【無料公開】収容・送還に関する専門部会
M-netにこれまで掲載された記事のバックナンバーから、一部の記事を無料で公開します。今回は入管長期収容問題についての連載第1回目です。
(初出:Mネット2020年4月号 特集「どうする?入管収容施設での長期収容問題〜その実態と解決に向けて」)
弁護士 高橋 済
はじめに(検討課題)
法務大臣の私的な諮問機関である「出入国管理政策懇談会」の下に設置された「収容・送還に関する専門部会」(以下「専門部会」いう)の第1回会合が2019年10月21 日に開催された。
専門部会の検討課題は2つあり、1つは、「送還忌避者の増加」を防止するための方策、もう1つは「収容の長期化を防止するための方策」である 。
しかしながら、この専門部会は入管当局の「お飾り」であって(審議会隠れ蓑論)、「拙速に」その進行を行い、かつそれは「結論ありき」のものと言わざるを得ない。
予想される「結論」は、①送還忌避罪の導入、②仮放免逃亡罪の導入、③難民再申請等の許容性審査(形式審査)と送還停止効の廃止、④全件収容、無期限収容、無令状収容の維持である。
本稿では、専門部会の問題性について、公開など透明性の問題、時間的制約の設定の不公正さ、人選の不公正さ、検討課題の設定の問題の観点から論じることとする。
また、議論の具体的内容については、紙幅の関係上、収容問題については本特集「総論:長期収容問題とその解決に向けて」(児玉晃一弁護士)、難民申請者の許容性審査・送還停止効の一部廃止については本特集「5 難民申請者と収容・送還問題」(渡邉彰悟弁護士)に譲りる。
専門部会の透明性の問題
まず本専門部会には公開と透明性の観点から重大な問題があった。
そもそも専門部会はその議論の場を一般に公開することはもちろんのこと、メディアなどに限って傍聴を認めることすら一切せず、会合の日程すら事前に公開されることはなかった。
また、審議そのものを公開しないのみならず、議事録の公開も部会の議論が大いに進んだ後に公開されるというものであり、しかも専門部会の審議期間は極めて短く設定されたために、この問題性は極めて大きくなった。すなわち、専門部会での議事録が後で公開されたとしても、その際には既に部会内の議論は進んでしまっており、メディアの批判や検討も十分に行われることはなかった。これこそが専門部会事務局 (座長を有するが実質は入管そのもの)が今回の審議そのものを公開しなかった最大の理由であったと言える。
本来ならば、やはり正々堂々、専門部会の議論はメディアの傍聴など公開の下、行われるべきものであり、まずこの点からしても不公正なものであったと言える。
専門部会の時間的な問題性
次に、専門部会は当初より2019年10 月に開始され、年度内(2020年3月)に方向性をまとめるものとされ、検討課題の重大性に比して議論の時間は5ヶ月あまりとまさに「逃げ切り」の議論を行おうとしたものである。
そもそも、そのように性急に議論しなければならない外部的な事情・制約は何ら存在しなかったわけであるが、入管当局は(さして理由を示しもせず)議論の時間を極端に短く設定したのである。
なお、入管当局は予定していた結論に到達し難いと考えた場合には、そのために議論の時間を延ばすということを行うことはあっても、公正な議論のために、しっかりとした議論の時間を確保するつもりはないのであろう。
専門部会の委員の構成と事務局主導の問題性
また、この結論ありきの議論を「逃げ切り」させるために、もっとも重要であったのが、専門部会の委員である。更に言えばその構成である。
彼らの従来の発言・考え方の偏りなどを十分に考慮したものとなっており、そのことは専門部会の議事録上の発言や提出された資料からみてとることができる。
例えば、難民認定に関する専門部会(2013年から2014年)の委員でもあった柳瀬房子委員が、NGOからの「有識者」として本専門部会にも委員として選任された。
柳瀬委員によれば、「私は約4,000件の審査請求に対する裁決に関与してきました。そのうち約1,500件では直接審尋を行い、あとの2,500件程度は書面審査を行いました。まず、私が直接審尋を実施した審査請求人の中で、難民認定がなされたのはこれまで4人です。そして、在留特別許可が認められた人が約22、3人いると思います。それが現実です。難民を助ける会の柳瀬が、実際に会ってインタビューした結果が、そういう状況です。」 と述べ、そもそも難民申請者が保護に値すべき存在ではないということを自己の判断を絶対的に正しいものとの前提に発言している。さらに一件一件を白紙で望むのでなく、「予断」が存在している疑いすら拭いきれない。
さらに、送還忌避罪等は刑法学者の委員から早々に提唱され、行政法学者の委員は、収容に司法審査を導入することに反対し、さらには収容の期限は観念し得ないなどと主張した(なお、むしろ欧米との比較では収容に期限がない国が稀である)。また医師の委員からはハンストに対する強制治療の可能性が述べられた。その他委員も元入管局長、入管に出向していた元検察官など著しく構成・選定に問題がある中で議論を行っていたものである。
専門部会の委員がそもそも中立・公正な有識者ではなかったことは明らかである。
これでは仮に「結論ありき」の議論でなかったとしても、結果は目に見えていた。
専門部会の検討課題の設定の問題性
専門部会の検討課題の設定そのものにも難民認定法制との関係で重大な問題が孕んでいた。「難民認定制度に関する専門部会」の報告書(難民認定制度の見直しの方向性に関する検討結果( 報告)、2014年12月)については、①補完的保護の導入、②行政手続一般の手続保障を踏まえた改正、③難民該当性の判断の明確化(条約の趣旨などを踏まえた)などが全く実施・履行されていない状況にある。
これらの点に共通していることは、入管当局にとって「好ましくない」改革であり、それがゆえにこれらの提言の実施は行われなかったのである。
このように前回の専門部会の提言すら履行しきれていない現状においてもなぜ今、今回の「収容・送還専門部会」を設置したのかと言えば、それは送還停止効の廃止と許容性審査の導入のためであり、入管当局としては、難民申請者をいかに送還するかのみに心血を注ぐということなのであろう。
専門部会の長期収容の解消はなぜ検討課題に設定されたのか?
最後に、最大の謎はなぜ収容の長期化の防止をあえて検討課題にしたのかである。
すなわち、収容問題については「結論ありき」で無期限収容の維持、無令状収容、全件収容を維持することが決まっていたものと思われる 。
それでも議論の俎上にあげた理由は、形式的には2019 年6月の収容施設内におけるナイジェリア人男性の餓死事件を契機としているが、入管当局としては、「有識者」により議論されたが、現行法、すなわち全件収容主義、無期限収容、無令状収容は見直さないことが相当であるとの結論に達しました、という免罪符が欲しかったのであろう。
今後は、収容制度の見直しを求める批判に対しては、この専門部会の報告書が免罪符として呪文のように繰り返し唱えられることになる。
最後に
日本の収容制度は戦後一度も改正されることはなかった。政府が1973年に収令収容における全件収容主義を放棄しようとしたときよりも現状は後退している。
それは入管当局の人材の質にも関わるが、つまるところ、自省、自らを省みる姿勢が完全になくなったことによるのではないかと思われる。専門部会の委員らも事務局(入管当局)の意向を最大化することに心血を注ぐのでなく、あるべき方向性について日本が既に批准した国際人権条約や、比較法的な見地から謙虚で冷静な姿勢から考えることが求められている。
大きな歴史の流れの中で、どのような役割を各々果たすのか、専門部会の委員、入管当局の人間、支援者、弁護士、歴史に恥じないように振る舞うことが求められている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?