積極財政でもハイパーインフレにならない方法
コロナ禍が続く中での総選挙が近づき、与野党ともに財政再建を一旦横に置いておいて、国民を救うために積極財政を進めていこうと言う風潮が出てきました。一方で、財務次官が「バラマキ」批判の記事を雑誌に寄稿し、経済団体のトップがそれを絶賛するなど、にわかに財政論議が盛り上がってきました。
その論争で、財政に興味を持つ人も増えるだろうと思うので、積極財政の立場で、なるべく簡単にまとめてみます。
自国通貨建ての国債は破綻しない
政府は日銀を通じて日本円を発行できます。なので、日本円で借りた国債が返せなくなることはありません。お金を発行して返せばいいわけです。
財務省すらそう言っているということもあり、この事実はだいぶ浸透してきたように思います。
https://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/p140430.htm
金利が高騰する?
次に財政破綻の理由として挙げられるのは、「国債を発行しすぎると、そのうちだれも買ってくれなくなって、金利が上がる」です。
しかし、これも日銀が自国通貨を発行して買い取ってしまえばよいので、買い手がいなくなることはありません。現に、アベノミクスで日銀が国債を大量に買っており、すでに全ての国債の半分近くを日銀が持っています。
日銀が持っている分に関しては、その利払い分は政府に返還されますし、(形式上)返済期限が来ても、そのまま借り換えればよいだけですので、負債としては無いのと同じです。
「円の信認が下がって国債が投げ売りされる」という人もいますが、投げ売りするような無謀な人からは、日銀が喜んでいくらでも買い取るだけです。
ハイパーインフレが起きる!?
さて、本題です。
次の財政破綻理由として、「通貨を発行しすぎるとインフレが止まらなくなる!」という人もいます。これだけだと、インフレがある程度までいった段階で財政支出を絞ればいい、で終わってしまいます。その人によると、「ある日Xデーが来て、急にハイパーインフレになる!」とのことです。
これに対する反論として、積極財政派は「日本に供給能力がある限り、ハイパーインフレにはならない」とよく言います。正直、この説明だけではピンとこない人も多いような気がします。なので、もう少し噛み砕いてみようと思います。
インフレとは物価上昇のことです。物価とはモノやサービスの値段を平均したものなので、実際の取引で値段がついて初めて成り立ちます。
食料その他、衣食住に必要なモノやサービスをすべて取引するオークションを想像してみてください。出品物は、参加者がそれぞれ出し合ったものであり、このオークション以外では参加者が生活必需品を手に入れることはできません。
ハイパーインフレが起きるのは、そのオークションに何も出品されない場合です。お金を使って何も買えないなら、お金を持っている意味はありません。しかし、必要なものが十分に出品されているなら、何らかの値段がついて取引されるはずです。
そのオークション会場には、お金を自分でいくらでも発行できる人が一人だけ存在します。これが政府です。政府が無限にお金を発行すれば、オークション会場にあるものを、全て買い占めることができます。
こうなると、政府以外の人たちにとっては何も出品されていないのと同じことになるため、ハイパーインフレと同じ状態になります。他の参加者(民間)にとっては、値段が無限に吊り上がって物が買えない、地獄のオークションです。
でも、逆に言うと、ハイパーインフレにならないようにする手段は簡単です。政府が出品物を買いすぎなければいいだけです。通貨を無限に作れる政府が、モノの適正な値段を決めて、それ以上の価格で買わないようにすればよいのです。
つまり、ハイパーインフレを起こさないようにするには、オークションにモノが十分に出品されていて、政府が品目の適正価格を決めて、その価格で買える量を上限にして買うようにすれば、民間で取引される物価もその適正価格の周辺で安定します※。
「政府がいくら赤字であるか」とか、「政府の通貨(国債)発行残高がいくらか」という問題とは何の関係もありません。
※現実には原材料などの輸入物価も取引価格に影響します。その話は本記事の後ろの方を参照。
自動安定化装置
さて、オークションの例を出しましたが、実際の世の中では、いろんなものが取引されます。しかし、モノやサービスの原価をたどっていくと、最終的には人件費にたどり着きます。
つまり、インフレやデフレを制御する方法は、人件費に適正価格を付ける作業だと概ね言えると思います。ちなみに、国交省によれば、令和3年度の公共事業の平均労務単価は、1日2万円くらいだそうです。(年収400~450万円相当かな)
過度なインフレにもデフレにもならないように公共事業の量を調整するには、次のようにすればよいです:
デフレの時は民間の給与水準が低く、適正な労務単価で募集すればたくさん応札があるので、応札があるうちはいくらでも公共事業を増やせばよい。逆にインフレの時には、民間の給与水準が高すぎて、適正な労務単価ではなかなか応札が来ないので、必須の事業だけに絞る。基準となる適正価格は、目標インフレ率(例えば2%)の分だけ毎年引き上げる。
つまり、人件費の基準となる価格を決め、それで応札があるかによって公共事業の増減が自動的に決まる仕組みにしておくことで、インフレ率を目標付近に安定させるのです。こうすることで、過度なインフレを心配することなく、なおかつ確実にデフレを脱却できるでしょう。
この基本的な考えは、MMTの就業保証プログラム(JGP)に似たものです。本家MMTは、米国のリベラル派が中心であるため、公共事業よりも、NPO等を介した雇用調整の方が好まれるようです。しかし、事の本質は、「自動安定化装置」なので、そこを捉えて応用していけばよいと思います。
もちろん、市場の価格というのは労務の原価だけで決まるものではありませんが、政府が人件費をある程度規定するというのは、平均的な国民の生活費と貨幣の比率を大まかに決めるのに役立つでしょう。
日銀が国債を買い取ると、マネーの量が増えてインフレ?
日銀が国債を買い取るという行為は、買い取ってもらう銀行の立場から見るとどうなるでしょう?
日銀は「銀行の銀行」なので、銀行が日銀に持つ預金口座(日銀当座預金)があります。銀行どうしがお金をやり取りするとき、お互いの日銀当座預金同士で振り込んだり振り込まれたりします。
国債を日銀に買い取ってもらうときは、国債を日銀に渡し、その金額だけ日銀当座預金の残高を増やしてもらいます。特に他の残高からその分の額が減ったりはせず、単に国債を売った銀行の口座残高が増えるだけです。
ちょっとイメージしにくいと思うので、一般庶民の銀行口座で例えてみましょう。国債は国への定期預金みたいなものです※。日銀当座預金は日銀への普通預金です。つまり、国債を買ってもらう行為は、売った銀行にとってみると、定期預金を普通預金を振り替えたのとほぼ同じ行為です。
これ、お金が増えたって言いませんよね?
※実際はもうちょっと複雑な金融商品ですが、金銭債権という意味では同じです。
国債も預金も、「貸し借りの記録」ですから、国債は広い意味でお金の一種と考えて良いでしょう。つまり、「国債」という名のお金が減って、「預金」という名のお金が同額増えただけです。
確かに、「預金」と名の付くお金は増えましたが、国債という名のお金は減ってますので、広義のお金は増えてません。単なる口座振替です。
アベノミクスの金融緩和で大量に国債を買い取りましたが、全くインフレにならなかった原因は、それが広い意味での「お金」を増やす行為ではなかったからです。
激しい円安になる!?
最後に、「円の信認が下がるから、円安になって輸入ができなくなる!」と言う反論もありそうです。
しかしこれも特に心配ありません。円安と人件費上昇が同じペースで起こるなら、購買力は変わりません。円安だけが先に起こるのなら、輸出が好調になってその分人件費が上がるので、問題ありません。
そもそも日本は、300兆円以上の世界一大きな対外純資産を持っていて、その配当や利子等のアガリ(所得収支黒字)がありますから、多少の貿易赤字くらいでは、そう簡単に大幅な円安にはなってくれないでしょう。
さいごに
与野党の議員の方々が、財政再建の優先度を下げ始めたことは、直近のコロナ禍の救済だけでなく、これまでの30年来のデフレ脱却にとっても素晴らしいことだと思います。
令和の所得倍増を実現するために、少しでも皆さんのご理解のお役に立てればと思います。
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