そのすぐ横のとこ
私はわりと何されても怒らないほうだと自分で思う。基本的に、情状を酌量したり、自分も悪かったよなあと思ったり、ただ悲しくなったり、単に理解できない不思議だなあと思ったり、する。とにかく、怒りという形を取ることは滅多にない。
人についても同じような感じで、好きな人、興味のない人、苦手な人というのはそれぞれそれなりの数いるものだが、嫌いな人というのは滅多にいない。
ただし唯一の例外がある。それは、道ですれ違った程度の接点しかない、見ず知らずの人に遊びの目的で声をかけられるアレ、つまり「ナンパ」だ。
ナンパという行為、ナンパ師という人種、ていうかもうナンパっていう概念そのものが、何故だかわからないけど私は嫌いでしょうがない。生理的に無理というやつだ。この世のありとあらゆる存在の中で、Gのつく黒い害虫の王を2位に抑えて燦然とワースト1に輝いている。
たとえ声をかけられるまでどんなにご機嫌ハイテンションでいたとしても、ひとたび声をかけられると、そしてそれが純粋に道を聞きたいとかではなくむしろ不純100%だということがわかったりすると、途端にテンションは奈落の底まで垂直落下、堪忍袋は緒と言わず袋全体が1cm角にブチブチと空中分解することであろう。要はすこぶる機嫌が悪くなる。まあ私巻き舌もドスの効いた発声もできないし、そんなに罵詈雑言がそんなにポンポン出てくるほうではないので、機嫌が悪くなったところで全然怖くないんだけど…。
これほどまでにナンパへの憎悪の炎を胸に秘めながら日々を生きているのに、そしてハジけた場所には決して寄り付かない陰キャであるのに、私は悲しいかなそれなりの頻度でナンパに遭う。いや、その実ナンパを装った何かの勧誘であるのかもしれないが、装わないでいてくれるほうがまだ精神衛生上よいし、相手を人間扱いした断り方をしようと思えるものだ。
仕掛けてくる相手もさまざまだ。ふた回り以上年上っぽいのもいたし、チャラけた美容師風のもいたし、量産型大学生みたいなのもいたし、今日がファーストナンパですってぐらいコミュ障なのもいたし、外国人に英語でナンパされたことさえある。なお英語がわからないふりで乗り切ろうとしたら日本語に切り替えてきやがった。シット!
私は別に人の視線を集めるほどの美女でもなければ巨乳でもない。むしろいわゆるちょうどいいブス枠なんじゃないかというような気さえする。でもそれより何よりたぶん見た目が弱そうなんだと思う。お人好しっぽいというか、押しに弱そうというか。服装も大抵無難だし。しかし気弱な菩薩系女子にも地雷はあるのだ。押そうとした瞬間お前の両手両足をまとめて貰っていくからな。
まあ、私が低レベルだから集まってくる輩も低レベルなのかもしれない。それはまあ一理ある。しかし、私はお察しの通りフジッリ級のひねくれ者だ。いわゆるハイレベルな対応をされたところで、せいぜい逆撫でされた神経が摩擦熱で自然発火するくらいだろう。
例えば、イケメンとか好みの顔面だったら喜んでついていくのでは?という意見もあるかもしれない。いや逆にイケメンに気づける方法を教えてほしいくらいだ。これまで声をかけてきた輩のなかにイケメンもいたかもしれない。いなかったかもしれない。わからない。覚えていない。
いつもコミュニティ内の誰か他の人が「○○さんってイケメンだよね」とか言っているのを耳にして、慌ててその人をイケメン枠に入れとくようにするくらいだ。そうすれば、ああ言われてみれば確かに結構かっこいいなあと思ったりはするのだけれど。とにかく、人の顔って相当顔以外の情報が蓄積しないと検知できない。
いわゆる話し上手はどうだろうか。私が雑談のネタになるような常識レベルの流行について知らなさすぎて、話の腰を再起不能のギックリ腰にしてしまうこと請け合いだ。ちょっと意識の高そうなかっこよさげなことを話してくるスタイルだったとしたら、話の腰には怒りの鯖折りをお見舞いしたい。
もし万が一私の興味ある事柄すべてについて話せるような人がいたとしたら、その場合だけはちょっと友達になってみたいような気もするけど、たぶんそれは熱心なストーカーだから、残念だが通報することにしよう。
金に物を言わせて物で釣ってくるならば、プライスレスなパフォーマンスを頼もうと思う。私はお金で動くような人間ではないのだ。見たいパフォーマンスは三択。できることをやってくれればそれでいいのだ。一、蒸発する。二、爆発する。三、絶滅する。
とか考えたりするけれど、結局のところ実物に遭遇するとうまいリアクションなんか取れなくて、ただただガン無視するだけになってしまう。無視は得意だ。こちらから何かする必要がない。人と目を合わせるのが苦手という短所も、ここでは逆に長所として輝く。就活のときに聞いた、短所を長所に言い換えるとはこういうことだったのか。なるほど。今分かった。
まあでも無視が一番効くという説もある。それを信じて生きていこうかな。