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思い立って1人でタイ語しか(ほぼ)通じない街へ行く話④

ワット プラタート ドイ プラチャーン

一切の知識がないまま、ソンテオのおっちゃんのおすすめで連れてこられた。ソンテオから下りて、近くにあった巨大なお堂を見物していると、おっちゃんが後から追いかけてきて大声で呼ばれる。目当てはこのお堂じゃないらしい。腕を引かれ売店に連れて行かれる。ここでバスのチケットを買えと言われる。

「バスってなに?山の上に寺があるってこと?じゃあ、この麓にある近くの大きなお堂は別ってこと?山から下りるときはまたバスを使えるの?てかバス乗らないと行けない寺ってなに」困惑する自分に対して、売店のスタッフの女性もまた困惑した様子だった。ー"えっと。あなたはなにで知ってここに来たの?"

彼女はTシャツとジーンズを着て、背の高いすらっとした立ち姿で、長い髪をうしろに束ねていた。おそらく20代前半くらい。日焼けした肌のニコニコした口元から白い歯が見えた。彼女がスタッフの中で唯一英語を話せた。なにも分かっていない東アジア人の男に苦笑いしながら、彼女は丁寧に教えてくれた。山頂に本堂があってランパーンの街を見渡せること、専用のバス(結局ソンテオのようなものだった)に8分くらい乗って山頂まで行き、帰りはそのまま徒歩で下ってきてもいいこと。なんとなく理解した自分を見て、彼女は ”やっと分かってくれたね” と笑った。ほかの男性スタッフから、2人で一緒にバスに乗って行けよとはやされた。お互い顔を見合わせて笑った。バスの他の客も笑った。

案内の通り山頂まで行き、ひと通り寺を見物し終えて麓にもどる。どれだけ時間がかかったか思い出せない。とにかく汗だくだった。売店でアイスコーヒーを買って飲んでいると、彼女が寺の感想を聞いてきた。タイ語と英語を使って答えた。山の上に水路を這わせた立派な寺があるなんて思わなかったこと、眼下に広がる田園とコック川のランパーンの景色が美しかったこと、日本の大仏と同じものがドンと安置されていて驚いたこと、仏像の足元で寝る猫が可愛かったこと。彼女は満足げだった。

ほとんど何も決まっていない旅だった。チェンマイ行きの終電にさえ間に合えばよかった。氷だけ残ったアイスコーヒーのプラスチックのカップの底をストローでくるくるかき回しながら、彼女と30分ほど話した。彼女はまだ日本に行ったことがないこと、彼女がTilly Birds(タイの若者に人気のバンド)のライブにこないだ行ったこと、自分がチェンライ行きをキャンセルしてランパーンに急遽来ることになったこと、自分があと数日で帰国すること。

すると彼女は少し残念そうに言った。ー "そうかしばらくタイに住むのかと思った。冬の朝、この山には雲海が広がって山頂の本堂からとてもきれいな景色が見れるよ" 写真を見せてくれた。"ね、きれいでしょ?だからまた来てよ"

いつになるかわからないけど、なんとなくまたこの場所に再び来る気がした。そういう場所はいくつかある。なにかしらの縁を感じて、何年か経ったのちにふと思い出して訪れることになる。だから、きっとここも、いつか。

(つづく)


麓のお堂のひとつ
山頂の大仏
山頂から山と川と田園と街




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