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悪食(20) 最終話

注意書き:FF7エバークライシスのバハムート衣装に着想を得て書いた二次創作小説です。いえ、二次創作小説のはずだったんですけど、設定とか話が独特すぎて二次創作とはいえない感じに仕上がっています。
グロテスクな表現が多く、原作とはかけ離れた設定のため、その辺どうかご了承ください。

第一話のリンクはこちら。

第二十話


ビー…ビー…ビー…

遠くから鳴り響くうるさい音が私の覚醒を促した。

そう──”私”。

私はゆっくりと目を開け、自分の体を見下ろす。肩、胸、腕、腹、腰、脚……生っ白く脆弱な肌が出ている部分などまるでない、完璧な闇色の肉体がそこにはあった。少し体を動かすだけで、我ながらうっとりとするような光沢が滑らかな鱗の上を走っていく。そして、腰のやや下から伸びる長く太い尾。そこに秘められたしなやかで強靭な力強さは私を誇らしい気持ちにさせた。
私の周囲には、ほんのりとした輝きが踊っていた。私の体の表面から滲み出ている精気のようなものが、空気中のわずかなライフストリームと反応し、時折小さな閃光を走らせているのだ。

背中に意識を向けると、がっしりとした翼が左右に大きく張り出すのがわかった。私は翼をたわめ、また広げる。
身体中に新しい血が巡っているのを感じる。
一つ鼓動を打つたびに、新しいエネルギーが細胞の隅々にまで行き渡り、どこまでも自由に飛んでいけそうだ。

グッと力を込めて膝を屈曲させて腰を落とす。全身のバネを使って飛び上がると同時に、翼を打ち下ろし、上昇の勢いをつける。ふわりと体が宙に浮く感覚──

感覚を研ぎ澄ませると、キラキラと輝くライフストリームの流れが空気中に渦を作っているのがわかった。ある渦は螺旋を描いて登っていき、ある渦はなだらかな軌跡を引きながら水平方向に伸びていく。
試しに一つの流れに体を委ねてみると、ゆったりとした大きな流れが自分の体を運んでいった。思わず笑みがこぼれる。
それならこれは? 少し翼の角度を変えるだけで、速さも方向も思いのままに飛んでいけることを私は発見した。

どこまで速く飛べるだろうか?
ふとそんなことを思いついて、私は翼を強く強くはためかせる。空気が切り裂かれる、ひゅうという音が心地よかった。恐々と足の先まで真っ直ぐに伸ばすと、もっとスピードが出た。尾を引き寄せて体の軸を回転させると、ぐるりと景色が一回転した。もう一つ大きな愉悦が腹の中いっぱいに広がり、私の口が耳元まで裂けた。
驚いた鳥たちが、高い梢にほど近いところでギャアギャアと抗議の声をあげていた。

──ああ……楽しいなあ。
体の奥から喜びが湧き上がってくる。その喜びは、新たな力となって私の中を駆け巡った。

速く、もっと速く──と、空中を飛び回っていたその時、眼前に迫り来る壁に気がついて、私は慌てて体を捻った。翼の先端にある鉤爪が、壁の構造物を引っ掻く音が響いた。金属が擦れるようなその不快な音に、私は思い切り顔をしかめる。この辺りは飛行に不向きだ。どうしてこんなにも狭いのだろう。

お前も可哀想に。壁に阻まれて枝を伸ばせず、窮屈そうにしている木の肌を同情を込めてひと撫ですると、私は下降する光る渦の方へ体を向けた。
跳躍──そして着地。ゆうらりと尾が体の前に流れそうになるのを抑えながら、私は静かに立ち上がる。

視線の先、草地の上に、妙な白い塊があった。
一瞬首を傾げかけ、ああと内心私は呟く。あれは死体だ。不快な人間の。

いや──
ひく、と鼻腔を蠢かせ、私は目を細めた。
死体の他にもう一つ別の影がある。

死体のそばに、1人の男がいた。
その男は血の気の引いた顔をして、死体をじっと見下ろしていた。その無骨な手は、わなわなと震えたかと思うとだらりと体の両脇に垂れた。男は血に塗れた薄緑色のボロ布を片方の手に握りしめていた。

排除すべきか? 爪の先に力が籠る。
だが……眉間に力を入れて俯く男の顔を見た時、胸に奥の方に微かな痛みがあった。

私は構えた爪に込めた力を緩め、その男をただじっと見つめていた。

男は、何かに呼ばれたように顔を上げると、やや離れたところに佇む私の姿を認め、息を呑んだ。男は死体のそばの血溜まり、それから私の手足の先端を飾る鋭い武器にと素早く視線を動かした。その青空のような色の瞳に恐怖の影が差し、男は一歩二歩と後ずさる。

どうしてだろう? 
男の顔つきか、逃げようとするその動きにか、腹の底が静かに冷えていくような感じがした。私はその場に留まり、男の青い目を見続けた。動きを止めた男は眉をひそめ、一瞬視線を彷徨わせると、ハッとその顔を上げた。

──と、その時、男の後方から走ってくる人間がいるのに私は気がついた。さらに気配が増える。ガチャガチャという音、金属と火薬の匂い。
部屋の中に影が差す。草地の上に境界のくっきりとした暗いエリアがどんどん広がっていく。反対からも影は広がってきており、今や外の明かりが当たっているのは、私が立つごく細い帯の上だけだ。見上げれば、左右から迫り来る鋼鉄製のプレートが天井を閉ざすところだった。

ごぼり、と液体をかき分けて空気の泡が立ち上る音が聞こえた気がした。
視界が緑色に染まっていく。
そして私を囲む白い服を着た人間たち。

嫌だ、嫌だ、嫌だ!
全身が強張り、体が思うように動かない。

止まった時間を突き抜けて、私の耳に届いた音があった。

「──────!」
今にも泣きそうな顔をしたその男は、こちらに向かって大声で叫んでいた。男が懸命に呼びかける声……その声音が、私の中の何かを呼び起こす。そして繰り返される同じ音の並び──これは……名前? 

バハムートに名前はない。
名前を呼ぶ他者を必要としないから。

どうしてだろう?
今それが無性に哀しい。

私はただ首を振ることしかできなかった。彼が一体なんと言っているのか、理解できたらどんなにかいいだろう。
男は一瞬顔を歪めると、真上を指差し、力強く頷いた。そのまま駆け出していく男の背中……その姿が私の胸に一つの像を焼き付ける。

木立の向こうの見えない場所で言い争う声がしたかと思うと、部屋の中が明るくなっていく。私は顔を上げ、再び空が開かれているのを見た。

私は力一杯地面を蹴る。矢のように一直線になって、上を目指す。思い切り翼を振り下ろし、さらに勢いをつける。
ライフストリームの流れに乗って、上へ。

ああ、月が私を見ている。
お帰りなさいと言うように。
そうだ、このまま、上へ、上へ……!

凄まじい音と共に激しい衝撃が身体中に走った。一瞬息が止まる。ガラスの破片が地上に向かって降り注ぐ。
思わず見下ろした建物の内部、草地の上に、黒々とした私の影が落ちていた。男の姿は見えない。どうか無事でいてくれるといいのだけど。

建物の屋根を覆うプレートの内部に走る骨組みに足をかけ、私は周囲を見渡した。橙色の光の帯があちこちで踊っている。ビー、ビーとうるさい音も未だ鳴り止まない。建物を囲むエリアの外側には、同じような建物が整然と並んでいた。どこもかしこも赤や黄色のライトが明滅し、それに圧されたように星の光は弱々しい。
ぶるりと体が震えた。生まれて初めて浴びた外の風は冷たかった。忘れていたかのようにようやく吐いた息は白く、その白さを私はなぜか知っているという気がした。

そうだ……
真っ白な世界が、はるか向こうの方にあるのを私は知っている。
見渡す限りの水のうねりが先端に抱く白、どこまでも高く聳える岩山を覆う一面の白、ギラギラと照りつける太陽が作る眩い白、山から湧き出る雲の白。

でもその先は?
あの山の向こうの景色を私は知らない。
そこへ行こう。この翼をもって。

きっと彼はこう言っていたのだ。行け、と。

遠くへ、もっと遠くへ。

誰も見たことのない場所へ──




これにて『悪食』終了です。
ここまで読んでくださった方、本当にどうもありがとうございます!

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