4年かけて、働きながら大学院を修了した
会社員として働きながら、2020年4月より北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の社会人コースで博士前期課程に通い始め、2024年3月にようやく修士(知識科学)を取得しました。そのままJAISTに内部進学し、現在も働きながら博士後期課程に在籍しています。
そもそも社会人大学院に行くことにした経緯はこちらのnoteに書いたので、よかったらお読みください。
研究テーマ
私は人類学者の伊藤泰信先生の研究室に所属しており、サービス開発やデザインプロセスにおける人類学の応用可能性を研究テーマとしています。
修士論文のタイトルは 「UXリサーチを通じた新規サービス開発プロセス ──「メルカード」の事例研究──」 です。当時勤めていた会社にて担当していた「メルカード」開発プロジェクトにおける、UXリサーチの営みを研究対象としました。
これに関連して、日本デザイン学会(2023年6月)での発表要旨が公開されています。本格的に修論の執筆を始める前にまとめたものなので、かなり粗い内容ですが、デザインコンセプトの創出プロセスにおける「人類学的な視点」の応用可能性について検討しました。
また、JAISTでは修論とは研究分野や手法を変えて、別の指導教官の元で論文を書く副テーマ研究という課題があります。私は「関係人口のその後 ──鹿児島県甑島の「Koshiki Design Camp」を事例に──」というタイトルで、学部時代からの研究テーマである地域活性化分野で、甑島でのデザインプロジェクトに携わった方々の追跡調査を行い、SCAT分析を行いました。
こちらはまだ学会発表等できていないのですが、どこかのタイミングで公開できればと思っています。
4年間の大学院生活を振り返る
JAISTの社会人コースには、2年分の学費で3年間通える長期履修制度があります。私はその制度を利用して3年で修了する計画で考えていましたが、途中で体調を崩して休学を挟んだため結果として4年かかってしまいました。
1年目(2020年)
コロナ禍真っ只中の入学となり、講義もゼミもすべてがオンラインとなりました。この隙に授業をひたすら取って、必要単位をすべて取得しました。修士は結構単位も必要なので、必修科目の他に20単位分の以下講義を選んで受けました。
社会科学方法論
実践的社会調査法
ビジネスエスノグラフィ
サービスサイエンス論
サービスイノベーション論
イノベーションマネジメント概論
システム科学方法論
知識創造論
知識経営論
マーケティング論
JAISTの社会人コースの良いところは、フルタイムの会社員でも通いやすい時間割となっていることです。例えば平日毎夜18:30-22:00、土曜9:30-17:30の1週間15コマ詰め込み形式が最も多かったです。授業がある週は本当に大変だったのですが、オンラインになったおかげで大学までの移動時間がカットできたのもありがたいポイントでした。
※2024年現在は、対面もしくはハイブリッドの授業がほとんどになっています。
2年目(2021年)
本来ならば2年目から研究に集中したかったのですが、ちょうどこの頃から著書「はじめてのUXリサーチ」執筆が始まったため、完全に研究活動が止まってしまいました…。また、進捗がないことを後ろめたく思ってしまい、ゼミもサボりがちに。今思えば、ここで潔く休学しておけばよかったです。
3年目(2022年)
本の執筆が一段落し、ようやくゼミに復帰。研究計画書も提出し、修論執筆に向けたデータ収集やインタビュー調査を開始しました。
また、会社の社会人博士課程支援制度「mercari R4D PhD Support Program」に採択され、学費支援の他、研究時間の確保のために時短制度が適用できるようになりました。
このような後押しもあったので3年目で集中して終わらせるつもりでしたが、体調を崩して半年ほど休学することになってしまいました…。今はすっかり元気になりましたが、心身の健康が第一ですね。
その後休学から戻り、勢いで日本デザイン学会の研究発表に申し込むことにしました。今思えば、初めての学会で右も左もわからないままなぜエントリーしたのか自分でも謎ですが、結果的に〆切ドリブンで研究を進めることができたので良い選択でした。
4年目(2023年)
6月に日本デザイン学会にて発表し、生煮えの研究に対して様々なフィードバックをいただくことができました。また、学会に参加したことでデザイン分野の研究者の方々と繋がりができたのも良かったです。
10月から会社の時短制度を使って週3勤務にさせてもらい、以降はこのようなスケジュールでした。
10-11月 副テーマ執筆
11月 修論執筆開始
1月頭 修論第一稿提出
2月頭 修論最終提出
私は平日夜の仕事後に頭を研究モードに切り替えることがなかなかできずにいたのですが、週3勤務にしたことで残りの週4日がまるまる研究に使えるようになり、マインドシェアが研究>仕事と大きく変わりました。ただ、副テーマ研究に想定よりも時間がかかってしまい修論執筆開始が遅くなったので、もっと早いうちに計画的に取り組んでおくべきでした。
また、この頃から東海大学の富田先生と論文モクモクカキカキ会をはじめました。毎週同じ時間にDiscordに集まって進捗報告や相談をして、あとは各自執筆に集中。おかげで毎週の執筆サイクルをつくることができて、とてもありがたい機会でした。
研究テーマの迷走
特に社会人大学院生は使える時間やアプローチできるフィールドも限られているため、はじめから「書くための戦略」が必要だったのだなと振り返ってみて思います。
私は入学当初は「質的データの経営活用」というざっくりしたテーマを考えていました。しかし、経営学の知見もない中、もう少し焦点を絞ったほうがいいだろうと先生からアドバイスをもらいました。たしかに、今思えば当時の自分にとっては無謀なテーマです。このように夢だけは大きく、現実的なリソースやスキルセットに見合わない研究テーマを掲げてしまうと、書けないドツボにはまるかもしれません。
JAISTの社会人コースでは、自社の事例を使って研究をする方が多いです。そうした研究は外部からはなかなかアプローチが難しい、事例の独自性がひとつの強みになります。私も自社の事例で書こうとはじめから決めており、データ収集はしていたし、「ここがこの事例の面白いところなんだよな」というポイントはぼんやりと見えつつあったのですが、それを何分野のどのような先行研究に位置づけ、新規性を見出すのかを整理するのにとても時間がかかってしまいました。(迷走しすぎて、中間発表では「それは企業のプレゼンテーションであって、研究ではない」という厳しいコメントももらいました…。)
そんな時に勧められて読んだ本に、社会科学の研究の「型」についてこのような説明がありました。
当時の私はまさに「Tである」しか見えていなかったのだと思います。十分に先行研究をあたる時間を取れていたら、「Sではなくて」の部分がもっと早く見出だせたのかもしれません。
このような迷走を経て、最終的には「UXリサーチがどのようにサービスの設計や改善に繋がるのか」という等身大の研究テーマに着地し、自分の専門分野であるUXやHCD、デザインなどの分野を先行研究として位置づける形となりました。
ちなみに、当初はサービス立ち上げ期にフォーカスして修論執筆するつもりでしたが、途中で休学したことで事例のデータ収集期間が長くなり、立ち上げ期だけではなくグロース期まで含めて研究対象とすることができました。(結果オーライ?)
働きながら大学院に行って良かったこと
「自分の問い」を探求できる
私は体調も崩してしまったので、正直に言いましょう。「社会人大学院はかなり大変です!」仕事や家庭の事情で思うように進まなかったり、そのことで自分を責めてしまったり、いつも何かに追われている気がして心が休まらなかったり。大学院以外にも様々な選択肢があると思いますし、万人に勧めるわけではありません。それでも、自分が探求したい問いがある方には良いと思います。
私は仕事でも質的調査をしていますが、やはり仕事とは違って「自分の問い」を探求できるのが研究の面白さです。仕事は仕事で、自分では考えもしなかったような問いに向き合えて視野が広がるのも面白いのですが。
一方で、先述したように無謀すぎる大きな問いには太刀打ちできないこともあるので、自分が扱える問いに分解することや、自分自身のレベルアップが必要だとも感じました。
自分の実践への意味づけ
これは私が自社の事例研究をしたからなのですが、日々忙しなく過ぎ去っていく実践をひたすらじっくりと見つめ直し、「UXリサーチって結局何なんだ?」ということを自分なりに意味付けをすることができたのも良い点でした。自分が担当した「メルカード」の立ち上げからグロースまでのおおよそ2年半にわたるプロジェクトを隅々まで振り返り、また、プロジェクトメンバーにインタビューをさせてもらったことで、多角的な視点で捉え直すことができました。
このように自分の実践について「こういう捉え方もできるのでは?」と、ありうる可能性をいろんな角度で検討し、様々な説明が付加されていくのは発見に満ちていて面白いプロセスでした。
研究者と繋がりができる
自分の研究テーマを掲げて学会等で発表することで、関心の近い研究者の方々と繋がることができたのもとても良い点でした。実務家のコミュニティとはまた違った刺激をもらっています。特に、先日文化人類学会にて参加した時は、憧れの人類学者にたくさん出会うことができて感無量でした!
他にも、Elephant Careerにて取材いただきお話したのでよかったらこちらも御覧ください。
博士後期課程に行く理由
2024年4月より、JAISTの博士後期課程に進学しました。大学院入学当初は修士で終えるつもりでしたが、流れに身を任せていたら…。
修士ではやり切れなかったことがたくさんあったので、もう少し続けてみようと思ったのが一番大きいです。具体的には、もっと人類学に関連した研究にしたかったのですが、先述したように自分の力不足で研究テーマが迷走し、思うようなものにならなかったなという悔いがあったので。
また、私の研究テーマは「人類学の応用可能性」で、ひとまずは企業の立場から人類学的な実践を色々と試してみたいのですが、企業という枠組みにおいてはおそらく限界があるだろうなという予感もあります。そのため、いつか教育現場で探求してみたいと思っており、そのようなキャリアを視野にいれるときに、博士は必要だから、というのも大きいです。
研究を進めるのに役立った本
これから社会人大学院にチャレンジしたい方に向けて、私自身が研究初心者として参考になった本を紹介します。
まず、勧められてはじめに読んだのはこの本でした。タイトルだけ見ると「中学生からやり直すの!?」と思うかもしれませんが、大人が読んでも学びが多いです。研究ではひたすら文章を書くことになるし、先生から論文に赤入れしていただくたび情けなく申し訳ない気持ちになるので、早めに学んでおくに越したことはありません。
研究テーマを検討する時に参考になる本です。私はすでに修論に取り組んでいる段階でこの本が出たのですが、もっと早くに出会えていたらと思いました。
タイトル通り、「研究の進め方」の全体観を掴むのに良い本です。特に研究の戦略や戦術といった考え方は、取り組む前に知っておくと良いと思います。
こちらは修論執筆中いつも机に置いておき、迷ったときに見返していた本です。論文の構成や各章の書き方など、具体的な解説があります。
私は質的研究だったので、こちらも時々読み返しました。
最後に
研究室をはじめ、調査に協力くださった方々、研究相談に乗ってくださった方々に感謝します。また、何より「mercari R4D PhD Support Program」を通じてサポートしてくれた、会社の皆さんには感謝でいっぱいです。学費支援や時短勤務の制度はもちろん、会社の事例を研究に活用できるよう、大学との契約や連携までサポートしてくれたのはとてもありがたいことでした。
私は次のチャレンジをするために会社を離れてしまったのですが、働きながら大学院にチャレンジしたい方にはいい環境だと思うので、ぜひ採用情報をチェックしてみてください👋