万物を自在に集める、祈願文
はじめに
今からご紹介する「ワンドゥ」と称される祈願文(大自在祈祷文、駕御萬法之祈祷文)は、チベット仏教において神聖で、加持の強い祈りの一つです。
この祈願文の作者は、以前ご紹介した「聖八吉祥頌」と同じ、古訳ニンマの大学匠、ジャムグン・ミパム(1846-1912)です。
「聖八吉祥頌」もそうですが、この「ワンドゥ・ソルデプ」も、ジャムグン・ミパムの密意の埋蔵教法です。つまり知的な理解をもって創作したのではなく、もともと御心の智慧に封印されていた教えを開示した、という経緯です。
さらに、この特別な祈願文を世に知らしめたのは、ケンポ・ジグメプンツォク師(1933-2004)でした。
文革後の中国本土で壊滅状態だったチベット仏教を復興させ、数万人の僧侶を集める大寺院(ラルンガル)にまで急成長させたのは、この「ワンドゥ」祈願文の力でもありました。それはケンポご本人のコメントとして、伝わっています。
そして現在でもケンポ・ジグメプンツォク師の法脈を継承する寺院では、日々の読経で最初に「聖八吉祥頌」を唱えた後、これをお唱えします。
以前に解説した「運勢を決める五つの力」の一つ、「ワンタン」(魅力)はこの祈願文を唱えることによって強化されます。
「ワンタン」とはカリスマ性や魅力、威厳、威信といった、人や財を惹きつけたり畏怖させる力です。私たち個人の人望や名声や人気もここに含まれ、富・財産・目標の実現にも影響を与えます。
参考記事:「運勢を決める、五つの力」
「ワン」はチベット語で、「磁石のようにあらゆるものを(生物も無生物も問わず)惹きつける力」「コントロールする力」等を意味します。サンスクリット語の「ヴァシャ」(vaśa)に相当し、仏教では「敬愛」という語を用いることもあります。「敬愛」といっても「敬い愛する」という意味ではなく、読みも「けいあい」ではないため、現代では適さないでしょう。
一方、中国語では「懐柔」「駕御」という訳語をあてています。日本語にも「駕御」という単語があり、意味は近いとはいえ、現代でほとんど使わないので採用はしません。
結局、今回の翻訳では「自在」という、辞書に出てくる語を採用したのですが、「惹きつける力」「コントロールする力」などの意味がこの「自在」に含まれることにご留意ください。
「ドゥ」とは「集める」という意味です。
「ワンドゥ」祈願文は、「九尊曼陀羅」というものがベースとなっています。
「九尊曼陀羅」とは、ケンポ・ジグメプンツォク師の前世である埋蔵経発掘者レラプリンパ(1856-1926)が発掘した埋蔵教法に依拠するものです。
九尊はこの祈願文に全員登場しますので(祈願文の太字の部分)、実際に曼陀羅をお持ちの方は、御姿と照らし合わせるとわかりやすいでしょう。
「磁石のようにあらゆるものを惹きつける」と言っても、私たち凡夫のレベルでは不可能なので、「ワンドゥ」に特化したこれらの本尊を召喚し、加持をいただくことで、可能となるのです。
万物を惹きつけ統御することで、私たちの環境が好転し、幸せへと変えることができるのですが、それは副産物であって、目的としては私たちの体内の心滴と風の統御にこそあります。その結果、智慧が発現し、悟りの境地へと至るわけです。
この祈願文は、九尊曼陀羅を有する金剛の兄弟姉妹、および会供輪講の講員の皆さまに捧げます。
万物を自在に集める祈願文「加持大雲」
༄༅། །སྣང་སྲིད་དབང་དུ་སྡུད་པའི་གསོལ་འདེབས་བྱིན་རླབས་སྤྲིན་ཆེན་བཞུགས་སོ། །
ཨོཾ་ཨཱཿཧཱུྂ་ཧྲཱིཿ
オーン アー フーン フリー
བདེ་ཆེན་འབར་བ་དབང་གི་ཕོ་བྲང་དུ། །
デチェン・バルワ・ワンギ・ポタン・ドゥ
大楽が燃え盛る自在宮殿(法身)に於いて
བདེ་སྟོང་སོ་སོར་རྟོག་པའི་ཡེ་ཤེས་སྐུ། །
デトン・ソ・ソル・トクペー・イェシェー・ク
楽・空(不二の)妙観察智の(報)身は
མ་ཆགས་བདེ་ལྡན་པདྨའི་རང་བཞིན་ལས། །
マチャク・デデン・ペメー・ランシン・レー
楽でありながら無執着の状態で輝く、蓮華の自性にして
རྡོ་རྗེ་ཉི་མ་སྣང་བ་ཆེན་པོའི་དཔལ། །
ドルジェ・ニマ・ナンワ・チェンプー・ペル
金剛(の空間に)太陽が大いなる輝きを放つ(かの如く本尊が現出す)
ཆོས་སྐུ་སྣང་བ་མཐའ་ཡས་རྡོ་རྗེ་ཆོས། །
チューク・ナンワ・タイェー・ドルジェ・チュー
法身たる阿弥陀と(法身の明妃)金剛法、
འཇིག་རྟེན་དབང་ཕྱུག་ཐུགས་རྗེས་རྗེས་ཆགས་གཟུགས། །
ジクテン・ワンチュク・トゥクジェー・ジェーチャク・ス
大悲の御姿で顕われる世間主(紅観音)、
པདྨ་རྒྱལ་པོས་འཁོར་འདས་མངའ་དབང་བསྒྱུར། །
ペマ・ギャルプー・コルデー・ンガワン・ギュル
輪廻と涅槃の支配者たる蓮華王(グルリンポチェの八変化の一つ)、
སྣང་སྲིད་ཟིལ་གནོན་དབང་ཆེན་ཧེ་རུ་ཀ །
ナンシー・シルヌン・ワンチェン・ヘールカ
現われと存在(万有)を制圧する強大なる憤怒尊(馬頭明王)
གསང་བ་ཡེ་ཤེས་བཛྲ་ཝཱ་ར་ཧི། །
サンワ・イェシェー・ヴァジラ・ヴァーラーヒー
(馬頭明王の明妃)秘密慧母と金剛亥母、
བདེ་མཆོག་འདོད་པའི་རྒྱལ་པོ་བདེ་ཆེན་གཏེར། །
デムチョク・ドゥーペー・ギャルポ・デチェン・テル
大楽を蔵する勝楽(の本尊)妙欲王、
མ་ལུས་སྐྱེ་རྒུའི་ཡིད་འཕྲོག་རིག་བྱེད་མ། །
マルー・キェーグ・イートク・リクチェーマ
あらゆる衆生の心を余さず虜にする作明仏母
མཆོག་ཐུན་ཕྱག་རྒྱའི་དབང་ཕྱུག་བདེ་སྟོང་གར། །
チョクトゥン・チャクギェー・ワンチュク・デトン・ガル
(以上の九尊は)最勝と通常のムドラーの自在者で楽と空の舞いを踊る
དབང་མཛད་རྡོ་རྗེ་དཔའ་བོ་ཌཱཀྐིའི་ཚོགས། །
ワンゼー・ドルジェ・パウォ・ダーキー・ツォク
惹きつけ、引き寄せる金剛の男尊・女尊の集団は
སྣང་སྟོང་མཉམ་པ་ཆེན་པོའི་ངང་ཉིད་དུ། །
ナントン・ニャムパ・チェンプー・ガン・ニー・ドゥ
顕現と空の大いなる平等性に(留まりつつ)
རྡོ་རྗེ་སྐུ་ཡི་གར་གྱིས་སྲིད་གསུམ་གཡོ། །
ドルジェ・ク・イ・ガル・ギー・シー・スム・ヨ
(諸尊の)金剛身が舞うことで三有は震動し
འགག་མེད་གསུང་གི་བཞད་སྒྲས་ཁམས་གསུམ་འགུགས། །
ガクメー・スン・ギ・シェー・デー・カム・スム・グク
無礙なる語(絶え間ない悟りの語の本質)の笑い声で三界を鉤召すると
འོད་ཟེར་དམར་པོས་འཁོར་འདས་ཡོངས་ལ་ཁྱབ། །
ウーセル・マルプー・コルデー・ヨン・ラ・キャプ
赤い光線が(自分から)放たれて輪廻と涅槃の隅々まで浸透す
སྲིད་ཞིའི་དྭངས་བཅུད་གཡོ་ཞིང་སྡུད་པར་བྱེད། །
シーシー・タンチュー・ヨ・シン・ドゥーパル・チェー
(三)有(の衆生)と寂(涅槃に留まる本尊)の精華は活性化し収集され
རྡོ་རྗེ་ཆགས་པ་ཆེན་པོའི་ཐུགས་ཀྱིས་ནི། །
ドルジェ・チャクパ・チェンプー・トゥク・キー・ニ
大いなる金剛欲(衆生を利する至高の情熱)の御心により
རྣམ་གཉིས་དངོས་གྲུབ་འདོད་དགུའི་མཆོག་སྩོལ་ཞིང༌། །
ナム・ニー・グードゥプ・ドゥーグー・チョクツォル・シン
(衆生が)欲する中でも重要な二種(最勝・通常)の成就を授け(ることで衆生を利し)
རྡོ་རྗེ་ལྕགས་ཀྱུ་ཞགས་པ་ཆེན་པོ་ཡིས། །
ドルジェ・チャクキュ・シャクパ・チェンポ・イー
強力な金剛の鉤と投げ縄を用いて
སྣང་སྲིད་བདེ་བ་ཆེན་པོར་སྡོམ་བྱེད་པ། །
ナンシー・デワ・チェンポル・ドムチェーパ
顕れと存在(万有)を大楽で縛らん
མཐའ་ཡས་སྒྱུ་འཕྲུལ་དྲྭ་བའི་རོལ་གར་ཅན། །
タイェー・ギュントゥル・ダウェー・ロルガル・チェン
絶え間ない魔法の顕現(幻化網)の遊戯に舞えば
ཏིལ་གྱི་གོང་བུ་ཕྱེ་བ་བཞིན་བཞུགས་པའི། །
ティル・ギ・ゴンブ・チェワ・シン・シュクペー
(あたかも)胡麻の莢を開ける(と無数の胡麻の実が詰まっている)が如く(無数の本尊が空間に)住する
རབ་འབྱམས་རྩ་གསུམ་དབང་གི་ལྷ་ཚོགས་ལ། །
ラプジャム・ツァスム・ワンギ・ハツォク・ラ
広大無辺なる三根本(グル・デヴァ・ダキニ)、自在の諸尊に対し
གུས་པས་གསོལ་བ་འདེབས་སོ་བྱིན་གྱིས་རློབས། །
グーペー・ソルワ・デプ・ソ・チンギー・ロプ
敬信を込めて祈願せん! 加持を与え給え!
མཆོག་ཐུན་དངོས་གྲུབ་འདོད་དགུའི་དཔལ་མཐའ་དག །
チョクトゥン・グードゥプ・ドゥーグー・ペル・タダク
最勝・通常の成就、望むものすべてを
ཐོགས་མེད་དབང་དུ་བྱེད་པའི་དངོས་གྲུབ་སྩོལ། །
トクメー・ワンドゥ・チェーペー・グードゥプ・ツォル
何の障りもなく自在に引き寄せる成就を授け給え!