ウブドゥ③ / 自作短編小説
老人はさらに言葉を続けた。
「この島は本当に貧しく、しかし豊かな島だったのです。祈りに満ち、美と音楽と踊りを楽しみ、自然に包まれて私達は生きてきた。リゾート開発が進み沢山の外国人がやってきて、経済的に豊かになりつつある事の恩恵を私も受けています。それがただ悪いとは言うつもりはありません。」
老人は何かを僕に伝えようとしていた。
「お金の為に働くのが悪いという訳ではない。私だって努力して裕福になった。しかし、お金の為なら何をしてもいいという事とは違う。最近の若い男達が日本人の女性に近づき、男娼のようにお金を貰い生計を立ててる姿を見ると、豊かさとは何かを改めて考えさせられましてな。」
「それはジゴロと呼ばれる人の事ですね。逆に外国に行って簡単に男と寝てしまう日本人の女性が多いのは、同じ日本人として恥ずかしいものです。」
バリには、旅行に来た日本人女性に声をかけ、女王に従うように奉仕し、金を貰う事を専門に生きている若い男達がいる。
あくまでソフトに、そして女性を誉め、持て囃すのが彼らの特徴だ。
また普段そうやって男性から扱われる事になれない日本人女性は、意外なくらい簡単に男に身体を許す。
しかしこれはバリに限った事ではないだろうが…。
老人はさらに何かを伝えたそうに、話し続けた。
「お若い方。何がしたいかではなく、どう生きたいか、どういう人間になりたいかを大切に考えなさい。そして本当に豊かに生きる幸せとは何かを考えなさい。差し出がましいかもしれませんが。こうやって家に招いたのは、あなたには何かしら感じるところがあるのです。それは何かは言いませんが、スコールを降らす立ち込めた雲の切れ目から、強い光が差し込み、そして一気に空が晴れ穏やかな夕日に包まれる日がきっと…ほら。」
老人が言葉を切ると同時に激しいスコールが止み、窓から爽やかな夕暮れ前の光が差し込み、美しい薄い黄色の土壁を照らす。
また再び鳥の鳴き声や猿の咆哮が時折聞こえる、ゆったりとした静けさに包まれた。
そしてビールのせいもあるのか、穏やかな空気と老人の静かな語り口のせいなのか、急な眠気が僕を襲ってきた。
「しばらくおやすみなさい。遠慮されずに…」
その老人の言葉を聞くか聞かないうちに、僕は深い眠りへと陥ってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
(続きます)
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https://note.com/migiwayoshi_555/n/n057b3abc1b5e
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