正しい恋の見つけかた (イグBFCver.)
王立特能院によると、僕の能力は一種の召喚系に属するとのことだった。誰でも一つは能力を持っているものだが、召喚はかなりレアだとされている。通常なら、貴重な研究対象として優遇措置を取られてもおかしくないのだが、僕の場合は違った。召喚される物が特殊で、さらに発動条件が不明だったからだ。僕に与えられたのは、王城の裏手の深い森、その中にある一軒の小屋だった。
僕自身は、己の能力の発動条件を知っていた。しかしとてもじゃないが役人などには言えない。信じてもらえないだろうし、心の傷なのだ。初めて人を好きになった時、僕の能力は発動した。そして、その相手を傷付けてしまった。悲劇は繰り返され、僕はもう誰も好きになりたくない。恋に落ちると自動的に召喚が起きる。そんなバカバカしい発動条件、口にできるわけがない。
孤独な生活は快適だった。月明りの森の中を散歩するのは気持ちがいい。目が覚めたときにはいつも泣いてしまうが、ずっと独りきりなのかと苦しくなるが、それでも人を好きにならないで済むのは僕にとって救いなのだ。しかしそんな安息の日々は、あっさりと破られることになった。
ある夜、僕は見てしまったのだ。森の奥の湖、裸の女性が水浴びをしているのを。マズいと思ったが、目を逸らすことができなかった。あまりに美しすぎて、僕は一瞬で恋に落ちてしまっていた。能力の発動条件が満たされたことを自覚する。ざわざわと気配が。上空だ。虚ろから染みだした粒子が寄り集まって、物質となり落下。風を切る音に続いて、どさりと地面が揺れる。老人だ。潰れた頭から脳がはみ出している。つまりは死体だ。僕は泣いた。まただ。またこれだ。人を好きになる度に死体が落ちてくる。こんなやつを誰が愛してくれる? いつもこうやって、僕の恋は始まった瞬間、終わるのだ。
死体が落ちた音が聞こえたのだろう。水浴びをしていた女性がこちらを見た。ローブを纏って近づいてくる。大丈夫ですか? そう問われて、僕は不思議な気持ちになる。死体を前に号泣する男。不審に思わないのだろうか。どうして近付いてこられるのだろうか。まして心配の言葉をかけてくれるだなんて。僕には彼女が女神のように見えた。気が付けば、僕はすべてを話していた。恋をすると死体が落ちてくる能力のこと。今までそれで、散々辛い思いをしてきたこと。もう嫌だ。こんな思いはしたくない。なぜ天は僕にこんな能力を授けたのだろう。それは告解だった。僕は彼女に許しを求めたのだ。こんな僕でも生きていていい。そう言ってほしかった。
僕の声が消えると、彼女もまた泣いていた。そして抱き締めてくれた。胸がぎゅっとなり、どさりと死体が落ちてきた。どうやら僕は、同じ人に何度も恋に落ちられるらしい。「私は、あなたに出会うために生まれてきたのかもしれない」ふいに彼女が言った。それから死体に手を伸ばし、次の瞬間そこには何も無くなっていた。「私は物質を消失させる能力を持っているんです」彼女は微笑む。どさりと死体が落ちてくる。すうっと死体が消える。「私はあなたを苦しみから救うために、生まれてきたのかもしれない」運命。僕がつぶやくと、彼女は目を瞬いた。「運命。きっと、そうだわ。あなたが私の運命の人」彼女の顔が近付いて来て、僕たちは初めてのキスをした。どさりと死体が落ちてきた。
深い森の小屋の中。どうしたら良いのかわからない僕を、彼女がリードしてくれる。すでに彼女は一糸纏わぬ姿で、僕の服を脱がしてくる。どさり、と死体が屋根に当たる音がする。引き寄せられるように、再び口づけを交わす。ずざざ、と死体が屋根から滑り落ちる音がする。縺れるようにベッドに倒れ込み、どすんっと死体が、お互いを愛撫し、ぐちゃっと死体が、本能が僕を動かし、どがっ、彼女の声が響き、どんっずざざっ、僕は果て、どぐちゃぼすっ、それでも夜は終わらず、ずずっどどざんっ、上になったり下になったり、どががどざんっ、幾度となく達し、ずどっどがっざざっがづんっぐぢゃっどばっ……。
翌朝、小屋は死体の山で囲まれていた。しかし僕の心は幸せでいっぱいだった。まさか自分にこんな日が来るなんて。血の匂いすらかぐわしく感じる。死体は彼女が消してくれるが、少しは整理しておいたほうがいいだろう。さてどこから手を付けるか、と僕は死体を見回した。若者、中年、老人。すべて男だ。子供はいないようだった。ふいに、あれと思った。見たことのある顔があった。というよりも、いつも鏡の中にある顔だ。足が震えだす。若い男の死体。歪む視界で何度も確認する。僕だ。どう見ても、それは僕の死体だ。他のも見てみる。中年の死体。老齢の死体。面影がある。将来、こうなるだろう僕の姿。つまりここにあるのは、すべて僕の……。
唐突に理解した。僕の能力。召喚は形式で本質は別にあったのだ。死体は未来だ。こうやって死ぬという可能性だ。恋に落ちて死体が落ちてくる。つまりその恋の先にある姿を、死体が予言しているのではないか?
「おはよう」と声が聞こえた。振り返ると彼女がいた。そっと身を寄せ、耳元で囁いてくる。「しよ」僕は彼女を抱いた。あるいは彼女に抱かれた。もう死体は落ちてこなかった。
恋に落ちると死体が落ちてくる。なぜなら、その先に幸せな未来はないから。それは天からの警告だ。ならば逆に、恋に落ちても死体が落ちてこない相手がいるんじゃないか? それこそが、本当の恋の相手なんじゃないか?
僕はその相手を見つけなければならない。でも焦ることはなかった。僕には彼女がいる。もう彼女に恋はしていないが、彼女は僕を運命の相手と思っている。美しいし、何でもさせてくれるし、お金も持っているらしい。本当の相手が見つかるまで、暫くの間、彼女とは仲良くしていこうと思う。