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【わたしの音楽の耳ごこちの良さの「功罪」考。】
【わたしの音楽の耳ごこちの良さの「功罪」考。】
わたしの声は「心地良い」とよく言われる。
そして、そこにナイロン弦のやわらかくあたたかい音が合わさって、そのわたしの声とのコンビネーションもうまくいってる感じで、聴きごこちが良いサウンドな感じ。
たしかに、じぶんで音源を聴いてもそう言われるのはわかるし、ときどきじぶんでも聴きながら眠くなるw
「カフェが似合う音楽」ってよく言われるし、BGM的に流れてたら心地良いってことだろうから、それは決して悪いことではないとは思うのだけどー。
でも、
わたしは歌詞を、言葉を届けたいと思って楽曲を書いていて、届けたいのは「言葉」。
だから、「言葉」に耳をやってほしいのだ。
なのに、聴きごこちの良さゆえにサラッと聴き流されてしまいそうでー。
それは、わたしがやりたいこと、されたい聴かれ方ではないのよなぁ。
そのジレンマがある。
だからって、違和感のあるサウンドが良いとも思わないし、そしてじぶんで何かをコントロールしようとしてできるわけじゃないとも思うんやけど。
でも、何かある種の「引っかかり」みたいなモノがあるほうが良いのかなぁ?
とも思ったりするけどー。
その「引っかかり」を具体的にどうしたらつくれるのかわからない。
ちなみに、
すごく率直に言うと
わたしは、誤解を恐れずに言えば、今でもじぶんは「言葉のひと」だと思っていて、じぶんのウリは「言葉(音楽では歌詞)」だと思っています。
音楽活動をやってるなかでも、じぶんよりも「音」の才能があるひとは身近な周りを見てもいくらでもいるなと感じるし、「音」の才能は正直じぶん自身でそんなにあるとは思ってないです。
だけど、わたしなりに「言葉」を届けたいと思って、歌を書いて歌っています。
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