思惟#1/清々しい天候!Awesome最高!!…から連想するイメージ
今日はものすごく清々しい天候だった。朝から行動でき、さらにもうちょっとやろうかな、なんて色んなことで意欲的になれた。例えば有酸素運動。毎日やれてないのに今日は自然とやる気出た。「ああ、この天候が毎日続けばいいのにー」とつくづく思いながらこの心地よさをかみしめていると、過去の2つの風景が思い起こされる。ひとつは旅行で立ち寄ったドバイのあるワンシーン、もうひとつは高校時代の体育館の壁。
ドバイに行ったのは5年程前の10月で、気温は30度。街中を歩いて暑さと疲労に襲われたが、途中木陰で休憩したら、心地よい風が吹いて、暑さと疲労吹をき飛ばした。道路沿いの木陰にあるベンチに座っただけで、体を覆っていた不快なものがスーッとなくなった。そのとき「あードバイって最高!」と思った。旅の目的地はヨーロッパだったのに途中立ち寄ったドバイの心地よさが印象的で今でも感覚的に覚えている。旅行で初めての土地にいるというワクワク感もあったと思うが、心地よい天候で疲れが吹き飛び、元気が出たという記憶。今日行動力がいつもより発揮されたのは、この気候で「不快さはなくなり爽快で心地よさが残る」だろうと思ったからか。こうゆう天気の時はいつも以上にやる気の出る自分になれるということが分かった。今後自分の行動力を高めるための一つとしてヒントになりそう。
逆に、高校の体育館の壁は、梅雨時は湿気で最悪だった。おしゃれを狙ったコンクリートの壁は少し触れただけで手を拭かなきゃいけないくらいの水分を感じた。当時通っていた地域は盆地で、ものすごく湿度が高かった。寮生活をしてた自分の部屋の床に教科書を置いたら最後、もれなくヨレヨレになった。そしてその感覚は「私の高校生活は全然楽しめなかった」記憶につながっている。「大学受験のために全てを学習に捧げる」ような、部活動もほぼなし、18時には完全下校、1日4時間以上の学習必須、毎日小テスト、、、とやらされ感満載だった。時々はハメを外してしまい、寮の仲間と夜通し騒いだら、翌日教員に呼び出され激しく叱られたこともあるが、とにかく毎日「やらなきゃ」という焦りに追われていた。その辛いイメージと湿度の不快さがセットになり、『湿度が高いと非常に不快』を作り上げているかもしれない。
そこで、湿度に対する感覚や感情をもう少し変えられないか、と考える。思いつくのは「湿度(雨の日など)の良い面を意識させる、湿度の新たな認識を上塗りor追加する」こと。雨の重要さは知ってるつもりだが、感覚的に良い面はないか、良い体験と結びつけられないか、、、
もう少ししたら梅雨がやってくるので、いつもの雨や湿度に対する嫌悪感を一旦頭の片隅に置き、嫌いな自分を客観的に見つめつつも、自分の中にあるポジティブに感じることがないか探してみようっと。
それで何も見つけられなければ「やっぱり梅雨大っ嫌い!」と感情を強めてしまうかもしれない笑