花篭① / 自作短編小説
「これは生花だけど枯れない処理がしてあるの。」
四角いガラスの箱の中の薔薇を指差して美那子は呟くように僕に言った。
「そうなんだ。でも枯れない花なんて、つまらなくない?」
「あなたはそう言うと思った。」
窓から洩れる自然光を透すガラスの色が、歩く速度に合わせてゆらめく。靴音がこつこつと静かなギャラリーに響く。
「籠に綴じ込められたままいつまでも愛でられて。美しく生きているけど死んでいる。素敵じゃない?」
生を死へと綴じ込めた美は逆説としてはアートかもしれない。けれど花は生きているから美しいのであって、彫刻や絵画なら生命の動か死の静をそのままに綴じ込めてないものは、美しくない。
そう言おうと思ったけれど、僕は黙った。多分、美那子は綴じ込められながら、いずれ自分にやってくる老いを憂いているとわかっていたから。
「ねぇ、あなたは狂おしいくらいに人を愛した事ある?」
「あるよ。多分。」
「そう。うらやましい。」
靴音がまた静かなギャラリーに響きわたる。
誘われて入った美那子の部屋の床はタイルが貼ってあった。白い大きなタイルが貼り合わせの筋も見えない程に。
薄く光る硬質の表面には塵ひとつなく、晩秋の薄曇りの光が映えて流れていく雲の影がただ時々陰影を投げかける。
黒いスチールのアールデコの曲線を描くフレームのベッドに、ただ白いファブリックが調えられ、逆にそれが有機質を際立たせる。
鞣した革の、エナメルのような光沢を放つ白いソファー。遮光の分厚いカーテンも白く。ライトもなく、戸棚もなく、テーブルもなく、椅子もない。
「こうすると外と一体になれるの。外の光と闇と一体に。この部屋はセックスするときの部屋なの。色が邪魔だからバスルームで一緒に服をぬぎましょう。そうすればもっと互いの色が見えるわ。」
唖然と立ち尽くす僕の手を引いて、美那子は白い扉を開け、そして奥の暗い廊下へと誘った。
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