのか、眉間に皺を寄せた西園寺が自ら扉を開き、外へ出てきた。
「ちょっと、社長さん! 今度は喜一さんに賄賂を渡すつもりかよ!?」
敵対心を剝き出しにして吠える大悟、それを羽交い締めにして必死に抑える一喜。そんな彼らを見て、西園寺は冷笑しながら言った。
「賄賂だと? 人聞きの悪い。私はね、あんたみたいな頭に血の上った連中と違って、もっと話のわかりそうな人に理解を求めようと思っただけだよ」
「理解を求めるだって!? あんたたちはただ、喜一さんを丸め込もうとしてるだけさ!!」
「大悟!!」
「大悟さん、落ち着いて!!」
今にも殴り掛かりそうな大悟を、一喜と聡美が懸命に宥めようとする。大悟の口から落ちたタバコからは、まだ煙が出ている。大海はただ、固唾を飲んでその場に立ち尽くすことしかできなかった。美桜はどこかに出かけているらしく、それだけが不幸中の幸いだった。
「君、よく考えてごらん。こんな小さな島が、農業と酪農と漁業だけでやっていけると思うか? 今や、沖縄県そのものが観光業に依存していることは火を見るより明らかだろう? 特に、連続失踪事件のせいで観光客の来なくなったこの島に待つのは、ただ破滅のみ……そうは思わんかね?」
「だけど!! その観光客のせいで、俺たちの宝は理不尽に壊されてるわけさ!! 一度失ったものは二度と帰って来ない、あんたたちは金に目が眩んでそんなことすら忘れてしまったわけ!?」
涙ぐみながら主張する大悟を見ても、西園寺は鼻で笑って一蹴するだけだった。
「傑作だな。いい歳して、そんなこともわからないとは」
「何だって!?」
「君を抑えてくれている彼らなら、わかるんじゃないか? そんなことは綺麗事だ、ってな。だから、民宿だのダイビングショップだのをやっているんだろう?」
西園寺に図星を突かれ、気まずそうに俯く二人。その様子を見て、ショックを隠せない大悟。
「一喜、聡美さん……だからあんたら、一度も反対運動に参加しなかったわけ……?」
一喜は大悟を放し、力なく腕を垂らして、ごめん、と呟いた。大悟はそれっきり、何も言わなくなった。
「フン、とんだ無駄足だったな。戻るぞ、神楽坂」
「畏まりました。それでは与那覇様、また日を改めて参りますので、よろしくお願いいたします」
失礼いたします、と右手を胸に当てて頭を下げると、神楽坂も左ハンドルの高級車に乗り、すぐに去っていった。重い沈黙を破ったのは、大悟だった。
「……じゃあ、俺は帰るから」
一喜たちには一瞥もくれずに、それだけ言って軽トラに乗り込む大悟。恐らく、もう彼がてぃだぬかじに来ることはないだろう。
「……大丈夫か、大海」
一喜に肩を叩かれ、ようやく我に返る。次の瞬間、大海は自分がはらはらと涙を零していたことに気づいた。
「ごめんね。怖かったね、大海」
瞳を潤ませた聡美が、力強く抱き締める。大海は母の肩に顔を埋め、黙ってその背中を握り締めた。
*
「ヒロミくん、大丈夫? 今日、嫌なことがあったんだって?」
夕食を持って居間へやって来た大海に、すぐさま声をかける美桜。お盆から食卓に皿を移しながら、大丈夫、ありがとう、と小さく答える。
「落ち込んでる場合じゃないよね。今日の夜、アツシと電話する約束してるし」
「でも、無理しない方が……」
「大丈夫だって! とにかく、冷めないうちに食べて。美味しいよ、グルクンの唐揚げ」
「うん……」
半ば強引に押し切って、居間を後にしようとする大海。その背中を、美桜はいつもより声を張り上げて呼び止めた。
「ヒロミくん! 実はね、わかったことがあるんだ。岩田さんが亡くなった日の夜は、満月だったでしょ? もしかしてと思って調べてみたら、それより前の失踪事件も全部満月の日の夜に起こっていたんだよ」
「本当? じゃあ、次の事件も……」
「そう。だからね、ボクに考えがあるんだ」
ぜひアツシくんに提案してみて、と言いつつウインクする美桜。それに励まされたような気がして、大海も思わず笑い返した。
「俄かに信じ難いが……本当のことなんだな、大海」
「うん。だから、協力して欲しいんだ。アツシにしか頼めない」
夕飯を食べ終えた後、大海は自宅の固定電話を使って知念篤志に連絡し、事件について知り得ている全てを伝えた。ピッチャーを務める大海にとって、キャッチャーである篤志は最も信頼できる相棒のような存在である。また、冷静沈着で口の堅い彼ならきっと力になってくれるだろうという期待もあった。
「で、具体的に俺は何をしたらいいんだ?」
「二つあるんだけど、一つ目はSNS上での犯人の監視。もし見つかったら、管理会社に通報して欲しいんだ。ちょっと無理があるかもしれないけど、アツシって確かパソコン持ってたよね? ネット環境も整ってるでしょ?」
「それは問題ないが、一体どういうことなんだ? 詳しく説明してくれ」
「うん、えっとね……」
あれから美桜とSNSを分析した結果、岩田は行方不明になる直前まで誰かと頻繁に連絡を取り合っていたことがわかったのだ。相手方のアカウントは既に削除されているが、どうやら犯人は自殺願望のある人物をSNSで探り、接触を試みるというやり方で動いているらしいことも判明した。
「つまり、死にたがっている人物のアカウントが自殺を援助しようとしている誰かとやり取りをしていないかどうかを見張れということか? あまりにも無謀だぞ、それは」
「わかってるけど、今はそれしか方法がないんだ。おれたちも頑張るからさ、ね?」
とは言え、宿のパソコンは基本的に学校の課題以外で使用することを許されていない。その上聡美は自身のスマートフォンを大海には決して貸さず、勝手に使おうとしてもパスワードを要求されてしまうので、美桜のもので調べる他ない。
「まぁ、それはさておき……二つ目は何だ?」
「二つ目は、ハノンの動きを封じること」
「封じるって、どうやって」
「次の殺人の日に、ハノンをおれたちの監視下に置くんだよ」
「次の殺人? まさか、それがいつなのかわかったっていうのか」
篤志は驚きを隠せないようだったが、美桜から聞いたことをそのまま伝えると、彼は納得したようだった。
「その頃はちょうど中間テスト前だから、おれたち全員で勉強会をしよう。場所はうちの宿。お泊り会も兼ねることにして、一晩中ハノンがどこにも行けないようにすればいいと思うんだけど、どう?」
「……一か八か、やってみるか。試す価値はありそうだ」
「ありがとう。でも、このことは他の誰にも言わないでね?」
「当然だ。特に、真珠とバカジマにはな」
「そうだね。ありがとう、アツシ」
ああ、という返事を聞いてから、おやすみ、と言って電話を切る。
月は、今にも消えそうなほどか細くなっていた。
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