色彩の宝石箱〜ルート・ブリュック 蝶の軌跡
美術館が、好き。
少しでも時間ができると、映画でも舞台でもコンサートでもなく、美術館に行きたいなあと思う。
理由の第1はたぶん、静かだから。
大きい音が、苦手なたちなのだ。
第2に、自分のペースで、好きなだけ時間をかけて、好きな順番で、見られるから。
誰かの時間軸に合わせることは、あまり得意じゃない。
そして最後に、言葉を離れることができるから。
仕事も、趣味も活字なので、言葉ではない表現と向かい合い、自分の心を作品に向かって投げかけて、返ってくる反響を言葉の外側で楽しむことを、切実に必要としているんだと思う。
(と言いながら、結局、こうやって言葉で感想を書いてしまうわけだけれど)
東京ステーションギャラリーで『ルート・ブリュック 蝶の軌跡』を見る。
東京駅の丸の内口から新幹線に乗るとき、この美術館のことが毎回気になっていた。
駅の中にある美術館って、どういう感じなんだろう。
狭いのかな? 電車の音はうるさくない?
初めて入ってみたけれど、中は思いのほか広く、レンガ造りの壁も趣があって、もちろん展示室に電車の音は響かないし、とても素敵な場所だった。
前置きが長くなった。
ルート・ブリュック。
フィンランドを代表するセラミック・アーティスト。
釉薬で、タイルにさまざまな色を焼き付けて表現をしている。
日本での個展は初めてだそう。
展示室は3階と2階に分かれており、3階部分では写真撮影もゆるされている。
鳥をモチーフにした作品から、順に見ていく。
タイルの表面はつるりとしてなめらか。
油絵や版画では見たことのない透明感や光沢があって、発色がとても綺麗。
ことに、青と緑の表現が美しい。
展覧会では、常に新しい表現を追求し続けていく芸術家の軌跡を丁寧にたどっていて、とても見ごたえがある。
なんだろう、この、初めてなのに懐かしい感じ。
ひんやりした質感にもかかわらず、何か大きなものに抱かれているような安心感。
それはきっと、ルート・ブリュックが女性であることと無関係ではない。
幼い日に感じた悲しみも、母になったよろこびも、すべてが彼女なりのやり方で作品に昇華されている。
それでいいんだ、と思った。
ここではないどこか遠い場所、高い雲の上に行かなくても、今、ここ。この場所を深く深く掘ってゆくことが、自分にしかできない表現になる。
みんなが集まる「泉」に、ちゃんと通じている。
展覧会の最後に、もう一度「鳥」をモチーフにした作品が展示されている。
人生の起伏と、表現することの冒険をコツコツと続けてきたルート・ブリュックが晩年にたどり着いた場所の広さと静けさに胸を打たれ、そして励まされた。
すっかりファンになってしまい、本も買ったので、これからじっくりと読みます。
展覧会は6月16日までだそうです。
興味のある方は、ぜひ。