わたし(公立中学)はあなた(私立中学)に勝てない

「バーカ。こんなトコに物置いてんじゃねーよ、ボケッ」

「オメーが担任の山岡か。随分ヤワそうな奴だなぁ。何、もうビビってんの?

ハッ、相手にもならねぇ」


―私の居る石橋中学校は、男女30人×2クラスの、全校生徒は200人にも満たない、非常に小規模な学校だ。競争心が薄く生徒は皆のびのびとしている。

…反面、校風である『のびのびと自由に逞しく』を逆手に取って、教師への嫌がらせといった卑劣な行為に走る生徒も居た。

ターゲットになったのは教師だけではない。少し知能に障がいのある子や、喧嘩などに弱い生徒なども、『トロい奴』と目を付けられ、暴力やからかい等の被害に遭った。


「ハイハイ、お静かに。授業はもう始まってますよ」


教師が教壇に立ち、授業の始まりを知らせる合図をするが、誰もそれに気付いた者はいない。


「オイオイ話聞けよー山岡ちゃんよ。せっかく俺が遊んでやるっつってんだからよ」

「君は金田君、だっけ。今は授業中だから静かにしているように」


金田という生徒はそれを咎める様子もなく―

ああ?と言った目付きで、山岡という教師の顔を睨み付けていた。


「またやってるよ、金田の奴。もー、ホントいい加減にしてくんないかな」

「懲りないよね。先生ももう少し厳しく注意すれば良いのに」


出来る子は、出来ない子に合わせましょう。

男女平等、学力も平等、差別禁止。

公立中学校の、この教育方針に違和感を覚えるのは私だけだろうか?


「あ、そういやもうすぐで高校入試だっけ、姉ちゃん」


家に帰ると、1つ年下の妹がそう私に声を掛けてきた。


「嫌なこと思い出させないでよ~ああ、考えるだけで憂鬱…

本番、ちゃんとうまくやれるかなあ・・・」


そう、一週間後の今日は公立高校入試の日。

第一希望の藤ケ丘高校―模試の判定はBだが、果たして本番も上手くいくであろうか?模試に書かれていた点数を思い出し、ため息を吐く。


「問題、みせてよ」

「ははっ、中2のアンタが解くの?絶対無理。解けるワケないじゃん」


ところがどっこい―

妹は、そこに出されている問題用紙を何の苦もなくスラスラと、

全問解いてしまった。


「コレで全部?以外と簡単だね」


難しいと言われる数学の応用問題まで、全部。

唯一、単位を取らなかった生物の科目だけは頭を捻らせていたが。


「む、難しいところなかった?」

「全然。一日勉強したら受かるじゃん、こんなの」


県で2番目に賢いと評判の超有名進学校に通っている妹。

以前から賢い子だとは思ってたけど、此処までとは―


「すごーい、梨沙ちゃん。また100点?ホント優秀だよね」

「クラスで3番目。凄いわねぇ、梨沙は。梨奈もお姉ちゃんのこと

見習ってくれると良いんだけど…」


2日前の、クラスメイトと母に言われた言葉が交互に蘇る。

クラスで3番目、優秀―だけど、それは公立中学での話。

もし私が妹と同じ学校に行ったら―

そう思うと、背筋がぶるり、震えるのが解った。


「ハイ、これ梨奈が今学校でやってるテキスト」


そう言って妹・梨奈が持ってきたのは―

何じゃこりゃあ、と思いたくなるような超・超難解な問題ばかりだった。


「と、東大の入試問題…?」

「あはは、何言ってるのお姉ちゃん」


通りで勝てない筈だ、と私は悟った。

私が底辺―こういう言い方はあまりしたくないが―

自己中心的な生徒に付き合わされている間、妹はこんな高等な授業を受けていたのだ。そりゃ、学力に差も出るはずだ。教育問題がどうのこうのとかよく言われるけど、何だこんな単純な事じゃないか、と思わず面喰ってしまった。


「もう大学とかいけるんじゃないの、コレ」

「んー、簡単な私立くらいは行けるんじゃない?よく分からんけど・・・」


妹の言う『簡単な私立』って、どのくらいのレベルの事を指すんだろう。

まさか、私が第一志望の学校が、毎年数多く入学者を出してる大学じゃないよね…そう思いたち、思わず背筋を震わせた。


「この入試問題って、小学校の入試試験みたいだね」

「しょ、小学校?」


妹の発言に衝撃を受けながら、手元にある高校入試の問題用紙を見遣る。

図やイラストがふんだんに盛り込まれている入試問題。

この問題用紙の為に作られたのであろう、可愛らしいマスコットキャラクター。これらを見て、妹は『小学生みたい』とそう発言したのだ。


「これじゃ、学力格差が広がるワケだ・・・」


ガックリと項垂れ、妹が見せてくれたテキストを手にする。

何で私らがあんな勉強のやる気ない奴らに合わせなきゃ―

不良を不登校にさせるのは、勉強を受ける権利を侵害している、とか

どっかのジンケン団体が言ってたけど、だったら真面目に授業を受けている生徒のジンケンはどうなるのだろう?大事なことをおざなりにしてはいないか?

そんな想いが強く、胸の間を揺さぶった。


(勝てるワケないじゃん、勝てるワケ・・・)


彼女の言葉を否定してくれるような、茶化してくれるような人は居ないだろうか?そしたら、もっと心が軽くなるのに。妹の発言に唖然としながらも、

しかし他に為す術もなくただただ暗澹と一点を見詰めていた。



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