【無料公開】難民を拒絶する国、ニッポン
2021年春に審議された改定法案の問題点についてより多くの人に知っていただくために、移住連の情報誌「Mネット」に過去に掲載された関連記事を公開していきます。
今回は難民認定制度についてです。
政府は、今回の法改定で複数回難民申請者の送還を可能とする内容を提案していますが、1%にも満たない日本の難民認定率を鑑みれば、行うべきは、複数回難民申請者の送還ではなく、本来難民として認められるべき人が認められる制度への改善の方ではないでしょうか。
現在の難民認定制度の問題点について、難民問題に詳しい鈴木雅子弁護士が解説します。
*本文の内容はMネット2020年6月号に掲載された時点のものです。2021年5月時点での状況については、筆者の鈴木雅子弁護士による追記が本文の後に掲載されていますので、そちらをご覧ください。
弁護士 鈴木 雅子
数字で見る日本の難民認定
2020年3月に発表されたプレスリリース「令和元年における難民認定者数等について」によれば、2019 年の難民認定者数等は以下のとおりである。
(一次審査)
難民認定申請者数 10,375 人
難民認定処理数(取下げ等含む) 7,131 人
難民認定決定数 4,979 人
難民認定数 43 人
難民認定率(難民認定数/処理数) 0.6%
難民認定率(難民認定数/決定数) 0.86%
(不服申立手続)
不服申立人数 5,130 人
不服申立処理数(取下げ等含む) 8,291 人
不服申立決定数 6,022 人
認容数(難民認定数) 1人
認容率(難民認定数/処理数) 0.02%
難民認定率(難民認定数/決定数) 0.02%
(人道配慮)
人道配慮在留人数 37 人(一次審査と不服申立手続の合計)
これらの数字から、日本の難民認定制度が制度として機能しているか疑わしいほどに難民認定率が低いことが明らかである。不服申立てにおける認容数が1人というのは、もはや制度としての存在意義が深刻に問われているというべきである。
世界との比較
以下の表は、日本を含むG7各国の人口、難民認定決定数、難民認定数、難民認定率、補完的保護数、人口10 万人当たりの2018 年の難民認定数を比較したものである。
難民決定数も、G7の中で最小ではあるものの、他国との差は日本の2倍弱(カナダ)~ 15倍弱(ドイツ)である。これに対し、難民認定者数は一番少ないイタリアでも日本の154倍である(なお、イタリアは、難民として認定する以外に、24000人に補完的保護を与えている)。
これらの数字から、日本の難民認定数が、先進国の中で格段に少ないことが明らかである。
法務省による正当化とその欺瞞
法務省は、このように、日本の難民認定率が極端に低く、認定者がほとんどいないことを「濫用者・誤用者が多い」ことにその原因を求めようとしてきた。
確かに、難民認定制度の濫用者・誤用者がいることは事実だろう。そもそも、濫用者・誤用者がいない制度など、世の中に皆無である。
しかし、問われるべきは、濫用者・誤用者がいることが、この日本の難民認定率、難民認定数の説明として十分かということである。
これに対しても法務省は一応の回答を用意している。「申請者の、主な国籍は、スリランカ、トルコ、カンボジア、ネパール、パキスタンとなっています。これら上位5か国からの申請者数は、申請者総数の約62%を占めており、申請者の多くが特定の国籍に集中しています。なお、令和元年6月に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が公表した『グローバルトレンズ2018』において世界で難民認定申請者を多く出しているとされる上位5か国からの申請者数は76 人・・・にとどまり、我が国での申請者の多くが、大量の難民・避難民を生じさせるような事情がない国々からの申請者となっています。」(法務省プレスリリース「令和元年における難民認定者数等について」)がそれである。
しかしながら、言うまでもなく、世界における難民は、「世界で難民認定申請者を多く出しているとされる上位5か国」に限られるものではない。実際、法務省が引用する「グローバルトレンズ2018」のAnnex11を見ると、日本における申請数の上位5か国の出身者の世界における認定率は、スリランカ19.3%、トルコ45.6%、カンボジア15.0%、ネパール17.4%、パキスタン13.6%である。
上記の法務省の説明が、1%を大きく切る日本の難民認定率や、認定者がほとんどいない説明として十分ではないことは明らかだろう。そして、法務省が引用するグローバルトレンズには、上記のAnnex11に示されるデータも紹介されていることからすれば、法務省は、自身の説明が不十分、不適切であることを認識しながら、あえて上記のような説明をしているものと考えざるをえない。
「信頼性の推定」
認定率が5割を超えるカナダでは、難民認定における一つの原則がある。「信頼性の推定」と呼ばれる原則がそれである。この原則によれば、法律上、難民申請者は真実を述べていると推定され、申請者が宣誓した後、審査官は、申請者の陳述を、疑うに足る十分な理由がない限り、認めなければならない。
他方、日本の実務では、「非信頼性の推定の原則」があるともいうべき状況にある。これは行政段階に限られたことではない。日本の裁判所では、「申請者の供述を真実であると認めるに足る的確な証拠がない」というのが、もはや難民認定を否定する際の定型文言にさえなっているのではないかと思われる。そしてこうした裁判所の後押しが、行政段階においてさらなる厳しい(不正確な)難民認定につながっている。
ここに難民認定率が1%を大きく切る日本と、5 割を超えるカナダとの、難民認定に対する姿勢の違いが端的に表れているといえよう。
この難民認定に対する姿勢が変わらない限り、日本の難民認定が正しいものになっていくことは不可能であるように思われる。
空港での庇護申請の行く末とCOVID-19
難民認定率、難民認定数と並んで、「難民を拒絶する国、ニッポン」の姿勢が顕著に表れているのは、空港での庇護を求めた者の取扱いである。
日本に庇護を求める典型的な例は、日本に親しい知り合いも特におらず、「難民ビザ」はないことからとりあえずそれ以外のビザ(多くは短期滞在ビザ)を得て日本に入国するというものであろう。その者が、入国時に庇護の意思を求めるのはごく自然なことであると考えられるが、現状では、それを行えば、ビザの目的と実際の滞在目的が異なるとして、通常の上陸許可は得られず、退去を求められる。一時庇護の上陸許可もほとんど認められない。仮滞在許可も、住居がないから逃亡のおそれがあるとして認められない。
結局、空港で庇護申請をした場合、ほぼ確実に送還か、もしくは終わりの見えない収容が待っている。しかも、入管庁は、2018年前半までは空港における難民認定申請数を明らかにしていたが、空港申請が激減していることが懸念される中、同年後半からはこの数字すら開示していない。
世界的には、出入国管理に関する収容(immigration detention)は最後の手段であり、できる限り収容に代わる措置(「収容代替措置」)が政府の責任で進められるべきことが言われて久しい。しかしながら、日本政府は、このような世界的な流れに逆行して、退去強制事由を有する人や退去強制令書が発付された人は収容が原則であると言い続け、むしろ近時は仮放免を厳しく制限し、長期収容を常態化させ、ついには餓死者まで出たことは周知のとおりである。
COVID-19 の影響で、近時狂信的ともいえるほど厳しい収容政策を取ってきた入管も、本年4月以降、仮放免を積極的に出す動きを見せている。しかしながら、空港で庇護申請をし、送還を免れて収容が続く人の申請者の中には、日本に頼れる親族等もおらず、引受先のない場合も多い。入管は、収容代替措置を進めるのを怠ってきた結果、そのような申請者は依然として収容が続いているものと懸念される。
とはいえ、日本政府が収容代替措置を進めてこなかったつけを、難民申請者が感染の危険という形で払わされるべきではない。また、COVID-19 の感染の危険を避けるべき状況は、今後長期間に及ぶことが想定され、安易に収容しておけばよいという日本政府の対応が、人権の観点のみならず、感染防止の観点からも不適切であることは明らかである。難民認定制度は法務省、難民申請者の支援は外務省が担当しているが、日本政府は、今こそ、法務省と外務省の垣根を越え、市民社会と協力して、大至急収容代替措置を進めるべきである。
追記(2021年5月)
現在議論されている入管法改定案の中に「収容に代わる監理措置」が盛り込まれたことを受け、以下追記する。法案提出前は、諸外国で導入されているような収容代替措置が盛り込まれ、難民申請者を含む在留許可のない外国人の長期収容問題の改善につながるのではないかと期待する向きもあった。しかし、実際に出された政府案に盛り込まれた「監理措置」は、監理措置に付されない限りは収容を義務的なものとする意味で、原則収容主義をむしろ強化するものであり、さらに、収容代替措置に関する国際標準からもかけはなれたものである。すなわち、収容代替措置の国際的な定義はないが、例えば欧州評議会は、収容代替措置の国際基準として、①常に可能な限り制限の少ない手段によらなければならない、②自由の剥奪または移動の自由の恣意的な制限になってはならない、③法律で定められ、司法審査を受けなければならない、④人間の尊厳と他の基本的権利の尊重を確保しなければならない、としている。また、効果的な収容代替措置の必須要素としては、情報への当事者のアクセス、法律援助の提供、庇護及び移民手続きへの信頼の構築、ケースマネジメントサービスの提供、尊厳と基本的権利の保護などを挙げている。今回提案されている「監理措置」は、このいずれも満たさず、収容代替措置としての国際標準を満たさないだけでなく、効果的ですらないことが明らかである。本年3月31日、国連人権理事会の下に設置された移住者に関する人権の特別報告者、恣意的拘禁作業部会など4つの特別手続が、政府にあてて共同書簡を発出したが、そこでも、監理措置が過度に制約的であり、社会的経済的地位に基づく差別となること、適切な監理人を見つけることがほぼ不可能であろうこと、移住者とその監理人双方のプライバシーの権利の享受に悪影響を及ぼすことなどへの懸念が示されている。
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