ベイビーからアダルトにステップアップしました #9

第9回 アイツがやってくる前に(前編)

ATPツアー250・アトランタ大会本戦会場。
メインコートの観客席は、異様な熱気に包まれている。
「Hang In There (頑張れ)マルオ!! Hang In Thereマルオ!!」
「Hang In There Japanese!!」
という声援がこだまする。
彼がボールを打ち返し、ショットやボレーを相手コートに突き刺すたびに、スタンドから は一斉にどよめきと拍手が沸き起こる。
そのざわめきが大きくなったのは、チェンジコートの時だった。
彼はいつものようにノートを広げ、これまでの軌跡を細かく記入していく。
その姿を見た観衆の多くは、彼がどんな選手か興味を持ったに違いない。
その姿を見たワタシは
「どこにいてもエーちゃんはエーちゃんだね」
と独りごちる。
その日本人テニス選手の名前は、丸尾栄一郎。
ワタシは彼のことを「エーちゃん」と呼ぶ。
彼と知り合ったのは、高校1年生の時。
たまたま所属していたテニスクラブが一緒だったが、クラブ加入の動機は全くの正反対。
彼は、運動不足を解消したかっただけ。
ワタシは、本気でプロを目指すため。
彼と同じ高校だと知ったのは、もう少し後のことだ。
そして高校3年生の夏に実施されたジュニアの合宿で、ワタシはエーちゃんにコクった。
エーちゃんに、ワタシがプロ志望であると打ち明けたときも
アメリカ留学のことで相談したときも
彼は、ワタシの背中を押してくれた。
彼は日本、ワタシは日本と離ればなれになっても
ワタシは彼のことをずっと思い
彼もまた、ワタシのことを支えてくれた。

「来年の夏、アトランタで会いたいな……」
日本を出発する日、私はエーちゃんにいった。
その夢は1年後、現実のものになった。
エーちゃんはワタシの目の前に、ワタシが目標とするプロテニス選手となってワタシの前に現れたとき、嬉しさのあまり飛びついてしまった。
そしてその日の晩……ワタシは、ついにエーちゃんと結ばれた。

彼が初めてワタシの中に入った時
イタくてイタくて死にそうだった。
しかし、彼が出たり入ったりを繰り返しているうちに
痛みは、これまで味わったことがない快感に変わった。
最後には、ワタシからエーちゃんにまたがり
大声を上げながら腰を振り回すという、あられない醜態をさらした。
そして、ワタシはエーちゃんの胸に倒れ込み……
そのまま、深い眠りの中に落ちていったのだった……。
翌朝目が覚めると、エーちゃんはワタシの隣で気持ちよさそうに眠っていた。
ワタシは彼を起こさないように、静かに部屋を出て身支度をととのえると
朝食の準備に取りかかった。

ワタシは昨年、アトランタにやってきた。
プロのテニス選手になる!そのためには、アメリカの大学に留学するのが一番の早道だ。
それが一番の動機だったが、これまで心が折れそうになったことも多々あった。
「アメリカの一流大学の運動部は、勉強と両立できないと絶対に挫折するぞ」
そう周囲から再三指摘されても、いつも
「お前のプレースタイルは、『超』の字が突くほど感覚的だ」
といわれているワタシは、現地に行ってもなんとかなるだろうと楽観的に考えていた。
ところがいざ現地の大学に入学して、わずか10日あまりで、ワタシは、自分の選択を後悔することになる。

ワタシが留学先として選んだジョージア大学(ジョージア州には、「ジョージア州立大学」という名前の大学が存在するからややこしい。もちろん、全く別の大学である)は、全米最古の州立大学で、各界に数多の人材を輩出してきた。
スポーツにおいても、全米でも屈指の強豪である運動部を数多く擁し、私が所属する女子テニス部もその一つである。毎年全米各地から実力者が多数入部するため、ワタシはなかなかレギュラーの座を獲得できない。
だったら、練習時間を増やせばいいじゃんと思うだろう。そう思ったあなた、そんな考えはアメリカでは通じないのだよ。
日本の大学の体育会は、スポーツの成績がよければ、学校の成績がかなり悪くても、テストで「体育会ですから」と言えば見逃してくれる大学が沢山ある。特に、運動部に力を入れている大学ほど、その傾向は強くなりがちだ。
ところがアメリカの大学は、体育会の学生にも情け容赦はない。スポーツで名前を売っている分、大学当局は選手に、高いレベルの成績を要求する。
しかもレギュラー選考を決める基準も、同程度のスポーツ技量を持つ選手がボーダーライン上に並んだ場合、成績がいい選手がレギュラーに選ばれるほど、アメリカでは「文武両道」の精神が徹底している。
もちろん、アメリカの大学にも「スポーツ推薦」という制度は存在する。この試験に合格した学生は、大学の学費ブラス日常生活を十分まかなえる奨学金を支給される。選手は奨学金でスポーツに専念できる環境を得られるが、それは学業面で結果を出すことが前提だ。
だから選手は学業面で規定の成績を残せないと、奨学金打ち切りの対象になってしまうのだ。アメリカの大学の学費は高額で、スポーツ学生の大部分は、生活を奨学金に頼っているため、必死に勉強する。もちろん、ワタシもその一人だ。
活動時間も、運動部を統括する全米大学体育協会(NCAA)の規定に従わなくてはいけない。練習時間は、シーズン中は1日最大4時間、それ以外は1日2時間以内、活動日数は週5日までという規定がある。スポーツ奨学生を採用できるのは、リーグ戦の1部、2部に所属する大学運動部だけである。
それでレベルを維持できるの? と疑問を持つ人もいるかも知れない。
だがさっきも言ったように、アメリカの大学は「部活」よりも「勉学」を重視する。ただでさえ、アメリカの大学の授業レベルは高く、私たち含めた学生は、ついていくのに精一杯。授業と部活の両方を高いレベルを維持するためには、かなり要領よく段取りを組まなくてはならない。
そういえば日本を出る前、書店の平積み棚に「段取り力」というタイトルがついた本が沢山並んでいたが、ワタシには関係ないやと思っていた。こんなことになるのだったら、このジャンルの本を何か1冊買っておくのだったと、今頃になって後悔している。
だからどのスポーツ学生も、勉強とスポーツの両立に四苦八苦している。生粋のアメリカ人ですらそんな調子なのだから、留学生はなおさらである。希望を抱いて大学の門を叩いたものの、夢破れてキャンパスを去る留学生は毎年大勢いる。最初のうちは頑張っていたのに、まわりの環境に流され、自堕落な生活を送るようになり、いつの間にか学校に顔を出さなくなった学生を、ワタシは何人も見てきた。
部活ではレギュラー獲得できず、学業面でも奨学金打ち切りを防ぐレベルを維持するで精一杯。さらに遠距離恋愛で、ストレスはたまる一方だった。
言い寄ってくる男の子はいたけど、ワタシが全く相手にしなかったせいか、今は声をかけられることもなくなった。ワタシのアメリカ留学生活1年目は、こんな調子で終わろうとしていた。
ところが1年生が終わる直前、エーちゃんからATPツアーに参加するために、アトランタに行くことを聞かされた。
これは、次のステップに進む最大のチャンスになるかも知れない。
ワタシは、そう確信した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?