悪食(2) FF7二次創作小説
FF7エバークライシスのバハムート衣装から着想を得た二次創作小説です。
第一話のリンクはこちら。
第二話
「お前か?新入りって」
割り当てられたデスクに荷物を運び、僕が小さな城砦を築いていると、デスクを仕切るパーテーションの上から声が降ってきた。視線の先にいたのは随分と上背のある男だ。パーテーションの上で頬杖をつき、好奇心の強そうな瞳で僕を見下ろしている。
「あ、はい。今日からよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた僕に歯を見せて笑みを浮かべ、彼はがっしりとした右手を差し出した。見かけ通りの力強い握手をしながら、「よろしくな。世話してやるように教授から言われてる」と彼は言った。
ラボでの先輩ということだ。僕は再び頭を下げる。
「ありがとうございます」
「昼飯まだだろ?食堂に行こう」
僕の返事を待たずにすたすたと歩き出した彼の背中を追って、僕は慌てて席を立った。どうやらせっかちな人らしい。
食堂は大勢の人でごった返しており、僕の学んだ地方の小さな大学とは雲泥の差だった。
僕にトレイを手渡しながら「この時間が一番混んでるんだ」と頭をかきながら先輩は言った。
フロアに並ぶ4人がけのテーブルはほとんどが埋まっており、辺りはガヤガヤとやかましかった。徹夜で取ったデータが機器の設定ミスのせいで使い物にならなかったこと、昨夜のサッカーの試合で贔屓のチームが逆転勝ちしたこと、ダイエットがうまくいかないこと、妻に離婚を迫られていること、エトセトラエトセトラだ。
テーブルの群れの向こうに3つの列があり、その先が配膳コーナーのようだった。
「お」
先輩は伸び上がって前方に目を凝らすと、素早く真ん中の列の最後尾に陣取り、顎をしゃくって僕を自分と同じ列に並ぶよう促す。
「いいか?大事なことを教えてやる」
隣に並んだ僕に向かって、先輩が真剣な表情で囁く。僕がこくりと頷くと、先輩も頷き返し、秘密を打ち明けるようにゆっくり口を開いた。
「……あの口髭のジョージの列に並べ。あいつが一番盛りが多いんだ。隣のサラはだめだ。きっちり計るからな」
一体何を忠告されるのかと思っていたら──ぷっと思わず噴き出した僕に釣られて先輩も笑い声を立てた。
「エネルギー補給は大事ってこと!」
ジョージはぎょろりとした目で僕の顔をじっと見たかと思うと、巨大なスプーンみたいなシリコンベラでこれまた巨大なバットからチーズマカロニを掬い、それを僕の皿にどんと盛った。
僕の隣で「こいつ新入りなんだ」と言って拝むような仕草をした先輩を胡散臭そうにちらりと見やり、ジョージは小さく首を振ると、マカロニの山のてっぺんにもうひと掬い盛ってくれた。
「サンキュー!」
自分もと皿を出した先輩の皿にも同様にマカロニの山を築くと、さっさと行けというようにジョージはひらひらと手を振った。
「あら、新入り?」
レジスターの女は僕のIDカードを読み取る手を止めてそう言って、「これおまけね」とレジの横の籠からマフィンを一つトレイにのせてくれた。研究所全体が歓迎してくれているように感じ、僕は嬉しくなった。
ありがとうと僕が答えると、彼女はウインクした。
「ソルジャー候補の成功を祈って」
──ソルジャー?
レジスター係にかけられた言葉に疑問符を頭の中に浮かべたままぼんやりと歩いている僕に、離れたところから先輩が手を振っていた。先輩が確保しておいてくれた席につくなり、僕がその疑問を口にすると、先輩はああと呟いた。
「俺たちは『ソルジャー』って呼ばれてんだ。教授のデータを出すための労働部隊だからな。ま、愛称みたいなもんだよ」
厳しいラボだとは聞いていたが、やはりそうなのか。
上からのプレッシャーに耐えかねて胃腸を悪くしたとか、あまりにも時間がなくて恋人にフラれたとか。そういった話題に事欠かないのが研究業界の常ではあるが、ここは飛び抜けていると聞く。
遠い噂では、何人もの研究員が失踪したことがあるのだ、と。揃ってずいぶん優秀だったらしいのに。
「…休みとかあるんですか?」
僕は恐る恐る口を開いた。情報収集は早めにしておきたい。心身ともにそこまでタフではない僕が生き残っていくために。
「深夜まで残るやつが多いかな。土日のどっちかは大抵ラボに来てるのが普通だし。でもどこもこんなもんだろ」
さらりと言った先輩の言葉は、僕の予想を裏付けていた。そういう環境で僕はこれから結果を出していかなければならないのだ。
「そういえば」と僕は顔を上げる。「先輩はどんな研究をしてるんですか?」
「俺?俺はまあ色々。バハムートの生息域の調査とかフィールド研究がメイン」
へえと目を丸くした僕に先輩はこれまでの研究成果を気前よく話してくれた。
毒蛇のウヨウヨするジャングルの中でカヌーを担いで歩く羽目になった話や夜中に目が覚めたら手のひらほどのサイズの蜘蛛がガイドの耳の上に髪飾りよろしく鎮座していた話など、奇天烈な体験談も交えて彼が教えてくれたのは、野生のバハムートがどれだけ厳しい環境で巧みに生きているか、だ。
「軍事利用がどうとかきな臭い話もあるけどさ、俺は単純にあいつらが好きなんだよな」と言って、先輩は僕に向かって身を乗り出した。「解剖学的にも、進化学的にもまだまだわかってないことがいっぱいあってさ」
コーヒーを一口啜り、「でも、興味があちこちに移りすぎってよく怒られる」と先輩は付け加えた。
照れ隠しにか、かかと笑う先輩に釣られて僕も笑みを浮かべた。だが、その笑みも、続く彼の言葉を聞いた次の瞬間ぎこちないものに変わってしまった。
「2年で論文5本だから結構頑張ってる方だと思うんだけどな」
2年で5本…ファースト・オーサーで、ということだろう。僕と大して年齢は変わらないはずだが、すでにこの業界で頭角を表しつつある先輩を羨ましく思うと同時に、僕は気後れを感じた。
なんとなく会話が途切れた中、大口で食事をかき込む先輩から目線を外し、僕は自分の皿に視線を落とした。
山から転がり落ちたマカロニがトレイを汚し、使い捨ての紙の皿はサラダにかけすぎたドレッシングを吸ってふやけてしまっていた。僕はプラスチックのフォークの先でそのふやけた部分をつつき、萎びたレタスを一枚口に放り込んだ。
味のしない料理を頬張る僕の目の前で、先輩はよそのラボの研究員と新しい共同研究の話で盛り上がっていた。
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