I'll be back...
その夏は家族で海水浴に来ていた。幼い頃は、夏休みの熱海旅行が家族の行事の一つだった。
習い事を始める前だから、僕は少なくとも小学三年生以下で、弟なんて物心がつく前だったのではないか。その時はたまたま父も母もビーチにおり、僕らは二人だけで海に入っていた。確か自分は泳ぎながら、弟は浮き輪を使っていたと思う。仲良く戯れあって、なんて微笑ましい兄弟なんだろう。
しかし、その時事件は起こった。
僕の足が攣ったのだ。
気が付けばだいぶ沖の方まで来てしまっていて、周りにも微妙に人がいない。なぜ親がいないのに幼子二人でこんな場所にいるんだ。もがく僕。不安そうにそれを見る弟。本当にやばいと思った。水面に顔が浸かったり上がったりして、
いよいよ覚悟した俺は、弟に言葉を遺し始めた。
俺がいなくても元気でやれよ、、
お前は絶対に向こうまで戻るんだぞ。
弟は相変わらず不安そうな顔でこちらを見ているが、もうこちらも限界だった。僕は親指を立て、ゆっくりと海に沈んでいった。
嘘である。
いや、これをやったことは本当である。
一通り沈んでから普通に顔を出した。もちろん足が攣ったのも嘘だ。ビーチに戻る頃には弟をビビらせたという達成感で一杯だった。
しかし砂浜に着くと同時に父に説教を受けた。どうやら熱く演技しすぎて、周りの人達から心配をされていたらしい。顔から火が出るかと思った。暑さのせいではない。
しかも何だ親指立てて沈むって。
アーノルドシュワルツェネッガーじゃないんだから。
ターミネーターなんて見た事なかったはずなのに、なんでこの行動のチョイスができたんだ。
この時は幼いながらも流石に反省したし(恥ずかしくて)、今書いていても身体がむず痒くなってくる。
でもいいじゃない、僕はちゃんと戻ってきたんだから。