紙のバトンで。【秋ピリカ応募作品】
今、僕は鉛筆を握って、頭を抱えている。
夏の日差しは、みんなの濡れた髪を急速に乾かしていく。
コクリコクリと船を漕ぐクラスメイトの中で、僕ら5人は必死に紙のバトンを繋ぐ。
プリントを配る時に、指を舐めることで評判のあのおばさん先生が、半ば諦めたように授業をしている。
ここが狙い目だって知っているんだ。
僕らは紙を回す。
そして一文だけ、たった一つの丸までを書き綴って、次の仲間へとバトンを繋ぐ。
最近は紙を回すことが、とても難しくなった。
隣のクラスのかなの席は、もう2ヶ月も主人を失っている。
クラスの手紙で悪口を回されていたらしい。
そこから、
先生たちは手紙禁止令を出した。
本当にしなくちゃいけないことは、そこだけじゃないのに。
いつもそう、形だけ、形だけ何かをやれば、それで満足している。
僕らは、そんな下品なことはしない。
クラスメイトの悪口なんて、文字に起こしたいとも思わない。
ただ僕らは小説を繋ぎたいだけなんだ。
濡れていた髪が、キシキシと乾いて、頭の中に疲れが流れ込んで、一文が、たった一文が思い浮かばない。
夢に、夢に連れていかれそうになる。
あのタンスの中の防虫剤のような独特の匂いが近づいてきたような気がした。
鼓動が早くなっていく、先生が僕の手元を見下ろしている。
「違うんです。先生。」
必死に僕は声を絞り出す。夏なのに、冷たい氷が身体を這うようだ。
「僕らはリレー小説を・・・。」
そんな言葉を無視するかのように、紙は無惨に散り散りになって、あの皺だらけの手から落ちていった。
僕らは、ちゃんと小説家だった。
紙のバトンを繋いで、小説を書いていたのに。
もう、ただの紙屑になってしまった。
みんなで紡いだ小説の結末も、もう辿り着くことが出来ない場所へと行ってしまった。
「あーあ、なんか楽しいと思ってたのにな」
「最後まで書けなかったね」
「リレー小説楽しかったね」
全部過去形じゃないか。まだ現在形だろ、僕らの小説は。
「でもさ、先生に見つかっちゃったからには、もう出来ないよね」
「別に悪いことしてないんだけどなあ」
その程度だったのか、僕らの作品に対する思いは。
爪が食い込むほどに拳を握りしめて、僕は言った。
「もう終わりだね」
僕だけだったんだ、小説家気取りだったのは。
もう二度と繋ぐことのない紙のバトンの残骸を拾って、そしてゴミ箱に捨てた。
(955字)