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悪食(13) FF7二次創作小説

注意書き:FF7エバークライシスのバハムート衣装に着想を得て書いた二次創作小説です。いえ、二次創作小説のはずだったんですけど、設定とか話が独特すぎて二次創作とはいえない感じに仕上がっています。
それでも良いという奇特な方向けですので、どうぞご了承ください。

第一話のリンクはこちら。


第十三話


重い瞼を開けると、そこは知らない場所だった。

僕は硬い座り心地の椅子に腰掛けていて、目の前にはしわひとつない白い敷布が掛けられた長テーブルがあった。右を見ても左を見てもテーブルの端は見えず、すぐそばで揺らぐ蝋燭の明かりが届く範囲の外は、ただ闇が広がるのみ。燭台は古い金属でできているように見えた。どっしりとした土台から垂直に伸びる太い柄の先端に蝋燭が芯の周りに溶けた蝋燭が透明な池を作っており、そこから溢れた蝋が蝋燭の表面に様々な太さの縦縞を刻んでいる。

テーブルの中央には、両手を軽く広げたくらいの大きさの銀色の皿が置かれていた。皿には同じ素材でできたドーム状の覆いが被せられていて、その中身はわからない。皿からやや離れたところには豪勢に果物が盛られた足つきのボウルがある。無花果に洋梨、緑から紫のグラデーションが見事な葡萄……果物の山のてっぺんに鎮座する真っ赤な林檎はニスでも塗ってあるかのようにツヤツヤと輝き、蝋燭の炎を鋭く反射していた。

僕の正面には高い背もたれのついた椅子がある。椅子は軽く後ろに引かれており、つい先ほどまで誰かが座っていたみたいだ。いや、これからやってくるのかもしれない。僕の前に置かれているのと同じ、簡素なゴブレットと翼を広げた鳥の形に折り畳まれた白いナプキン、それに銀のカトラリー一式がすでに準備されているから。僕は誰かを待っているのだという気がした。この晩餐の場で。

何かが起こるのを僕はただ待った。
不愉快な羽音と共にやってきた太った蝿が、果物の盛られたボウルの縁にとまった。蝿はしばらくじっとしていたかと思うと、ひょいと洋梨に飛び乗った。薄緑色の皮のところどころにある茶色いくぼみを避けながら、蝿は行きつ戻りつしては、前肢を擦り合わせ、何か納得いかないことでもあるかのように素早く首を傾げる動作を繰り返している。その態度はなんだか不遜な感じがした。僕が待っているのはお前じゃない。図々しい蝿を手で追い払おうと、僕は身を乗り出した。

その時、どこからか微かに甘い匂いが漂ってくることに気がついた。花のような血のようなその匂い。それはバハムートを──いや、ティファと、ティファとの逢瀬を思い起こさせた。

……そうだ、ティファはどこだ?
さっきまで僕は夜の庭園にいたはず……なのにここには植物もなく、夜空もない。

透明な水に一滴の黒いインクがじわりと滲んでいくように、胸の奥に不安が広がっていく。

──とその時、蝋燭の火が大きく揺れた。

僕は体をびくりと震わせ、蝋燭の向こう側にじっと目を凝らす。
何か﹅﹅がいる──そう感じた瞬間、僕は「ひっ」と思わず声を漏らした。正面にわだかまる暗闇の中から白い手がすうっと現れ、こちらの方に伸びてきたのだ。手は、皿の覆いの上部に取り付けられた金属の輪に、その人差し指と中指を鉤のようにして引っ掛けた。青白く血管の浮き出る二の腕から先は闇の中で、その正体はわからない。細いが、男の腕だ。筋肉のつき方、関節の目立つ細い指……どこか見覚えがあるような……
こちらに差し出された格好の親指、その腹には乾いた血がこびりついた穴があった。心臓がどきりと跳ねる。

白い手が、ゆっくりと覆いを引き上げる。覆いと皿の間にできた隙間から、とろりとしたものが溢れ出した。
その中を見てはいけないと強く思うのに、目が逸らせない。息が荒くなる。激しい鼓動で耳鳴りがした。

半分ほど持ち上げられた覆いの下に、蝋燭の明かりが差し込み、淀みの中心にあるものを照らした。
背筋に冷たいものが走る──

まず初めに目に入ったのは耳だ。それから癖の強い金の髪。線の細い顎に、薄い唇。中にあったのは、人間の頭だった。俯くような格好でごろりと転がるその顔は、濃い陰影に隠されている。だが──そんな……まさかあり得ない……

ついに覆いが取り去られた。堰き止められていた血溜まりが、皿の縁を越えて白い敷布にぽたりぽたりと垂れ落ちた。
緩く閉じた瞼の間に覗く瞳は、夏の青空の色をしていた。

これは僕だ﹅﹅﹅﹅﹅
それならば、僕の頭を見ている自分は一体誰だ──?

僕は震える手で自分の顔に触れた。その時、指の関節がぎしぎしと軋む感覚に違和感を覚えた。それに肌に触れる硬い質感──

蝋燭の明かりにかざしてみると、僕の両手は真っ黒だった。金属でできているかのような光沢のある表皮、手首を覆う細かい鱗、それに指の先から伸びる鋭い爪。これは……これはまるで…!

「気分はどう?」
突如投げかけられた柔らかい声に、僕ははっと顔を上げた。
「ティファ……」
ようやく発した声は、しゃがれ、ひび割れていて自分のものとは思えなかった。
向かいの席に、いつの間にかティファが座っていた。酒に酔ってでもいるかのようにその白い肌には赤みが差し、濃い色の瞳がちらちらと瞬く蝋燭の炎を映して妖しく輝いていた。ただし彼女は僕を見ていない。その視線は、銀の皿の中央に注がれている。

彼女の姿を目にして、胸に尾を突き立てられた痛みと、そこから何かが注がれる熱い感覚を僕は思い出していた。真っ黒に染まった両手をティファに向けて差し出しながら、胸の奥から絞り出したような呻き声を僕は漏らした。
「僕に…何をした……?」
「下ごしらえ、といったところかしら」
静かに答えたティファは銀の皿にすっと手を伸ばすと、血溜まりに人差し指を浸し、ぺろりとその指を舐めた。目を閉じ、口の中でしばし味わう。まるでワインの出来を確かめるかのように。
ティファは満足そうに目を細め、皿の上の頭を優しく撫で、「心配いらない。じきに全てうまくいくから」と言った。

僕はざわりと肌が粟立つのを感じた。そして同時に感じる強い空腹──銀の皿からどうしても目を離すことができない。甘い匂いに頭がくらくらして、唾液が溢れ出てくる。
皿に載っているのは僕自身の頭部だというのに。嫌悪よりも恐怖よりも……今感じているのは食欲だった。

「……これをやったのはティファなのか!?」
立ち上がった拍子に椅子が、がたりと音を立てた。彼女が何を言っているのか全くわからなかった。「下ごしらえ」──僕の体の構造をいじくり回したことなのか、切断した僕の頭を皿に乗せて差し出したことなのか。
一つだけはっきりしているのは、彼女がこの事態を歓迎しているということだけだ。

ようやくこちらを見たティファは、混乱して顔を歪める僕を眉をひそめて見やり、わずかに首を傾げた。
「……違うわ。そうじゃない。私は種をまいただけ」

ティファはそう言うと、蝋燭に顔を近づけ、わずかに口をすぼめた。次の瞬間、蝋燭の火が吹き消され、完全な闇が訪れた。

──あなたはまだ、本当の望みに気がついていない。こっちにおいで。

ティファの言葉が僕の内側の闇の中にこだました。

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