「おっさん」に込められた愛
「何を書こう」と悩んで過去のメモを遡っていたら、全然記憶にない記述を見つけ、思わずクスっと笑ってしまった。
"若そうに見えてもベッドの中ではおっさんだなって思うことがある。魔法が解かれる場所なのか、なんなのか。"
日付を見ても、思い当たる節がない。一体何を思ってこんなメモを書き残したのだろうか。どんどんメモを遡っていくと、また"おっさん"に関する記述があった。
"おじさんと若い子"という関係性
なぞだ。しかもこれらは、1人用slackのnoteアイデアチャンネルに記述されていた。当時の私は、これに対して何か書こうとしてたらしい。
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ベッドの中に限らなくても、同級生や同期と久しぶりに飲みに行って、「おっさんになったな」と思うことが増えてきた。身体がふっくらしてきたり、おなかがポッコリ出ていたり、髪がうっすら後退していたり。一方で私の場合も、「目のシワできてるよ」なんて指摘されて本気で悩むこともしばしば。何年も前から付き合いのある人だと余計、改めてお互い年を取ったなぁなんて思ってしまうものだ。
反対に、最近知り合った人からはありがたいことに「実年齢より若く見える」と言ってもらえることが多い。「もっと大人っぽく見られたい」と思っていた20代前半の気持ちを不思議に思うくらいには、「若く見える」と言われて喜んでいる自分もいる。
せめて見た目だけでもと若さを欲しているけれど、「おなか出てるよ」「そっちだってシワあるよ」と言い合う関係も、結構嫌いじゃない。「誕生日おめでとう」がちょっと皮肉まじりになっても、きゃっきゃ話す恋バナに「もう若くないんだから」とブレーキをかけられても、なんだかんだ誕生日には連絡をくれたり、「若くないんだから」の後に「いい人見つけなよ」が続いたり、言葉の背景にある「一緒に年を取ってきた」感覚がなんだかちょっと嬉しくなってしまうのだ。
どうかいつまでも、大好きな人たちと「年を取ったね」って笑い合っていられますように。
去年の毎日note