新年
「ごめんくださーい」
「ほんと久々だよねぇ。何年振り??」
大晦日。
突然の来訪者は玄関口に立って、笑顔で他愛のない挨拶をする。
「あ、これお菓子とお餅、あと色々お母さんがそっち行くなら持って行けってさ」
「食べる?」
来訪者は玄関でブーツの紐をほどきながら、下駄箱の上に大きなビニール袋をそっと置いた。
中には新年を祝う餅とインスタントの年越しそば。
おそらく年越しをこの家で迎えたいとのことらしい。
『…こっち帰ってきてたんだ。』
「あ、うーん。もう一年くらいになるかな。相変わらず荷物多いよね、君の家」
『…知らなかった』
『…なんで?』
「つまんない話よ。そこらへんによくある普通の話。」
「まあ疲れて地元に帰ってきただけ」
もそもそと会話を続ける男と対照的に来訪者の女はそそくさと慣れた手つきと足取りで台所へ向かい湯を沸かす。
『…それでも、てっきり、むこうで働いているんだと思ってた。』
「あー、仕事ね。やめたやめた、やっぱり向こういるとさ。作品を持ち込んでた会社とか、、あー。」
「まあ、都会にも飽きたしね、いろいろキレイさっぱり仕切り直したかったからさ。」
「あ、それに私結婚するしね。君もそこのところどうなの?」
「いや、いいや、やめよっかこの話」
沸騰するお湯の音にかき消されるように女の声は小さく消えた。
どことなく居心地の悪さを感じたのか女はリビングにあるテレビをつけ部屋には空虚な音だけがなっている。
◇
ゴーーーーーーーン
◇
除夜の鐘がなった。
「というか、なんだ、君は年末からこっち帰ってきてたんだ。」
「年末年始も変わらず走り回ってるものだとおもってた。」
「君はずっと忙しくしていたからそのイメージが強かったや。」
「おばさんもおじさんも、いつも言ってたよ。」
机に器を広げてつまらなさそうに蕎麦を啜りながら女がいう
『…今年はね』
「それでずっと家の型付けをしているんだ?」
「片付けをしているけど、この荷物ってどうするの」
『…ただ漠然と綺麗にしておきたいなって』
男がぽつりと呟く
「うーん。それもそうか、じゃあまあ、こっちきたし、ついでに手伝っていってあげるよ。」
「君が1人でつまらなさそうだし。」
「今晩だけね。」
いや、いいよと男が声を発するよりはやく、女はそばの器を素早く片付け、軽い足取りで男の側に向かっていく。
「このコップまだあったんだ、覚えてる?昔一緒に買ったやつだよね。」
「あー、なんか不思議だなぁ」
「なんていうか、うまく言えないんだけど」
「お互い色々あったと思うんだけど、人ってあんまり変わらないよね。」
「いや、どうなんだろ、君と話しているからそういう風に感じるのかな。」
「君のその口下手な感じとか、相槌だけでもくもくと目の前の作業に打ち込む感じとか。」
「まあ、それが心地よくて、結局いつも寂しかったんだけど。」
「私もこっちに帰ってきたんだし、たまには、さ、またこうやって、、、」
「まあ、なんかあったら相談に乗るよ」
女は片付けを手伝いながら家に転がる荷物をみては何かを思い出すように言葉を発する。
『物心ついたころからかな、自分の家族がすごく仲が悪いことに気がついて。』
太宰も、カミュも、ヘッセ、寺山の詩集もひもでくくり
残すところは分厚いプルーストとレコードの山。
こつこつ集めて続けていた宝の山。
部屋に転がっていたものたちがある程度片付いたころ。
作業をする手を止めることなく詰め込んだ荷物を見つめたまま男が言葉をこぼす。
『どうやら僕が生まれてからまわりの環境が悪くなったらしいってことも薄々気づいていって。』
『どうやら大人しくまじめに、先生が褒めてくれるように、大人が褒めてくれるようにふるまっているうちは、みんなぼくのことをえらいえらいって家に帰ると家族はみんな仲がいい振りをしてくれて』
感情の起伏が感じられないように淡々と、淡々と感情のない音だけが部屋に響いていく。
『話があわないなりにあったふりをして』
『ぼくは大人だから、周りと違って大人だから、合わせることができるんだと』
『だからいい気分になった僕はそのまま真面目で子になって真面目なまま会社につとめて、いわゆる、真面目で優秀な大人になって』
『そうしているうちは周りのみんなが不自然なくらい応援してくれてたから調子に乗って、そろそろいい年だし』
『父親の還暦祝いと一応の感謝を込めて両親にちょっとしたプレゼントしたんだけど』
『そのときにはもう全部遅くて誰もそんなこと望んでなかったみたいで』
『やっぱり何もないところに何かやったところでめんどくさくて』
『結局全部僕の一人でややこしくしてただけだったらしくて』
『二人の時間が増えたところに、僕のやったことが決定打だったみたいで全部が崩れて』
『意識しなかったことを全部意識させちゃったみたいだし』
『気持ち悪さに自覚したのか責任を感じたのか二人はそろって体調は崩して』
『おかしいよな、仲は悪いのに』
『多分全部おれのせい』
『はじめからなにももとめられてもなかった』
『そもそも生まれてきたこともまちがいだし』
『傲慢にもなんでもできると思った自分が悪かったんだよ』
『はじめからそばにいてくれればよかっただけなのに』
自棄になっているのか悲しいのか虚な目と響く音からは何も読み取れない。
「いや、君は頑張ったと思うよ。」
『そうだよ、外から見れば結局全部そう見えるんだ、だれも間違ってなんかいない』
「それでも、そのときは」
『そうだよ、よそから見ればそう見えるし仲のいい家族に見えてたんだろうど』
『結局空っぽな子供の、だれが決めたかよくわからない物差しの中で、その評価にしかすがることのないちっぽけな生活だったよ』
「また、ずっとうつむいてずっと一人でしゃべっている」
『いいんだよ、ずっと1人になりたかったし、1人になりたいから久々にこっちに戻ってきたんだし。』
『今年こっちに帰ってきたのは別に両親のことだけじゃなくて、都会に帰る場所も仕事もなくなったからで』
『ほんとは何も興味がなくて、興味がないなりにでしゃばると周りに煙たがられて、それでもまあ周りに合わせるのも器用できて、本当は何も興味はないのに学校も仕事もそれなりにこなして、それなりにお金も得て、多分外から見れば幸せで順調だったんだと思うよ。』
おそらく自棄になっているのだろう、強い語気と諦観の眼差しで支離滅裂な事を男は早口で喋り続ける。
『でも多分、ぼくがずっとほしかったのは君が書いたお話を聞』
「いや、まあそれほどでもないけど。結局どうにもならなかったけどね。」
男の声を遮るようにくらい外の景色と時計を眺めながら女が呟く
「まあそれでもうまくやったほうだと思うよ、お互いにね。」
「あ、そろそろ日が昇るね。一緒見る?」
『…はやく帰りなよ』
「そっか、やっぱり君は変わんないよね」
『…』
『...そうかな』
「そうだよ。」「やっぱり変わらない」
『またね。』
「またね。」
『…また会える?』
「会えるよ、近所だし。というかいつでも会いに来るし」
「また旦那紹介するよ。」
ブーツの紐を結びながら寂しげに彼女は言う。
『…そっか。』
『じゃあね。』
取り留めない返事。
さっきまでの勢いはどこにいったのかその声には興味も執着もどこにもない。
「うん、ありがとう。よろしく。」
年末に久々に顔を合わせた来訪者の女は含みのある表情のまま、それ以上何も言わずに玄関をあとにする。
ぼくは暗闇の中を歩いていく彼女の背中が見えなくなるまで見送ってガラクタの山に向き合う。
疲れた、どうやら今日もここで1人で寝るらしい。
この今となってはガラクタの山も彼女にとっては幼少期の綺麗な思い出の一つらしい。
それがぼくにはたまらなく悔しくやるせなくなる。
よくもわるくもこのやるせなさこそが自分自身なのだと思うと非常に心地がいい。
清々しい新年を迎える。
古い年に別れを告げて。
今日は久々にゆっくり寝れそうだ。
◇
久々に他愛のない会話をした、何か言いたげな表情を常にしていた彼女だが結局何も言わずに帰っていった。
最後まで言わなかったのはきっと
彼女には、はじめからぼくの採る結末がわかっていたにちがいない。
だってぼくにはこれといった執着も感情もとっくの昔に失っていた。
そこに対して寂しさも悲しさもない。ただそれだけ。
それを受け入れると何も苦しいことなどはなかった。
ただ間違っていただけなのだ。
ぼくは弱いから、彼女のようには、あるいは他人のようにはできない。
だからこの誘惑と心地よさには勝てない。
伽藍堂は伽藍堂なまま何も残さずに目を閉じるのがお似合いなのだ。
もはやそこにあるのは麻薬のような快楽。
むしろそこにしか存在しない快楽。
スマートフォンで朝のニュースを確認するように
ICカードで改札を潜るように
コンビニでコーヒーを買うようにぼくは目を閉じ部屋に火を放った。
◇
1月1日
未明の住宅火災で平屋全焼
焼け跡からは何も発見されず、所有者の男性とは連絡がとれていません。
1日、6時過ぎ参拝の男性から「焦げ臭い匂いがして、住宅が燃えている。」と消防に通報がありました。
消防車4台で消化にあたり、火は約3時間後に消し止められましたが、住居からは特に何も発見されませんでした。
警察によりますとこの家は現在だれも住んでおらず、所有者の男性とは連絡がつかない状況にあるとのことです。
所有者の男性の目撃情報があるとのことなので警察と消防は、現場の処理を進めると同時に火災の原因を調べています。
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
◇
ここから先は
¥ 150
面白かったら珈琲代を恵んでください。 そのお金でお酒を飲みます。