女性歯科不安研究者、フィンランド子連れ研究留学に挑戦
ケンタッキーフライドチキン様のお題企画「#挑戦してよかった」
研究留学への憧れと妊娠
私は歯科治療に対する不安・恐怖を研究テーマとしている研究者だ。研究を始めた大学院時代から、いつか歯科不安の研究が盛んな北欧やアメリカで存分に研究してみたいと心の片隅で思っていた。しかし、わたしには無理だなとも感じ、行動に移せないでいた。
日本の大学の助教として就職し、充実した日々を送っていたある日、娘の妊娠がわかった。望んでいた妊娠である。嬉しく思う反面、ああこれでもう研究者として留学する人生ではなくなったんだと感じ、周りの景色が急速に色褪せていくのを感じた。
急激に変化する体調と、母として期待されることへの適応のできなさからマタニティ・ブルーに陥った。
子連れ研究留学をした女性研究者の存在
戸惑いの日々のなかで一筋の希望となったのは、大学からのお知らせメールで偶然見かけた、海外特別研究員RRAの募集だった。海外特別研究員RRAとは日本学術振興会が、優れた若手研究者が出産・育児等ののライフイベントによる研究中断等の後に、海外の特定の大学等研究機関において長期間研究に専念できるよう支援する制度である。
これまでの採択者を眺めながら、子連れで海外に研究留学をしている女性研究者の先輩方の存在を知った。いいな、私も子供を連れてでも、やっぱり歯科不安研究の本場に行ってみたい、留学を諦めたくないとの気持ちが湧き上がってきた。淡い夢が現実の目標になった瞬間だった。
助成金獲得への挑戦
研究者が海外で研究するには、予算を持つ研究室に現地雇用されるか、自分で助成金を獲得するかの基本的に2択である。私はどうしても行きたい研究室があったので自力で助成金を獲得することが必須であった。
慣れない育児と仕事との両立に悲鳴を上げながら、夫に娘を見てもらい休日に助成金の申請書を書き続けた。応募する間にどんどん不採択の知らせが舞い込んでくる。どれだけ挑戦すれば夢をつかみとれるのか見当もつかなかった。
不採択の知らせを同日に2件受け取った日は、娘をお迎えにいく前に車内で泣いた。
それでも挑戦を続けたのは、留学に挑戦することそのものが自己実現のためのアクションであり、挑戦しないでいることよりも前向きでいられたからかもしれない。
やってきた吉報
数えてみると応募した助成金は10件だった。娘が2歳過ぎたある日、上原記念生命科学財団様より、助成金内定のメールを受け取った。夢が現実となった瞬間だった。
夢が現実となった後
娘とフィンランド トゥルクに来てからも挑戦は続く。慣れない海外での子育て、新しく出会った研究者とのディスカッション、研究者として生きるため延々と必要な助成金獲得の挑戦等、日々ギリギリで生きている。
フィンランド生活も2年目に突入したが、まだまだ安定には程遠く混乱の渦中にいる。それでも挑戦してよかったと今思う。
この挑戦で、私は自分に少し自信がついた。そしてなにより、娘に
「あなたが生まれたから、お母さんは夢を諦めた」
ではなく
「あなたが生まれたから、お母さんは夢に気づけた」
と言える。もう無理だよ、と弱音を吐きたくなることも多いけれど、私はきっとこれからも挑戦を続けていく。
#挑戦してよかった