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【FF7二次創作小説】 画竜点睛を欠く
どよっ……
砂浜の空気がわずかに揺れる気配がした。
トラブルか──?
細身ながら鍛え上げられた肉体を惜しげもなくさらしたクラウドは、鋭い目つきで辺りを見回した。いつもの癖で背中を探り、そこに頼れる相棒がいないのを思い出して小さく舌打ちする。
どよめきの中心点はこのビーチに至る出入り口付近。見れば、今やってきたばかりの柄の悪そうな男たちが肘で互いを小突きあっている。下卑た笑いを浮かべながら。
「おい、見たか?」
「ここで待とうぜ」
男たちの様子にどことなく嫌な感じを覚えはするものの、モンスターが出現したなどの大ごとではないらしい。クラウドはほんの少し警戒を解いた。
「どうした?」
クラウドにそう訊いてきたのは旅の連れのバレットだ。
「いや、なんでもない」
短く答えたクラウドは、バレットの服装にほんの一瞬目を向けた。普段はゴツいベストにカーゴパンツを愛用しているバレットだが、今日は一味違う。
抜け目なくその視線を捉えたバレットはへっへっへ、と相合を崩した。
「いやあ、しっかし……我ながら似合ってるよな」
バレットは水兵服を見せびらかすようにくるりとその場で回ってみせた。バレットの頭にちょこんと乗った帽子のてっぺんから垂れる紺色の房がぴょこんと跳ねる。
緊迫感のかけらもないその様子にクラウドの苛立ちが募る。実際似合っているのがまた腹が立つ。クラウドはバレットをじろりと睨んだ。
「遊びに来たんじゃないんだ。服なんかどうでもいい」
「なんだよ、お前だって結構気に入ってんじゃねえのか?」
ぐ、とほんの一瞬言葉に詰まったクラウドの鼻先に向けて、バレットは右手に装着した義手代わりのフックを振ってみせた。ニヤリと笑ったイカつい顔にははっきりとこう書いてあった。いつも偉そうなリーダーを揶揄うチャンス! と。
「こ…ここは暑いからな。汗をかくといつもの服じゃ動きにくい。それにあれはソルジャーの制服だから神羅関係者に見られると面倒だ。つまり状況に応じた装備を選択しているだけであり、決してこのレザーっぽい生地に職人技の冴える細かいステッチがいいと思ったとかそういうことではなく──」
「すげえ喋る」
「とにかく! これは目立たず行動するための最適解だっ!」
「目立たず、ねえ」
地面を見つめたまま一気に言い切ったクラウドから目線を外し、手で庇を作ったバレットは伸び上がるようにして遠くの方に目を凝らした。
いつもの服装にいつもの武装のままビーチに向かおうとしたクラウドたち一行を、「リゾート地ですので、適切なお召し物のご用意を」と、慇懃無礼な笑顔で押し留めたのはビーチハウスの管理人だった。
そうだ…その後俺たちは各自で着替えを用意してここに集合することになっていた。全員で。
クラウドの脳天を嫌な予感が駆け抜けたその瞬間──
どよよっ!
空気がうねり、弾けた。
例の人だかりが大きく揺れ、そこから興奮に満ちたざわめきが波のように広がっていく。
「まじやばいんだって」
「お前、抜け駆けすんなよ!」
「ねえねえ! ……ヒィッ!」
群衆の中の男の1人が小さく悲鳴をあげ、尻餅をついた。日に焼けたその顔の前を、燃え盛る炎が悠然と横切る──人語を解する古の獣、レッドXIIIの尾に灯る炎が。
レッドXIIIの後ろに目線を向けたクラウドは、騒動の原因を知る──
そこにいたのは、リゾートウェアに身を包んだティファとエアリスだった。
エアリスが歩くたびに、際どいカットの入ったピンクのパレオが揺れ、膝上までが大胆にもあらわになった。ひゅう、と群衆から口笛が鳴らされた。
白を基調としたセパレートタイプの水着をまとったティファの、格闘で鍛えた筋肉と豊かな胸というこの上なく魅惑的なコンビネーションは、男たちの興奮のボルテージをさらに引き上げる。
「2人ともちょーレベル高いね! 上で会ったの覚えてる?」
「暇だったらさあ、俺たちと遊ばない?」
喉の奥で唸り声を鳴らす巨大な獣もなんのその。ビーチに現れた美女2人に臆せず声をかけ続ける男たち。
「おーおー、きっちり目立ってんぞ」とバレットがぼやいた。
クラウドからの反応はない。
おい、と語気を強めて呼びかけたバレットは、目を覆って天を仰いだ。ああ、フリーズしてやがる──
クラウドはぽかんと口を開けたまま、ティファに釘付けになっていた。
ティファとエアリスに付きまとう男たちに殺気を放つことも忘れて。
呆れたようにため息をつくと、バレットは右手のフックを高く掲げ、大きく左右に振った。
「お前ら、こっちだ!」
パッと顔を輝かせたエアリスがティファの肩をとんとんと叩き、バレットの方を指差すと、2人は進路をこちらに向けた。
彼女たちを追いかけていた男どもは、バレットの巨体を見て顔を引き攣らせ、すごすごと退散していく。
その全てをクラウドはまるで見ていなかった。
ああ──どうしてコスタの太陽はこんなにも眩しいのか。
きっとそのせいだ。ティファの周りが輝いて見えるのは。
ティファが足を踏み出すたび、細かな砂つぶが光を弾きながら飛び散った。クラウドの目には、その一粒ずつの動きがまるでスローモーションで見ているかのようにはっきりと捉えられていた。
ゆっくりと、クラウドの視線がティファの体を上がっていく。
膝、腿、腹……そして──
ごくりとクラウドの喉が鳴る。
クラウドの顔を一瞥し、バレットは胸の中で独りごちた。なんて顔してやがる。けつの青いガキみてえな反応しやがって。
バレットはガシガシと頭をかくと、小さくため息をついた。面白そうだから放っておこうかとも思ったが、大人の男として、男の先輩としてたまには手助けしてやるのも悪くねえ。
「なあクラウドさんよ、おめえの気持ちはわかる。よーくわかる。だがな、いいか。余裕が大事なんだ。男には。よし、一つアドバイスだ…」
聞いているのかいないのか、クラウドはぴくりとも体を動かさない。その視線は一点に注がれている。青少年の、栄光のゴールへと。
バレットは構わず、クラウドの耳にある言葉を囁いた。
「ものは考えようってこった。いいか……ゴニョゴニョ…」
いつの間にか、すぐ目の前にやってきていたティファがクラウドの顔を覗き込む。呪縛が解けたように、クラウドはようやく瞬きをした。
「クラウド、どうしたの?」
「でっ、あ……いや」
口を滑らせかけ、目を泳がせるクラウドに、ティファはずいと顔を近づける。その拍子に、たぷと豊かな胸が揺れた。両方の胸は密着し、深い、それは深い谷間を作っている。よし、あそこに家を建てよう。さぞかし住み良いに違いない。
「クラウドってば」
あっ、だめだティファ。小首をかしげるな。それ以上可愛さを足したら爆発してしまう。CEROが跳ね上がるぞ!
「くっ……!」
デジョンかアトモスか。次元のはざまに吸い込まれそうだ。どっちもFF7じゃないがな!
クラウドの脳内では小さなクラウドたちが大騒ぎしている。目の前の圧倒的な光景の効果はばつぐんだ!
冷静にならなくては。
クラウドは思わずティファの肩から伸びる細いストラップを見た。
おい、強度は大丈夫か? ちゃんと支えられるんだろうな!?
──とその時、クラウドに天啓が舞い降りた。
野太く低い声が、クラウドに囁く。救いの言葉を。クラウドはハッと目を見開いた。
そうだ……下着だろうが、水着だろうが、所詮は布だ。
おお、布。布よ。お前などこう呼んでやる。もう恐れはしないぞ──
突然、背筋を伸ばして胸を張ったクラウドは、キリッとした顔でティファを見た。
あまりの変わりように、ティファは若干引いた目つきでクラウドを見返した。
「ね…、大丈夫?」
「大丈夫だ。問題ない。それよりもティファ」
クラウドは気取った仕草で人差し指をピッと立てると、ティファの水着を指差した。
「それ、いい大胸筋矯正サポーターだな。よく似合ってる」
胸の谷間があらわになることもある。そう、大胸筋矯正サポーターならね。
「だい、きょう…?」とポツリと言ったティファが固まり、あたりに沈黙が落ちた。
ザッパーン…
大きな波が打ち寄せ、水飛沫を浴びた恋人たちがきゃあと歓声を上げた。
「はあ!?なにそれ!」
いち早く反応したのはエアリスだった。ほんの少し悲しげな顔をしたティファの肩をさっと抱くと、エアリスはキッとクラウドを睨みつける。
「大胸筋矯正サポーターって…クラウド、失礼すぎるんじゃない!?」
「だいきょうきん……」
「いや、あの、これは違くて…なんていうかその、緊張緩和策の一環としてだな」
「話しかけないで! ティファ、いこ!」
ざかざかと砂を蹴立てて、ティファを連れたエアリスはビーチをどんどん遠ざかっていく。
後に残されたクラウドは、2人の姿が豆粒くらいになってからようやく口を開いた。
「バレット…なあ、バレット」
「あん?」
「俺は…どこで間違ったんだ?」
魂の抜けたようなクラウドの顔を気の毒そうにチラリと見ると、バレットは深いため息をついた。
「あのなあ。確かに俺は言ったぜ? 水着じゃなくて別のもんと思えってよ。でもよ、大胸筋矯正サポーターはないわ。しかも本人に言っちゃだめだろ……」
レッドXIIIはそれに同意するように、ふんと鼻を鳴らした。
クラウドはがくりと項垂れると、レッドXIIIの背中にその顔を埋めた。
バレットは深く反省した。
いっちゃいのお子様には、もっと事細かに指示するべきだったのだ、と──