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Instagramは教えてくれる。 あなたのことを、とほうもなく。

  1
活動拠点はInstagram。

なんとなくはじめてみたら、こことはまったく違って、ハートがさらさらついて、さらさらとフォローされていく。
私は変わらずたらたらやるだけ。

だから勘違いしたんだと思う。

「ここなら私は認められる。」

「ここなら私は....」

  2
ある事情で、真剣に本気でやることにしたのは、10日ほど前。

が、早くももうやめようかと傾いている。

諦めが早い云々の問題ではない。

ここや、ここの前の場で、あまりにも認められなさすぎただけ。
そう気づいた。
私は今の場所でもたいへん不遇なのだと、痛み入るようになった。

いや不遇とも違う。
不遇ならば立ち向かえもする。

違う。

「無い」
ただそれだけのことだ。
「有るんだ!」と浮かれたが、どうしようもなく「無い」。

「なぜこんなものが?」
それが私よりも圧倒的に認められている。


「なぜこんなものが?」これは私の悲しいズレなのだろうか。

それとも....

いや、この話はしても仕方がなく、かつ悲しい。

  3
私はもうInstagramを以前のように、たらたらと楽しんでやることは不可能。真剣に力を注いでも致し方ないのなら、続行は出来ない。

まだ、カードはいくつもある。
プランニングもしてあるし、毎朝、進捗状況と見直しをし、新たな方法も模索している。

それらをやり切るまで、やるんだ私。
やると決めたんだ。

私はそうすると本気で決めたとき、とても強い。
そのへんの人では敵わないほどに。
(通常は精神面に脆弱性があるのに)



  (おわり)