今日もどこかのコンビニで

 何気なく立ち寄ったコンビニで、クソみたいな客がクソみたいなクレームを叫んでいた。あんだよてめーその態度はよってめー店員だろっこっちは客なんだよっふざけんじゃねーよっなんか言えやコラッ。いやうるせーよっと思ったけど、こっちはか弱い女だし揉め事は面倒だしとりあえず私は水が買いたいだけだったので、別の店にしようかなぁと思ったところで大きな音がした。
 パーン、パーン、パーン。
 耳をつんざく、というほどではなかったのだけど、何故だか心臓の中心までずしんと恐怖を埋め込まれるような音。銃声。ええっと思った。店員が普通に銃を手にし、普通にクソみたいな客を撃ったのだ。目に映ったものが理解できず、これは夢なのかなと思った。
 すいませんと店員が言って、血を流して倒れているクソ客をバックヤードまで引きずっていって、それから戻って来てレジ傍の受話器みたいなのに一言告げて、お待たせしましたーと通常の業務が再開された。普通に並ぶ普通の客、ごくごくありふれたコンビニの風景。え、なに? 何なのこれ? いいの? 私も普通に水買っていいの? とりあえず並んでみた。いや普通のコンビニみたいだけど、足元に血がだらだらしてるんだよね。大丈夫なのかなこれ?
 そうして私の順番になったとき、警備員みたいな格好の二人が店に入ってきて、お疲れ様ですーあっちですーと店員に言われ、バックヤードの方へ消えていく。私のお水のお会計が終わったところで、ちょっと耐えきれなくなって訊いてみることにした。
「あの、大丈夫なんですか?」
「はい?」
「いやあの……逮捕とか?」
 不思議そうな顔をする店員。ブルーシートに包まれた死体と思しき物を速やかに運んでいく警備員(仮)。周囲を見回してみても、おかしいな、という空気が少しも醸しだされてないコンビニの風景だったけど、おかしい。おかしい以外の感想がない。あれ、私がおかしいのかな? と戸惑っている私に、申し訳なさそうに店員が言う。うるさくしちゃってすいません。新しい法律ができたんで。店員が言うところによると、治安悪化への対策の一つとして、コンビニ店員には迷惑客への銃撃、そして射殺の許可が下りたのだそうだ。いやまったくわからない。まったくわからないのだけど、そういうことなのだそうだった。
 水を飲みながらスマホで調べてみたら、確かにそういうニュースが語られていた。全国で○人の迷惑客が射殺されました、そんな風なことが書いてあった。けれどやっぱり悲劇も起きてしまうもので、迷惑客でない普通の客を間違えて撃ち殺してしまったケースもあったようだ。そういうのは店内の防犯カメラでもって極めて正確に判定できるらしい。勘違いで殺されてしまった普通の客には同情を禁じ得ないが、制度自体は概ね好意的に受け入れられているようだった。迷惑客が減るのは、確かに私にとってもありがたいことだ。安心してコンビニに、いやコンビニに限らずどこへでも気軽に出かけられる。迷惑客は文字通り迷惑な存在だ。その迷惑な奴らが世の中から減っていくんだから、プラスはあってもマイナスはない。なんてこった! と思った。良いことばっかりじゃないか! ……うん、やっぱ私は夢を見てるのかもしれない。
 しばらくして、私は仕事を辞めた。どうせしがない派遣社員だったし、仕事自体に思い入れもなかった。とはいえ、ぷらぷらしてるほど貯金もなかったので、速やかにコンビニバイトを始めることにした。ちょっと私、銃を撃ってみたい。そう思ったのだ。
 入店して最初の研修は、山奥の演習場での射撃訓練だった。専門のインストラクターからの指導を受け、私は銃を撃ちまくった。ヒャッハーとテンション上がったが、寝て起きたら地獄だった。これほどひどい筋肉痛になるものとは知らなかった。へろへろになりながらも、すぐに通常のコンビニ業務の研修を受ける。仕事の種類めっちゃ多い。おぼえるの大変。すぐに辞めたくなったけど、銃を撃つために我慢してがんばった。働いてみて気付いたのは、銃の管理が徹底されていることだった。銃には絶対切れないだろう金属のコードがついていて、それがそのままレジ下の地面に繋がっていた。考えてみれば当たり前だけど、持って帰ったりはできないようだった。銃弾の数、装填した数、発射した数は勤務ごとに記録しなきゃいけないし、退勤時に弾は全部抜いて次の勤務者が装填するというサイクルになっていた。なんかちゃんとしてるなぁと思った。ただまあ、そんなことはどうでもよかった。私は銃を撃ちたいだけなのだ。撃ちたい。早く撃ちたい。ああもう! 早く人に向けて銃を撃ちたいなぁ! あ、いやいや。もちろん迷惑客限定で、ですよ?
 ぱーんぱーんぱーん。私は指を銃に見立てて空に向けて発射する。ぱーんぱーんぱーん。
 それから二か月ほど経って、私もコンビニ仕事に慣れてきた。常連のお客さんとも仲良くなって、意外とコンビニって私に向いてたのかもと思った。けれど来るのは普通の客ばっかりで、迷惑客はさっぱり来てくれなかった。どうやらタイミングが遅かったらしく、全国的に迷惑客は減っていってるようだった。あとコンビニ強盗も減ったみたい。そりゃそうだ。撃たれるんだから。
 迷惑なのも普通なのもいない店内で、ぴゅーぴゅー口笛を吹きながら床を拭く。現実感なんて何もないけど、今日もどこかのコンビニで迷惑客が射殺されている。ありふれた普通のコンビニの中にも、意外と憎悪が渦巻いている。平和だなぁと背伸びしながら、入ってきたお客さんにいらっしゃいませーと声をかける。ちょっとだけ、迷惑客であれと思いながら。誰に向けてのものかもわからない射殺願望を抱きながら、私は今日もレジを打つ。

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