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悪食(15) FF7二次創作小説

注意書き:FF7エバークライシスのバハムート衣装に着想を得て書いた二次創作小説です。いえ、二次創作小説のはずだったんですけど、設定とか話が独特すぎて二次創作とはいえない感じに仕上がっています。
それでも良いという奇特な方向けですので、どうぞご了承ください。

第一話のリンクはこちら。


第十五話


簡単な診察を終えた医師が出て行き、僕はほっと息を吐いた。大部屋には6台のベッドが並んでいるが、埋まっているのは僕のところだけだ。がらんとした空間に、ばちばちという音が聞こえてくる。窓ガラスを雨粒が叩いているのだ。
ここミッドガルは、山の中にある僕の故郷と違って冬でもそこまで寒くならず、積もるほど雪も降らないと聞く。だけど、病室の空調が効いていないのか薄い患者衣のせいか、部屋の中にはしんしんとした冷気が漂っている。そういえば冬の雨はやたらに寒く感じるのだったなと僕はふと思い出していた。

──だからだろうか。点滴用の針が刺さっている箇所がひどく痒い。

「よかったなあ。特に異常なさそうで。研究所でぶっ倒れたって聞いた時はほんとに焦ったぜ」
どかりと丸椅子に腰掛けた先輩がニッと口の端で笑う。
医師の言葉によると、僕はラボの実験室で倒れていたのだという。巡回の警備員がそれを見つけて、神羅研究所の同じ敷地内にある系列病院に僕は搬送されたらしい。
「自分では全然そんな感じはしないんですけどね……でもとにかく、ご心配おかけしました」僕はぺこりと頭を下げると、恐る恐る続けた。「それより僕、実験をやりっぱなしで。材料も試薬も全部ダメにしてしまったし、教授になんて言ったら……」
せめて後始末くらいはちゃんとつけなくては。この世の終わりみたいな表情を浮かべているであろう僕と対照的に、先輩はあっけらかんとした表情を浮かべていた。
「あー大丈夫だろ。だって俺に知らせてきたの教授だし。ゆっくり休めって言ってたぜ」
「え、教授がですか?」
意外な情報に僕は目を瞬いた。
「あと傷病手当かなんかつくかもしんねーから復帰したら事務に問い合わせた方がいいかもな。ラボの方は誰か片付けてるだろ」
僕は思っていたよりも自分の失態が堪えていたらしい。「復帰したら」という言葉を耳にして、どっと肩の力が抜けるのを感じた。はあーーっと長いため気をつくと、僕はベッドの背もたれに体を預けた。
「ストレスと栄養失調だって? どうせお前ろくなもん食べてなかったんだろ。肉食えよ、肉。肉食っときゃ大体なんとかなるから」
先輩のめちゃくちゃな物言いに笑いが込み上げてきたが、同時に胸の奥にむかつくような感じがあった。思わず顔をしかめた僕に、先輩が不思議そうな視線を向ける。
「どうした?」
「いえ……ちょっと気持ち悪くて」
胸をおさえ、一瞬目を閉じる。瞼の裏側に、暗い部屋が浮かび上がった。広いテーブルの上に銀色の皿が置かれていて、その飾り縁に蝋燭の炎がチラチラと反射している──
「…か? 大丈夫か?」
ハッと目を開けると、すぐそばに心配そうな先輩の顔があった。部屋の幻は消え去った。
「やっぱ顔色悪いぜ。それになんだろ……」
先輩はぐっと眉間に皺を寄せて僕の顔を、いや瞳を覗き込む。
「僕の顔になんかあります?」
「…いや……こんな色だったっけかなと思って」
ん? と首を傾げる僕を妙な顔つきで眺め、「目の色」と先輩は短く言った。
「充血、とかですか?」
「…うーん、そうかも。とにかく休んだ方が良さそうだ。俺、帰るからすぐ寝ろ」
先輩はそう言って立ち上がると、荷物の中からツヤツヤとした林檎を取り出し、僕のすぐ横にあるサイドテーブルに置いた。ふわりと芳しい香りが僕の鼻に届き、いくらか気分がマシになった。
「これ、お見舞いな」
「いい匂い……果物なんていつぶりだろう」
「ちゃんと食えよ。あと、入院中暇だろ?これ貸してやるから後で感想聞かせてくれよ」
分厚い紙の束がばさりと音を立てて林檎の隣に置かれた。僕はそれを怪訝な目で見つめる。
「なんですか、それ」
「今書いてる論文のドラフト」
「……普通こういう時に差し入れるのって小説とかじゃないですか?」
「あとエロ本とか?」
ひひっと先輩は人の悪い笑い方をした。
「そういうのは要らないですけど」
「まあ、お前はそういうタイプじゃないもんな」
先輩の言葉に内心どきりとしたが、僕は何食わぬ顔で肩をすくめてみせた。
「俺、お前の着眼点とか結構好きだからさ。読んで気になったこと指摘してくれるとまじでありがたい」
「……わかり、ました」
先輩の飾り気のないまっすぐな言葉がじわりと胸の中に染み込んでいくような気がした。その優しい熱が、僕の胸に刺さったままだった小さな氷の棘を溶かしていく。
先輩は「ほんじゃいくわ」と言って病室のドアに手をかけた。先輩が行ってしまう。
「あの!」
その広い背中に向かって僕は思い切って声をかけた。
「……前に変な態度を取ってしまってすみませんでした」
「前?」
「培地に血球細胞を加えるってアイデアの話をした時に」
あの時僕は、自分の発想の出どころを聞かれてあからさまにムッとした態度をとってしまった。傲慢だった。あまりにも。
「ああ。いいよ」と、合点がいった様子の先輩は、僕が拍子抜けするくらいあっさりと頷いた。
「それ、結構いいとこ狙ってるから。気合い入れて読めよ」
僕の顔に人差し指を突きつけてそう言うと、先輩はひらひらと手を振って病室から出ていった。

ふ、と頬が緩むのがわかった。
先輩は僕が研究所を辞めようか悩んでいることなんて全然知らない。だから、これは僕を引き止めようという作戦なんかではないはずだ。
「着眼点が好き、か」
自分の口が発したその音の羅列に、僕はくすぐったい気持ちになった。ペンを借りられないかあとで看護師に聞いてみよう。

温かい気持ちを抱くように、僕はシーツの中で体を丸めた。
びゅうびゅうと病室の窓の外では風が唸っていた。その音はますます強まる雨足と共に、冬の嵐の訪れを感じさせる。
──先輩が濡れずに家に帰れるといいんだけど。
そう願いながら僕は目を閉じた。


目が覚めると、天井がやけに遠く感じられた。体が重く、腕を少し動かすのも億劫なほどだ。常夜灯に照らされた部屋の中は薄暗い。
体に絡みついたシーツを外すと、僕はゆっくりと体を起こした。思わず小さな呻き声が漏れた。先輩に指摘されたように、本当に体調があまり良くなかったみたいだ。少し熱っぽいような気もする。そしてとにかく痒い──
ポタリポタリと点滴の落ちる音がした。僕は針が動かないよう気をつけながら、ガーゼとサージカルテープに覆われた皮膚を慎重に掻いた。

──と、気のせいだろうか?
背骨のあたりに違和感を覚え、僕は左右の肩甲骨の間あたりを左手でそっと触ってみた。どくどくと疼くような痛みがある気がしたのだが、指先に触れるものは何もない。だが、押すとわずかに痛みがある。

ふと目をやった枕元の時計の針は午前3時前を指している。
部屋の中には林檎の匂いが漂っていた。この感じ、なんだか覚えがあるな。ああ……子どもの頃に戻ったみたいだ。

僕は首まですっぽりと毛布に覆われてベッドの中で口を開けていた。母さんがスプーンでひと匙ずつ僕の口に運んでくれた、とろりとした甘い味。村で取れる小粒で酸っぱい林檎をすりおろしたものにたっぷり蜂蜜を加えた、特製のメニューだ。熱でぼうっとする僕の額に、ひやりと冷たい母さんの手が心地よかったのを覚えている。小さい頃はわからなかったが、あれはきっと冷たい真冬の水で水仕事をした後だったのだ。
──また冬が来る。一人きりで暮らす、母さんの家に。
父さんがいなくなり、僕が出ていったあの家を、それでも母さんは離れることはないだろう。いつか電話越しに聞かされた、バハムートと父さんに対する恨み言を連ねる母さんの憎々しげな声がふと頭をよぎった。あそこに住み続けることは母さんにとって一種の復讐なのかもしれない。自分だけは変わってやるものか、と。
それとも母さんは今でも待っているんだろうか。父さんが帰ってくるのを。

そういえば──と、沼の底からあぶくが一つ立ち昇るように、思い出したことがあった。
暗くなるまで家に帰ってこない僕を、村の大人たちが総出で探しにきたことがあった。完全に日の落ちた山の中、大きな谷にかけられた古い橋を渡ろうとしていたところを僕は大人たちに連れ戻された。こっぴどく叱られた僕が「あっちに飛んでいく竜を見た」と頑固に主張するのを、可哀想なものを見る目つきで皆眺めていた。
「父親がいなくなったばかりで混乱してるんだろう」
山を降りながら、頭の上で交わされる大人たちの会話を僕はぼんやりと聞いていた。
そうか──僕がバハムートを見たのは父さんがいなくなった直後のことだった。

──両方の翼を持つバハムートが現れたことと父さんの失踪には何か関係があるのか?
ふとそんな疑問が頭をよぎった。この二つの出来事が起きた場所と時期がほとんど一致することは、偶然では片づけられないような気がする。真相が明らかになれば母さんの心は少しでも軽くなるだろうか。
調べて、みないと……

薄れゆく意識の中で僕は思った。

なんだか眠るのが怖いな──

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