見出し画像

悪食(16) FF7二次創作小説

注意書き:FF7エバークライシスのバハムート衣装に着想を得て書いた二次創作小説です。いえ、二次創作小説のはずだったんですけど、設定とか話が独特すぎて二次創作とはいえない感じに仕上がっています。
それでも良いという奇特な方向けですので、どうぞご了承ください。

第一話のリンクはこちら。


第十六話


野生のバハムートについてわかっていることは実はごく少ない。

彼らがライフストリームの豊富な水場の近くを好むこと、雌雄両性が存在するが雌の数が極端に多いこと、主に単為生殖で繁殖すること、なぜか左翼だけを持つ個体がほとんどであること……せいぜいこのくらいだ。
推定されているバハムートの寿命は200年から1000年の間とされているが、それすらも直接観察した人間がいるわけではないのではっきりしたことはわからない。通常、野生下で生きる動物は、病気や怪我などで早くに命を落としてしまうため、そういうアクシデントを極力避けられる飼育下ではより長く生きられるものだ。だが、バハムートに関していえばそれは全くの逆で、どんなに環境を整えてやっても囲いの中では20、30年ほどしか生きられないのだという。

バハムートたちの本当の姿が知りたければ、野外での様子を調べるほかない。だが、よくよく観察するには彼らはあまりに数が少なく、あまりに異質な存在だった。

今朝は少し気分が良いようだった。
病室のベッドの上から見上げる空は冬特有の薄い色合いで、そこにはけで塗ったような薄い雲が帯状に伸びていた。太陽はまだ建物の影にいるのか、窓の向こうの木の枝はやけに黒々として見えた。

僕は先輩のくれた林檎に目を向けた。白ばかりの病室の中で、その真っ赤な果実は僕の目と心を和ませた。林檎を手に取ると、僕は胸いっぱいにその香りを吸い込んだ。食べるのが惜しいような気がして、林檎をそのまま元あったサイドテーブルの上に戻すと、僕は代わりに分厚い再生紙の束を手に取った。先輩の論文だ。

タイトルには昨日先輩が散らばした紙と同じような単語が並んでいる。どちらが古いバージョンかはわからないが、今書いている論文のコピーを預けてくれたということだろう。著者欄の先頭には先輩の名前があり、教授が責任著者だった。2人の間には大勢の名前があった。僕の知らない人がほとんどだ。

長年フィールド調査を行ってきた先輩らしく、それはバハムートに信仰を捧げるとある部族についての調査報告だった。
ミディール地方の奥地に住む彼らは文字を持たず、代々口伝で部族の歴史を受け継いできた。さすがに最近ではパソコンや携帯端末が生活の中に入り込み、集落のあり方が変わりつつある。その変化の中で、彼らの過去の全てを記憶する「語り手」の存在もまた消えようとしているらしい。
先輩は、何度もそこに足を運び、彼らと共に過ごす中で地道に信頼を得てきたのだろう。そうして、最後の代になるかもしれない「語り手」から部族の歴史を聞き取り、後世に残すべき大事な資料として彼らに渡したのだという。その膨大な記録の中から、バハムートとの関係に関する部分を抜粋し、まとめたのがこの論文ということだ。
これは実験室では得られない貴重なデータだ。先輩がずっと温め続けてきた渾身の研究とその成果がここに詰まっている。調査旅行の帰りにさっと書き上げた論文ではなかった。

論文特有の硬い言い回しでありながら、先輩の文章は生き生きと彼の地の文化に歴史、そして動植物について綴っている。看護師に借りた、どこかの製薬会社の名前が側面に印刷されたボールペンの書きごこちは悪く、僕は内容に素早く目を通しながらガリガリと引っ掻くように余白に大量のメモを書き込んでいった。

──と、途中で予想外の単語に出くわし、一瞬思考が止まった。

”……生贄は男性に限られ、記録に残っている限りでは、16歳から72歳とその年齢はさまざまである。生贄に選ばれたものは山の中で通常7日間の儀式に臨む。その間、最も栄養価の高い食料が与えられ、供物としての価値が……”

……生贄? 生贄だって?

乾燥した指の間を紙が滑り、ばさりと音を立てて論文がベッドの下へ落ちていった。
しまった──床の上の論文を拾おうとぐっと左腕を伸ばした時、腕に小さな痛みが走った。手を大きく動かした拍子に点滴の針が外れてしまったらしい。何度も掻いていたせいでガーゼが取れかけていたせいもあるかもしれない。点滴から伸びる透明な細い管がぶらぶらと揺れていた。どうしようかと辺りを見回した時、パタパタと軽い足音がドアの方から聞こえた。
「あら、点滴が外れちゃったんですね、大丈夫ですよ」
「すみません」
駆け込んできた看護師は手早く準備を済ませ、僕の左腕を取ると、アルコール綿を片手に沈黙した。
「あの……」と、看護師は困惑しきった顔でこちらを窺う。「こっちの腕でいいんですよね?」
そうです、と言いかけた僕は硬直した。
「なんだ、これ?」
小さく漏れた声が震えている。僕は、そこに妙なものを見た──いや、正確には見えるはずのものが見えなかったのだ。ほんの数時間前にできたばかりの針のあとが綺麗さっぱり消えていた。サージカルテープの跡の残る二の腕のあたりを触ってみると妙な感触があった。皮膚の下に硬いものがたくさん並んでいるような……板…いや、これは鱗……?
「瘤っぽくなってしまっているかもしれませんね。内出血もあるようですし、利き腕だそうですけど、右側でもいいですか?」
淡々とした看護師の言葉に曖昧に頷くと、僕は右腕を差し出した。ず、ずっと太い針に血管を探り当てられるのを意識しながら、僕はぼんやりと頭をめぐらせていた。看護師は内出血と言ったが、本当にそうなのだろうか?まるで痣のように広がる紫色は、針刺し部分を越えて随分と広い範囲に及んでいるように見える。

──僕の体に何か恐ろしいことが起こっているのではないだろうか。
ざわざわと腹の底が落ち着かない感じがした。

どうぞ、と立ち去り際に看護師が渡してくれた論文に目を落とした僕は、偶然開かれていたページに目が釘付けになった。そこには、過去の文献から引用された、一枚の高精細カラー写真があった。鋭い先端を持つ黒曜石のやじり︎﹅﹅﹅の写真だ。やじりの中央には窪みが掘られていて、そこから細い溝が切先まで続いている。

写真にはキャプションが添えられていた。
”選ばれた生贄に、バハムートの血を塗り込めたやじりを突き刺すという儀式がかつて行われた。そうすることで竜になれると人々は信じていた。”

ぞわ、と背筋が震えた。
一見、昔の文明によくある血生臭い迷信のようだが、そうではない可能性もあった。
生命の源とも言えるライフストリーム…バハムートの体内ではそれが極限まで濃縮され、細胞に届けられる形に加工される。それを人間に移植すればどうなるのか──

血……バハムートの血………まさか…まさか──!

僕は右手で、左腕の皮膚の下を探った。人間の皮一枚の下に蠢く、竜の鱗に指が触れる。
ガンガンと耳鳴りがする。僕の脳裏にフラッシュバックするいくつかの場面、いくつかの記憶……仰向けに倒れた僕を押さえつけ、獲物を喰らう目付きで涎を垂らしていたティファ、そして僕の胸に突き刺された鋭い毒の尾…あれらは夢ではなかったのか?
そして──僕が倒れたことを伝えてきたのは教授だと先輩は言っていた。

ならば教授は全てを──「第七天」で起きたことを知っていた? こうなるように僕を仕向けたのか?

僕は震える指で論文をめくっていき、「やじりの写真」の引用元を探した。それは予想通り教授の古い論文だった。
教授はやはり知っていたんだ。バハムートの体液が、人間を変質させることを。

「うぐ……っ」
突然の耐え難い痛みが全身を襲った。
はっきりと自分の鼓動を感じる──どん、どん、と体の内側から誰かに激しくノックされているような──お前は誰だ﹅﹅﹅﹅﹅
霞む目がとらえた僕の左腕はさっきよりも痣に冒された面積が広くなっているように見えた。びっしりと額を覆う脂汗がぼたりと垂れ、シーツにいびつな染みを作った。ぎぎ、と爪が引っ張られるような感じがする。
しばらく目を瞑っていると、徐々に気分が落ち着いてきた。だけど、おそらく時間はほとんどない。

──僕は、人間でいられるのだろうか?

いや。これ﹅﹅を止める手立てがきっとあるはずだ。中和血清のような対抗手段が。

深夜全てが寝静まった頃、僕はベッドの上に身を起こし、新しく刺されたばかりの点滴を引き抜いた。チリチリというわずかな痒みが針の痕のあたりに生じたかと思うと、あっという間に傷が塞がった。
そっと病室のドアを開け、廊下に出る。近くには誰もいない。一瞬振り返った僕の目が、テーブルの上にぽつんと置かれた林檎を探し当てた。
せっかく先輩がくれたのに食べそびれてしまったな。そう思いながら、僕は病室のドアを静かに閉めた。

人目を避けながら廊下を進んでいると、先の方からガラガラという音が聞こえてきた。ストレッチャーをどこかの病室に運ぶ途中の看護師たちが切羽詰まった会話を交わしている。僕が焦っている間に音はますます大きくなっていった。こっちに来る、まずい──辺りを見回すと、すぐそばにドアの小窓から漏れる明かりが目に入った。トイレだ。誰もいませんように──
間一髪でトイレに逃げ込んだ僕は、ほっと息を吐く。複数の足音はドアの向こうをそのままバタバタと通り過ぎていった。煌々と照らされた室内は僕の目には眩しすぎた。ぎゅっと細めた目が、黒い影を捉え、僕は思わずびくりと体を動かした。
その暗い影は、鏡の向こうから怯え切った顔でじっとこちらを見ていた。僕が右を向けば、そいつも右を向いた。影は──僕だった。
僕は鏡に映る自分の姿を見た。首から下の肌はまだらにどす黒く変色していた。喉の奥が引き攣れて、笛のような鋭い音を立てた。強烈な吐き気に襲われて、洗面ボウルの上に僕はかがみ込む。空っぽの胃からせり上がってきた胃液は口の中を苦みで満たした。食いしばった歯がギシギシと擦れ合い、不快な感触をもたらした。
間近で見上げた鏡の中、僕の瞳は青から紫に変わっている。「目の色」──先輩の不安げな声音が耳に蘇った。

──母さんは……母さんは僕を「モンスター」と罵るだろうか? 

癖の強い金髪だけは元のままだった。母さんによく似た、この髪の毛だけは。
僕はたまらず鏡から目を背けた。 ……急がなくては。

非常用出口から地上まで続く外階段を降りていくと、あっさり病院の外に出ることができた。
厚い雲が月を隠してくれているのがありがたかった。闇は、僕の逃亡をうまく隠してくれたし、すでに変質の始まっている僕の目は暗闇の中でも容易くものを見ることができた。

目指すは研究所だ。あそこの書庫には過去の研究の記録が全て納められている。教授の記録を見つけるんだ。そこに、何か手がかりがある。

いいなと思ったら応援しよう!