『N/A』(年森瑛 著)書評|言葉のせいで伝わらない
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著名人が「婚姻関係の解消」を発表した。メディアは「離婚」と報じた。発表には「新しい家族のかたち」をつくるとあった。それでも人々は「離婚」だと拡散していった。
「離婚」であることは間違っていないかもしれない。おそらく彼らは離婚届を出しただろう。けれど「離婚」という二文字には、彼らにとって一番大切な、「“新しい家族のかたち”でこれからも一緒にいる」ことは含まれていない。
間違ってはいないけれど、正しくない。心の機微が言葉の外に置き去りになり、周りの人に届かない。『N/A』の主人公で女子高生の松井まどかも、言葉の外にある自分の気持ちをうまく説明できていないようだった。
母親から「ダイエット」「拒食症」と思われている彼女の行為の目的は、めんどくさい生理を止めるため。友だちから「LGBTの人」とラベリングされた実態は、「かけがえのない他人」を見つけるため。男友達には彼女の求めているそれは「恋人」だと言われて付き合ってみた。けれど彼は「かけがえのない他人」にはならなかった。だから今度は同性のうみちゃんと、「恋人」になってみた。同性なら「かけがえのない他人」ができると思ったからだ。彼女は彼女なりのロジックで言葉をとらえ、自分の感情やまわりにある事象と紐づけ、「かけがえのない他人」を探し回っていたのだろう。
けれど、彼女の気持ちは言葉の外にあった。拒食症として、レズビアンとして、彼女をわかろうとしたが、それは決めつけにすぎなかった。一生懸命配慮した精一杯の言葉をなげかけたにもかかわらず、彼女はそれに違和感をもち、居心地の悪さを感じてしまうのだ。
まどかの考える「恋人」について、うみちゃんに話したことはあったのだろうか。話したとして、うみちゃんは彼女の「恋人」の意味を正しく受け入れられただろうか。伝えるために生まれたはずの言葉はときに、伝えることを邪魔する存在にもなってしまうのかもしれない。
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読書会での書評