意図しない役割の変化〜背負う必要のないもの
自分を取り巻く環境が、意図せず変化することがある。
姉は専門学校に通っていた19歳で妊娠し、学生同士のできちゃった婚だった。
相手もまだ学生の身で、定職にもついていないのだから、初めは親も反対していたけれど、子どもがお腹にいて「産みたい」と言われれば承諾するしかないのだろう。
そして私は16歳で叔母になった。
叔母になったからといって何かが変わるのかなど、想像もしていなかった。
部活に打ち込んでいた時は良かったけれど、自分の進路を考えないといけない時期がくると、叔母になったことでの余計な遠慮が発生し、本当にやりたいことを言えなくなってしまっていた。
姉は妊娠したことで専門学校を卒業できず学費が無駄になり、父は酷く嘆いていたし、そのことで穏やかでは無い生活もしばらく続いていた。
私には、学びたいこと、行きたい大学、やってみたいこと…
頭の中にはいろいろあったけれど、それを相談できる雰囲気ではなく、親からも聞かれる感じもなく、当たり前のように就職した。
親に負担をかけてはいけないと、空気を読んでいたのもある。
学びたかったことは、就職後スクールに通い勉強した。
すごく楽しくて、あの頃の私はキラキラしていたと思う。
やりたいことを仕事にしたいと、6年ほど勤めた会社を辞めて動き出そうとしていた矢先に、姉が3人の子どもを抱えて離婚した。
当時、父の仕事を一緒にしていたお婿さんは出て行き、跡取りを失い、父はまた酷く嘆いた。
子ども3人を育てていかなければいけない姉は、夜の仕事をするしかなく、子どもたちをうちに預け夜の飲み屋で働いた。
姉にもストレスがあったのだろう。
仕事が終わると朝まで飲んで、子ども達を迎えに来なかったし、朝、自分の家に帰って寝ていたようだ。
母は、孫たちの保育園の送り迎えや日常のお世話をするようになり、育児ストレスでめちゃくちゃ機嫌が悪い時もあった。
一緒に暮らしていた私は、自分の幼い頃の気持ちを、もう一度体験しているような日々だった。
顔色を伺う姪や甥たちと自分が重なって、苦しかった。
両親それぞれのお互いに対する不満も私が聞かなくてはいけなかったし、父の仕事の愚痴や、お金が足りないと言う母の不満も私が聞いた。
2人とも、姉に対しては「あの子は大変だから」と言って姉に話そうとはしなかった。
私ならいいんだ…と思った
そして、自分だけ好きなことをしていてはいけないような気持ちになり、また空気を読んで自分の夢は諦め、「私がするよ」と言って父の仕事を一緒にすることにした。
そして毎月、決して少なくないお金を渡すことを約束した。
誰からも頼まれてないけれど、私には周りからの無言の圧力みたいなものを感じたし、そうすることで家族の負のエネルギーが変わればいいと思っていた。
結果、家族の負のエネルギーはたいして改善されず、私は新たに負を背負った。
例えば、この時に誰かから
「本当にそれでいいの?」
と言葉があれば何か違ったのかもしれない。できればその言葉を家族の誰かから聞きたかった。
やりたいことを見つけて進み出したばかりの私のことには特に配慮はなかった。
今、同じような立場で何かを背負おうとしている人がいたら言ってあげたい。
「本当にそれでいいの?」
「本当にやりたいことはなに?」
それが身内であっても、人の人生をあなたが背負う必要なんてない。
本当の気持ちが少しでも出てくるのであれば、それに蓋をしてはいけない。
一度ちゃんと引っ張り上げて、その気持ちと向き合った方がいい。
決断はそれからがいいと思う。
きっと当時の私も、自分でその気持ちを一度は引っ張っりあげて考えたと思う。
ただ、一人で考えたからいけなかった。
〜すべき、〜あるべきが勝った結果、自分の本当の気持ちを静かに丸めて隠したのだ。
自分の決断だから、やるしかないし、楽しんでやる努力もした。
自分の決断だから、間違っていたと認めたくもなかった。
勉強して努力もたくさんした。
でも、心身は疲弊していった。
武装しないと戦えない状態でなんとか誤魔化しながら続けていた結果がここ数年の私。
自分が意図しない役割の変化。
叔母の役割以上の役割を背負ってしまったけれど、経験としてプラスに捉えるしか無いが、背負う必要のないものもある。
介護問題だったり、仕事の立場だったり
意図しない役割の変化があったとき、その人の性格によっては、抑圧した気持ちがいつか限界を超えてしまうこともあるのではないか。
そうやって心身の不調が現れる前に、遠慮なく声を上げられる環境があるといいなと思う。