自分原因型で生きられるか?
こんばんは! 劣等感博士 mikaです。
自分の人生、自分で切り開いて創造していきたい!とずっと思っていました。でもそんなことは一部の運が良い人しかできないしー。自分はその一部ではなくその他大勢だしー。どうせ…というような思いも、同時に浮かんでいました。
心の勉強をして、2年半くらいだったか、「起きている現実は、全部自分が引き起こしている」という真理にぶち当たりました。
その時はナンダトコノヤロー、ソンナハズアルカ!と心の中で吐き捨てるように言いましたが、その本を読み進めていくうちに、「だから見えない何かに翻弄され、振り回される」んだということに、腑落ちしてしまったのです。それに、「全部自分が引き起こしてる」のであれば、意味がある。
じゃあ昨日書いた、「私が毛深かったのはなんのため?」に向き合うとしたら、どんな答えが出るんだろう?
人間は、生まれてくるときに全部をセットにして生まれてくるそうです。
「今回の人生では、こーゆー事を学んで、こーゆー感情を感じて、こーゆー成長をしよう。そのためにこの親を選ぼう」って。要は使命を決めてくる。
でも、生れ落ちると全部忘れるところからスタートするそうです。
なので私たちのこの人生は使命を思い出す旅。その使命とズレたことをしてると、ネガティブなことが起こります。だからネガティブはただのヒント。「早く気づけよ! オマエもっと魅力あるだろ? 創造力あるだろ?」っていうサインです。
それを踏まえて今考えると、毛深かったのは、多毛症という症状で、心のつながりでいうと、女性性の否定だったり、隠したい事があって本当は堂々としてりゃあいいのに隠したから毛として存在を発揮していたのかも、と思います。小学生の自分に女性性も何もわかんないですが、そんなことは潜在意識には関係ないですから。確かに「女性」として見られるのが恥ずかしいと思い始めてきた時だったし、私は普通の子とは違う家庭環境だ、とかそういう思いがありました。
それが劣等感となって、「自分は美しくない」につながっていきます。
だからね、私の毛深かったことは「じゃあ美しさって何よ?」ってことを自分の解釈で作り上げていくことなんじゃないか、と思います。
順番を逆に考えるとわかりやすい。
「美しさって何?」をトレーニングをするために、劣等感を感じることが必要で、わざわざ毛深くしていた、ということ。そうすると、毛深かくて劣等感を感じていた自分は必要だったってこと。
使命に気づいたので、いわゆる「本当の自分」は喜びます。
次は行動しなきゃです。気づいただけじゃあ満足しないの。
こうやってネガティブに光をあてていくのです。そうすると、ネガティブもポジティブも必要で、「陰と陽」に従って生きていくことになります。
そして使命に近づいていくので、「私ってなんのために生まれてきたんだっけ?」を解き明かせるのです!
今日も猫さんは力強く生きています。何が起きても誰かのせいにしない。
自分の人生に責任をとる。カッコイイ生き方~。
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