代弁するマリリンマンソン
いろいろ問題がある人なのかもしれないが、マリリンマンソンの音楽はわりと好きだ、というか、あんなに破滅的な、破天荒な感じなのに、ロックの入門編のような音楽的間口の広さがあるような、とても、正統派なロック、パンク、デス!分かりやすい。
歌詞でなんと言っていようが、メロディラインやリズム、展開は、音楽初心者にも、非常に聞きやすいやさしい構成になっていると思うのだ。
わたしは怒りで感情のおさめどころが無い時、すべてぶっ壊したいような衝動に駆られた時におもむろにヘッドフォンを装着し、マリリンマンソンを大音量で聞く。そうすると少しスッキリするのだ。
以前「ビョークと万華鏡」という回では似たようなエピソードを書いたが、この負の感情はビョークを聞く時とは少し質の違う感情で、落ち込みとか悲しさとか反省とか、自己嫌悪とかそーいうのではなく、相手へ、何か出来事に対しての荒ぶった自分の怒りを落ち着ける方法だ。
悲しい時、反省する時にマリリンマンソンは聞かない。
怒りには怒りを。
まるでわたしの心情を代弁してくれているような激しさで、なぜか落ち着くのだ。
この心の動きを何かで説明できるのだろうか。
わたしが荒ぶった時は、ぶつけられない怒りをマンソンのすさまじいシャウトで代弁してもらっている。
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