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悪食(3) FF7二次創作小説

FF7エバークライシスのバハムート衣装から着想を得た二次創作小説です。
第一話のリンクはこちら。


第三話

新しい生活にも少しずつ慣れ、僕は日々実験に精を出していた。

僕は目の前にシャーレをずらりと並べた。グルコースやピルビン酸の濃度など、細かく組成を変えてバハムートの細胞が生存できる条件を探しているのだ。死なないだけでなく増えてくれればもっといいが。

窓の外では雨が降っている気配がした。冷たい雨だろうか?宿舎とラボを往復するだけの生活なので、どうにも季節の変化に体がついていかなかった。いや、ついていけていないのは頭のほうか。
昨日の分のシャーレの山が僕の目に入った。どれだけ積み重ねれば意味のある場所に到達できるのだろう。口元に歪んだ笑みが浮かぶ。

僕は小さく首を振り、蓋に「条件#13-7」と書かれたシャーレを手に取った。培地が濁っている。顕微鏡を覗き込むと、案の定不恰好な塊が視界いっぱいに浮かんでいた。死んでシャーレの底から剥がれた細胞同士がくっついてできた塊だ。僕は手元のノートにバツ印をつけ、次のシャーレに手を伸ばした。

僕に課せられたのは、バハムートの株化細胞の樹立で、細かな解析のための実験ツールとして有用なのはもちろん、生体を使わず──つまり殺すことなく彼らの研究ができるようになるというメリットはでかい。そして近年高まりを見せる、バハムートの権利や動物福祉を訴える市民団体の声をトーンダウンさせることにも繋がると暗黙のうちに期待されている。
バハムート研究の本丸ではないにしても、意義のあるプロジェクトを与えられたのは確かだった。僕がこれまでの研究歴で、いくつかの両生類や爬虫類の株化細胞を樹立させるのに成功したという業績を教授はちゃんと見ていてくれたわけだ。

──だが、これが僕のやりたかったことなのか?そんな疑問がふとした瞬間に湧き上がる。
僕が本当に知りたいのは──

いや、考えても詮無いことだ。今はまだ、やるべきことをやるしかない。壁の時計はもう少しで日付が変わることを告げていた。

最初の頃は何かしらのコメントをくれていたものの、このところ教授からはこれといった反応をもらっていない。僕の提出する定期レポートは、ほとんど目も通されないまま良くて書類トレイへ、悪ければゴミ箱へ直行する。

成果がなければここでの存在価値はゼロなのだ。

祈るような気持ちで顕微鏡を覗き込む。これが最後のシャーレだ。緊張で手が少し震える。無理言って高価な試薬を使わせてもらった実験だ。どうか──

シャーレの中は、死んで剥がれた細胞でいっぱいだった。他のシャーレとなんら変わりなく。胸の底に冷え冷えとした空気が広がっていくような気がした。
ノートに大きくバツ印を書くと、僕は顕微鏡のランプを消した。

空にしたシャーレを積み上げ、二重にした滅菌用の袋に入れた。乱雑に袋を処理機械に放り込むと、袋の中でシャーレの山が崩れてガチャガチャと音を立てた。
電源の落とされたパソコンのモニタに、無表情な自分の顔の反射を見た。僕はマグカップをざっと洗ってから実験室の明かりを消し、ラボを後にした。

研究所の敷地内の宿舎の自分の部屋に戻ってくると、僕は途端に疲れを感じた。着替えもそこそこにベッドにどさりと横たわり、ぼんやりと天井を見た。天井と壁の境目では小さな蜘蛛がせっせと巣を拵えているところだった。薄い生地のカーテンを通して宿舎前の道路を行き交う車のヘッドライトが部屋の中を照らし、置きっぱなしの段ボール箱が床に長い影を作った。

重い体を起こしてシャワーに向かう。浴室の鏡から顔を背け、目を瞑る。熱い湯を浴びると、幾分かマシな気分になった。

タオルで頭をがしがしとかきながら、リビング兼寝室に戻ってくると、リュックサックのポケットの中で何かが音を立てていた。携帯電話だ。なんとなく出るのが億劫で、伸ばしかけた手を引っ込めて少しの間見守っていたのだが、電話は辛抱強く鳴動を続けていた。
諦めて電話を手に取ると、着信相手を告げるディスプレイを見て、僕は再度手を止めた。急かすような甲高いコール音を2つ聞いてから、僕はため息と同時に応対ボタンを素早く押した。

「…ああ、やっと出た!」
「ごめん、母さん。さっき帰ったばかりでシャワーに入っていたから」
「随分遅いのね」
母の心配そうな、だがどこか咎めるような声音に僕は苛立ちを感じた。
「研究者なんてこんなもんだよ」
「ふうん。…ところで、あんたが入ったって研究所、バハムートの研究してるんでしょ」
「…そうだよ」
やや風向きが変わってきたのを察して、自然と僕の声が硬くなる。グラスの水を飲み干し、僕は音を立てないようにそのグラスをシンクに置いた。
「あんたの父親もバハムートがどうのってよく言ってたっけね。あんたが小さい時──」
続く母親の言葉には隠しようのない嫌悪が滲んでいた。やはりこうなったかと僕は悄然としながら、半ば諦めに似た境地で母の呪詛を聞き流していた。

バハムートを見たという山に毎日のように足を運び、父はある日ふらりと消えてしまった。バハムートに取り憑かれたんだ、などと口さがない隣人たちが噂するのを聞いたことがあった。幼い僕にはピンと来なかったが、要は雌の竜に魅入られて父は家庭を捨てたということだ。”捨てられた女の烙印”を押された母は、長らく惨めな気持ちを抱えてきたに違いない。
母の悲しみに接するたび、僕はどうしていいかわからなくなるのが常だった。当たり障りのないことを言って、気を逸らそうと努めてきた。だが──
「あんな人間のまがい物みたいなモンスター…気持ち悪いったらないよ!そうでしょう?」
まがい物、気持ちの悪いモンスター──吐き捨てるような母の言葉に、僕は頭に血が昇るのを感じた。
「母さん!…母さんに何がわかるんだよ!」
気づけば反射的に言葉を荒げていた。
あの面接の日に教授の部屋で見せられた映像が僕の頭をよぎった。ねばつく粘液でできたドレスを纏って卵の中から現れた、美しい僕の女王──

電話の向こうで母が小さく息を飲むのがわかった。後悔がちくりと胸を刺した。
「やっと…やっと夢が叶うんだ。また連絡する」

そう言って僕は電話を切り、一方的に会話を終了させた。どこにも辿り着けない不毛な会話を。

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