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【FF7二次創作】 花に眠る

投げ出されたエアリスの腕を伝って赤い血が流れていく。それは彼女の指先で小さな雫を作り、血溜まりにぽたりぽたりと落ちていた。誰もが言葉を失い茫然と見守る中で、雫の落ちる間隔は徐々に長くなっていき、やがて完全に止まった。

バレットがうめくように「弔ってやらねえと」と呟き、未だエアリスの亡骸を腕に抱えたままのクラウドの肩にそっと手を置いた。

クラウドは無言でエアリスを地面に横たえ、静かに立ち上がった。

ここは忘らるる都──古代種たちがかつて住んでいた場所だ。この星で最後の古代種であったエアリスを弔うには最適な場所かもしれない。彼女の先祖の誰もこんな幕引きを願ってはいなかっただろうが。

バレットが視線を落とした先の地面は固く、そう簡単に掘り返すことはできなさそうだ。ここには土というものがない。植物を育み、命を育てる星の揺籠が。

──なんだよ、草や花、自然を愛した種族だったんじゃないのかよ。
八つ当たりだと分かってはいたが、バレットは胸の中で思わず古代種に悪態をついた。お前らの大事な子孫だろうが、と。

バレットはぐいと顔を上げ、仲間の顔を見渡した。電池が切れたように表情のないクラウド、うなだれるナナキ、ティファに縋り付いて泣きじゃくっているユフィ、そして静かに前を見つめるティファ。
バレットは眉間に皺を寄せ、さらに首を巡らせると、少し離れたところに佇むもう2人に目を向けた。

「ちょっと来てくれ」と、火のついていない煙草を咥え、険しい表情を浮かべるシドにバレットは言った。「場所を…探してやらねえと」
「そうだな」
シドは胸ポケットに煙草を戻し、そのパックをくしゃりと握りつぶした。その横で腕を組み石壁にもたれているヴィンセントに、バレットは「他の連中を頼む」と言い置いてその場を離れた。
小さく頷いてヴィンセントはエアリスを中心とした哀しみの輪に近づいた。どこからか石くれが転がり落ち、周囲を満たす水の面に波紋を刻んだ。

ヴィンセントは、床の血溜まりに目を留め、それから投げ出されたエアリスの右腕の血の筋に目を留めた。それはまるで乾いたひび割れのようだった。
凍りついたように動かない、旅の仲間たちのそばでヴィンセントは足を止めた。彼の無骨なブーツの踵が乾いた音を立てた。

「せめて彼女を綺麗にしてやろう」
ヴィンセントの低い声が耳に届いた時、ティファは胸の中にじわじわと終わりの気配が広がっていくのを感じた。自分の胸元を濡らすユフィの涙の熱さにも今初めて気がついたような心地がした。
その場に残った誰もが動けずにいる。ティファがヴィンセントの方に顔を向けると、彼はティファの目をじっと見返した。その目が言っている──本当にさよならの時が来たのだと。
ユフィの腕を優しく外し、ヴィンセントに彼女を預けると、ティファはよろよろとした足取りでエアリスの元へ向かった。

色味の乏しいこの都の中にあって、冷たい地面に横たわるエアリスだけが一際鮮やかな輝きを放っているように見えた。繊細なレースが裾についた薄いピンクのワンピース、濃赤色のジャケット、そして少し色褪せたピンクのリボン。

血溜まりの中に、小さな革のポシェットが落ちていた。上方から降ってきたセフィロスの凶刃にその華奢な体が貫かれた際に紐が切れたのだろう。ティファは血の染み込んだそのポシェットを拾い上げた。
その中にエアリスはたくさんの持ち物を入れていた。絆創膏や薬草は言わずもがな、へそくりも隠していたのをティファは知っていた。

2人で酔っ払って笑い転げた宿屋での夜、男連中には黙ってユフィも加えた3人でカジノに繰り出した秘密の冒険。エアリスと過ごした短い時間が激流のようにティファの胸に蘇る。

溺れてしまう──ティファはそう思った。歯を食いしばり、とめどなく溢れる涙を止めようと試みるのだが、体の奥からどんどん涙は湧いてきた。こんなにたくさんの水分が体のどこに仕舞われていたのだろうと不思議なくらいに。

救いを求めて彷徨うティファの目が少し離れたところで腰を下ろしているクラウドを探し当てた。今一番助けになって欲しいその人は、怒るでもなく泣くでもなく、何を考えているのか全くわからなかった。この光景をただ反射させているだけのガラス玉のようなその青い瞳に、ティファは胸の奥が冷えていくのを感じていた。覚えのあるこの冷たさに嫌な予感が込み上げ、涙がすうっと止まった。
私が今泣いている場合ではない、そうティファは思った。

荷物の中から取り出したタオルを泉の水で濡らし、ティファはエアリスの体を拭いた。顔に飛び散った血飛沫も、腕にべっとりとついた血の筋も。何度も何度もタオルを洗い、ティファはエアリスの体を拭いた。泉の水は凍えるほどに冷たかったが、手が痺れてもう何も感じなかった。

胸元がようやく綺麗になった時、ぱっくりと開いた傷口がティファの目に飛び込んできた。ティファはぎゅっと目を瞑り、震える両手を固く握り合わせた。

ざり、という音にティファが振り返ると、げっそりと疲れた顔をしたバレットがすぐそばにいた。
「埋めてやるのにいい場所は見つからなかった」
バレットの言葉にあたりを見回したティファは、ここはまるで打ち捨てられた難破船のようだと思った。壁の破れた家屋と石の祭壇。花を、植物をこよなく愛した彼女が眠るにはあまりに寂しすぎる。
「泉で眠らせてやろう。ライフストリームに…星に還った古代種たちに早く会えるように」
ヴィンセントがそう言うと、クラウドがふらりと立ち上がった。無言でエアリスをそっと抱き上げると、振り返らずに1人石の祭壇へ向かっていった。

クラウドの背中が遠ざかる。ティファが項垂れたその時、膝の上に置いたままだったポシェットの蓋の隙間から、何か細いものが地面に落ち、かつ、という硬い音を立てた。
ティファが思わずハッと握りしめたそれは香水の瓶だった。液体の入った装飾のない細いその瓶には銀色の蓋がはまっている。

ずっと前にザックスにプレゼントしてもらった香水なのだとエアリスが教えてくれたものだ。よほど大切に使っているのだろう。瓶の中身は半分以上残ったままだった。

「どんな匂いなの?」と訊ねたティファにエアリスから返ってきたのは、「もったいなくて使えないでいるうちに匂いがしなくなっちゃった」という言葉だった。自分の手首にその香水をほんのひと吹きし、目を閉じたエアリスは形のいい鼻をそこに埋めた。小さく首を振ったエアリスの顔によぎった寂しい影──。

「待って…!」
香水の瓶を握りしめてティファはクラウドの背を急いで追いかけた。
足を止めたクラウドの前に回り込むと、だらりと垂れたエアリスの腕を取ってティファはその手首に香水をひと吹きかけた。反対の手首にももうひと吹き。
特別な香りはしなかった。つんとしたアルコールの匂いだけがあたりに漂った。

ティファはエアリスの青白い両手を胸の前で組ませ、香水の瓶を握らせた。その時、彼女のブレスレットとティファの手首に巻いたボムのチャームがぶつかって小さな音を立てた。ごく小さな鈴がなるような音だった。

エアリスの額に一房の髪の毛が張り付いていた。それをそっと払い、ティファはエアリスの冷たい頬に手のひらを当てた。あの生き生きとした翡翠の色をした瞳を見ることはもう叶わないのだという事実がひたひたとティファの胸に迫った。

クラウドは力無く佇むティファにちらりと目を向けると、すぐに再び無言で歩き出した。表情のないクラウドのガラス玉のような瞳から細い涙の筋が流れているのにティファは気がついた。

都の中心にある円形の祭壇は白い石でできており、複雑な幾何学模様と古い文字が描かれていた。祭壇の辺縁は階段状に低くなり、祭壇を囲む泉の中にまで続いている。

エアリスを抱きかかえたクラウドはゆっくりと足を進め、祭壇から泉へ向かっていった。

泉に足踏み入れた時、クラウドは水の冷たさに一瞬体をぴくりとさせたが、構わず足を進めた。祭壇から続く石の床はどんどん降っていき、腰まで水に浸かりながら、クラウドは端を目指した。
静かな水面にゆっくりと波紋が広がっていく。クラウドを中心に発生したその波紋は、水上に突き出た構造物に跳ね返り、波は互いに干渉しあった。
さざなみは祭壇の淵の段差にぶつかって飛沫となり、そこに立つティファの靴を濡らした。

クラウドがついに足を止めた。その先は深い淵だ。

クラウドの目一杯伸ばした腕からエアリスが離れていく。

ゆらりと水の中にエアリスの髪が広がる。彼女がその髪をいじるのを見るのがティファは好きだった。柔らかいエアリスの髪はその繊細な指捌きでいかようにも形を変えた。一つに束ねられたり邪魔にならないように後頭部にまとめられたり、まさに変幻自在だった。
真っすぐなティファの髪は案外硬く、結えても意図しないところから毛束が飛び出すのだ。
それを見てエアリスは「綺麗な髪。いいな」と屈託なく笑っていた。ティファの黒髪に優しく櫛を滑らせながら。

──私たちいつも、お互いを羨ましがっていたね。

ティファは膝をつき、水の底に一人きりで沈んでいくエアリスの旅路がどうか安らかなものでありますようにと強く願った。
神でも星でもなんでもいい。
どうか彼女がライフストリームで大切な人たちにまた会えますように。

どこからか漂ってきた薔薇の香りがほんの一瞬ティファの鼻を掠めた。

顔を上げたティファはあたりを窺ったが、古い石の匂いしかしなかった。
ティファは小さく首を振るとその場に立ち上がった。すでにこの場を去った仲間たちを追ってティファは歩き出した。

新しい傷と決意を胸の内に抱えて──。


Illustrated by linonoさん
X account: @LM38linolino

☆☆☆☆☆ Special thanks to linono san for the wonderful art !! ☆☆☆☆☆


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