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【FF7二次創作】 傷

村の男の子たちに混じってかけっこをする活発な姿は覚えている。有名な格闘家に弟子入りし、筋がいいと褒められたという話を聞いた気もする。

だが、どこかで半信半疑だったのだろう。俺は、実際に目にするまでティファが本当に戦えるとは思っていなかった。相手がモンスターとはいえ命のやり取りをできる側の人間だとは──。

7番街スラムをティファと歩けば必ず敵意を含んだ視線を向けられた。まるで故郷のニブルヘイムでの過去の再現だ。ここでも彼女は人々の関心の中心にいた。男たちは競うようにティファに声をかけ、少しでも気を引こうとした。

「ありがとう、またお店にきてね」そう言ってにこりと微笑み、ティファは相手との間に一線を引く。柔らかい物腰ながら、ここから先は踏み込むなという明確な意図も感じられた。よほど鈍い相手でもなければはっきりと理解できるだろう。彼女のスタンスを。

反神羅組織アバランチ──武装テロも厭わない過激派集団だ──の一員として活動するティファには、同じ歳のころの人間たちのように色恋にうつつを抜かす暇などないのだろう。

だが、俺は、俺だけは全て知っている。彼女の過去も、その素性も。

その事実に仄暗い優越感を感じながら、7番街スラムの居住地との境界線となる金網に俺は手をかけた。この先のガレキ通りと呼ばれる一角に棲みついたモンスターを退治してほしいという自警団の依頼をこなすためだ。

俺が扉を開けるのを待つ間、ティファはリズミカルにステップを踏んでいた。毛先で一つにまとめた長い黒髪が左右に揺れ、両の手を動かすのに合わせて、使い込まれた革の格闘用グローブがキシキシとかすかに音をたてた。その姿には気負いも緊張もない。

だが──

頭の奥が鈍く痛む。血と死──戦いにつきもののそれらにティファを近づけることに抵抗を感じた。確かにガレキ通りまでの案内は頼んだが、その先にまでついてきてもらう必要はない。
「ティファ、俺一人でいい。ここで待っていろ」
「平気。私、戦えるから」
片眉を上げて少し不満そうな顔をしたティファは、俺が制止する間もなく金網をぐいと押し、扉を開けてしまった。

「ティファ」
自分の口から漏れた声は思っていたよりも低く、こわばっていた。
「大丈夫だってば。それに中も結構複雑だから」
振り返りもせずに軽い足取りで進んでいくティファの背中を追いかける。前を行く彼女に聞こえないよう密かにため息をついた。モンスターが出ても俺が守ればいいことだと自分に言い聞かせて。


ガレキ通りは岩壁に囲まれたエリアで、その名の通りありとあらゆる種類のゴミが雑多に積み上げられていた。壊れて使い物にならなくなった電化製品や、中身が抜き取られてフレームだけになった車、危なっかしく積み上げられた鉄骨やパイプ類。それら大型のゴミの隙間には、古くなって廃棄されたと思しき、割れた瓶やひしゃげた缶詰が転がり、辺りの地面に得体の知れない染みを作っていた。

そんなジメジメとした一画に群がり、蠢く影があった。

節足動物を思わせる節のある2対の脚と棘のある尾を持つ小型のモンスター、ホウルイーターの群れだ。小型といえど、人間の子どもを丸呑みにするほどのサイズがあり、その名の通りなんでも食い尽くす旺盛な食欲とそれを可能にする巨大な口、それに体内の毒腺から噴射される毒液を持つ。雑魚とはいえ群れると厄介な敵だ。この辺りに巣でもあるのか、まだ殻の柔らかそうな幼生個体もちらほらと混じっている。

カチカチと牙を打ち鳴らし警戒音を発しながら、ホウルイーターたちはこちらに向き直った。俺たちをゴミよりは上等な、新鮮な餌と認識しているのだろう。尾を高く上げ、攻撃態勢に入っている。
「居住地の近くにいていいモンスターじゃないな」
「でしょ。だから自警団が『何でも屋』に依頼したの」
周囲の気配を探りながらバスターソードを正眼に構えて呟いた俺の言葉に、ティファが冷静に答えた。ティファは俺の左側に滑るように移動すると、腰を落とし、握った拳を胸の前に掲げた。俺が剣を振るっても当たらない距離、それでいて右利きの俺に生じる死角をカバーできる角度──ティファの意図に気づいて俺は軽く目を見開いた。

──と、どこかのゴミの山から空き缶が一つ転げ落ちた。コンという澄んだ音が合図だったかのように、ホウルイーターの群れが俺たちに襲いかかる。

先陣を切って飛びかかってきたのは一際大きいホウルイーターだ。俺は上体をそらして、ぬめりとした光を放つ鎌をかわしながら剣を横なぎに振るい、前脚を斬り飛ばした。空中でもんどりうって地面に激突したその個体に、ティファが踵おとしを食らわせ、とどめをさす。ぐしゃりという音が辺りに響き、体液が撒き散らされる。鮮やかに後方宙返りを決め、体勢を立て直したティファは片頬に付着した緑色の体液をぐいと拭うと、群れの方に向き直り、再び拳を構えた。

群れからやや離れたところにいる1匹──背後に回り込まれるとに厄介だ──に俺が視線を向けると、ティファが半歩前に出た。俺がブリザドの詠唱に入るタイミングに合わせてティファがさらに間合いを詰める。ティファの体の影から放たれたブリザドが直撃し、冷気でホウルイーターの動きを止めた。その隙を逃さずティファが正拳突きを叩き込む。その勢いで壁に叩きつけられたホウルイーターの硬い殻が割れ、それきりピクリとも動かなくなった。

確かに強い。無駄も躊躇もない動きで、的確に相手の息の根を止めていくティファの姿を見て、俺は内心驚いた。

戦況をよく見ており、敵と仲間の動きや意図を汲んでこちらが有利になるよう立ち回り続けている。体力はあまりなさそうなので、持久戦になれば辛いだろうが、そうなる前に勝負をつける──そういうスタイルなのだろう。

これなら安心して背後を任せられる。俺は次の敵に向かっていった。

ティファが素早い動きで注意を引きつけ、俺が背後からの一刀で何匹かまとめて斬り伏せた。取りこぼした敵にティファが強烈なアッパーカットをお見舞いし、宙に浮いたところを俺の剣が両断した。これが最後の1匹だった。

俺とティファの心と体は完璧にシンクロし、まるで一つの生き物のようにホウルイーターの群れを蹴散らした。その高揚感は言い表せないほどだった。

多分、俺は浮かれていたんだろう。

戦闘が終わった途端に、左腕がずきりと痛んだ。見れば斜めに小さく傷が走っていた。出血はしているが深い傷ではない。気づかないうちにホウルイーターの牙か鎌が掠めていたのだろう。俺は内心舌打ちした。
「見せて」
ティファが俺の体にそっと触れた。お互いの荒い息遣いが聞こえる距離からティファが俺の顔を見上げた。
「ごめんね、毒消し持ってないから」
ティファはさらさらとした長い黒髪を耳にかけ、両手で俺の腕を押さえると、形のいい唇を傷に押し当てた。俯いてあらわになったティファの首筋から甘い匂いが立ち上る。そのままティファは傷を咥え、強く吸った。俺の腕から毒を懸命に吸っては吐き出す間、ほんの一瞬、ティファの舌の先端が腕の皮膚に触れた。腰のあたり、下から上にかけてぞくりとした感覚が走り、膝の力が抜けそうになる。

──他の男が怪我をしても同じようにするのだろうか。

そんなことを考えるとたまらない気持ちになった。右手でティファの頬に触れた。激しい戦闘のせいか、その頬は熱かった。顔を上げたティファの唇にはかすかに血が付いていた。それは何かの徴のように見えた。

自由になった左手でティファの腰を抱き寄せた。一層近くなった距離に戸惑うように、深い紅の瞳が揺れる。そこに映る俺もきっと同じ顔をしている──

ティファの手がためらいがちに俺の背中に触れ、服を握りしめた。乾いた草原に火が広がるように、互いに触れたところから体が燃え上がるのを感じた。ティファは潤んだ瞳でこちらを見つめていた。
「クラウドは…クラウドだよね…?」
俺の腕の中で、掠れた声でティファが囁く。その言葉を塞ぐようにして、俺は唇を寄せた。わずかに震えるティファの唇は柔らかく、夢中で貪った口内は温かかった。ビロードのように滑らかな舌を強く吸うと、びくりとその体が震え、言い知れぬ悦びが胸の奥に湧き上がった。

ようやく欲しかったものを全て手に入れたのだと思った。夢も、憧れも。頭の奥に鈍い頭痛が再び走った。

息も絶え絶えになりながら、ティファが俺の胸に手をついて体を離した。傾いた陽光に照らされて、その顔に暗い影が落ちている。
「どうして…?」
俯いたまま、ティファはぽつりとこぼした。輪郭のない疑問を投げかけられ、俺はなぜだか苛立ちを感じた。
「…わかるだろ」
二人の間に沈黙が落ちる。こんなにも近くにいるのに、ティファの体も心にも触れられている気がしなかった。いや、もっと触れ合えば──

また唇を近づけようとした俺を強引にかわして、ティファはくるりと背を向けた。そのまま振り返らずに居住地に戻る道に向かって行こうとする。思わずその腕を捕まえると、やっと俺の方を見た。
一旦開いた口を閉じ、ティファは軽く首を振った。それからにこりと微笑みを浮かべて、「お店の準備、そろそろ始めなくちゃ」と言った。それはサインだ。

「…買い出し、付き合うよ」
「ありがとう、『何でも屋』さん」
渋々手を離すと、ティファは颯爽と歩き出した。黒髪の先端が風に揺れる。


頭蓋の内部に走る強い痛みに、俺は顔をしかめた。

頭の中で誰かが喚いている。知るか。俺は俺のやりたいようにやる。
俺の全身が求めている。あの舌の熱さを、射抜くような紅い瞳を、震える体を。

──全部、俺のものだ。


夕陽に照らされて、二人の影が長く伸びていた。

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