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ネパールの、虎

本年も皆さまにとって吉祥でありますよう、お祈り申し上げます。

日本の暦では今日からとら年が始まります。
チベット暦でも十二支を用いますので、同じ動物(虎)で表わされます(ただしチベット暦での新年はまだ2ヶ月ほど先)。

虎といえば、どうしても忘れられない思い出があります。
新年のご挨拶にふさわしくないかもしれませんが、私の人生に少なからず影響を与えているだろう出来事であり、初めてお話したいと思います。


ネパールの首都カトマンドゥより車で数時間ほど奥に進んだところに、ヤンレーシュというグル・リンポチェの聖地があります。世俗から隔離された山あいの土地で、水や電気にも乏しいのですが、加持の溢れる聖地のためにお籠り修行にはうってつけで、大昔(グル・リンポチェの時代)から行者がここに籠って何か月・何年と行に入られています。

ペノル・リンポチェをお寺の僧侶全員でお出迎えするところ。

私はこのとき、キャプジェ・ペノル・リンポチェの末寺(上の写真)にご厄介になっていて、何泊かしていました。目的はこのお寺で催される灌頂かんじょうに参加するためでした。当時のニンマ派管長でもあられたペノル・リンポチェ(1932 - 2009)をお迎えして、数日間にわたって灌頂が厳修される予定でした。

俗人である私が僧院の一室(下の写真)をあてがわれるというのは、大変光栄な話ではあります。

ちょうど私の他に俗人は1人もおらず、しかも私は外国人。チベットやネパールの小僧さんたちは面白がって、3分おきくらいに私の部屋に入ってくるという荒行苦行が待ち受けていました。僧院にはプライバシーなるものは存在しないのです。

実際に泊まった部屋の写真。

小僧さんたちの遊び相手(というか興味本位の対象)になっているうちに、だんだん私も疲れてきました。灌頂の法要が終わったらすぐここを立ち去ろうと、心に決めていました。

泊まったお寺の、食堂。

灌頂の最終日。いろいろご挨拶をしてそそくさと立ち去ろうとしたときは午後でした。そのお寺はヤンレーシュのさらに高台にあり、下の集落に行くには数時間かかりました。

1人で山道を下っているうちに、夜になりました。夜になって初めて後悔したのですが、そこには一切の灯りがありませんでした。街灯もネオンもなく、月もなく、真っ暗闇を歩かなければなりませんでした。

幸い私には登山用ヘッドライトがあったので、これだけが頼りでした。スマホなんてまだない時代です。ヘッドライトが切れた瞬間、私はその場から一歩も動くことができなかったでしょう。一歩でも踏み外せば、そこには崖が待っていたからです。一寸先は、崖。

何時間歩いたのか覚えていませんが、暗黒の中、必死でグル・リンポチェのご真言を唱え続けていました。

そうして一歩一歩、目の前の道だけ見つめて歩き続けた恐怖だけは、今でも忘れません。ようやく下のほうに民家の灯りが1つ2つ見えたときは、嬉しくて泣いていたかもしれません。

夜中に集落へ着くと、無事に空きのあるゲストハウスを探し当てました。

次の日、ゲストハウスのフロントで昨晩のことをオーナーに話していたら、チャダル・リンポチェのお寺に属するというチベット人の尼僧アニラが、この話をたまたま聞いていました。


「あんた、あの山道を歩いて来たんだね。あの道は、よく人食い虎が出るっていうよ。」

チャダル・リンポチェ(Chatral Sangye Dorje;1913–2015)はグル・ダクポ(忿怒のグル・リンポチェ)の化身とされ、当時の古訳ニンマ派の最長老にして最も偉大な行者でした。ここヤンレーシュの地を拠点としていました。

キャプジェ・ペノル・リンポチェ(左)と、チャダル・リンポチェ(右)。

そしてチャダル・リンポチェのお弟子さんも、叩き上げの、長年お籠り行に励まれた優秀な行者さんが多いのですが、目の前で私に話している尼僧も、そんな雰囲気の人でした。年齢は二十歳前後。褐色の肌の、ほっそりした尼さんでしたが、独特の厳しさが漂っていて、とても鋭い眼光を放っていました。

ダキニにはいろんな意味があり、使われる文脈で異なってきますが、「高い霊的存在」としてのダキニは彼女のような存在なのだろうと、勝手に思っています。

尼僧はさらに続けて、

「でもね、虎に食われるのは悪いごうを積んだ者だよ。虎はグル・リンポチェの化身とも言われるの。信仰心があれば、まず大丈夫。」

偶然にも昨晩、私はグル・リンポチェの真言を唱え続けていました。そうするしかなかったからなのですが、結果として正しかったようです。

それ以来、虎を見ると、反射的にグル・リンポチェが思い浮かぶようになりました。

あの夜の闇は、普段の生活では味わうことのない体験でした。一歩間違えれば転落しかねない闇が、自分に降りかかったときのことを。

そして翌朝に現われた尼僧のような、目に見えぬダキニの存在がいてくれて、必要に応じてフォローしてくれたことも。

日々の生活において、突然に暗中模索することが、もしかしたらあるかもしれません。暗黒の中で、一歩も動けないことがあるかもしれません。そういうとき私たちは、何かを頼り、加護を求めることでしょう。

月4回のツォク供養でサポートいただく皆さまに対しても、一期一会の稀有なる機会として、あの日の夜、闇の中で祈ったときのように祈ることにしています。

今年はいっそうグル・リンポチェを希求し、加持を求めることになるでしょう。1月のツォク供養の予定としましては

1月2日(日) 新月 釈迦牟尼仏の御縁日
1月12日(水) グル・リンポチェの御縁日
1月17日(月) 満月 阿弥陀如来の御縁日
1月27日(木) ダキニの御縁日

直近は、2日夜のツォク供養を予定しています。


本年も皆さまにグル・リンポチェのご加護がありますよう、お祈り申し上げます。



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気吹乃宮(いぶきのみや)
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