不死者殺し
最初に使ったのは銃だった。闇夜に紛れて背後に忍び寄り、後頭部に三つの穴を開けてやった。次に毒。食事に竜毒を混ぜ込み、内側から消化器官を爛れさせた。火や水、罠に爆薬といろいろ使ったが、最終的に落ち着いたのはやはり刃物で、頸動脈ごと頸椎を切断したところで、ようやく俺は実感したのだった。この世には本当に存在するのだ。殺しても殺しても殺せない化け物が。
不死者殺し。
そんな二つ名がついたのは五年ほど前だ。
気が付けば俺は売れっ子だった。仕事に困ることがなくなった。望んでいたこと、ではない。俺が殺し屋になったのは、それしかなかったからだ。人殺しなんて楽しくないし、悲鳴はいつまで経っても聞き慣れない。それでも俺は腕を磨き続ける必要があった。もっと新しい殺し方はないか。もっと意外性のある殺し方はないか。俺は常に考え続けている。
「ねぇパパ?」何だい?「よんだだけー」何が楽しいのか、ベルはけらけら笑っている。
俺の娘。血の繋がらない俺の家族。まさか自分がそんなものを持てるとは思わなかった。全てはこの子の為だ。殺して殺して殺し尽くす。ベルの幸せのためなら、俺は何を犠牲にしても構わないと思っている。
「ねぇパパ。おかあさんってどんな人だったの?」唐突な質問に俺は戸惑う。美しい人だったよ。かろうじてそれだけ答えると、ベルは首を傾げた。「うつくしい?」そう、彼女は美しい人だった。
「ねぇ殺し屋くん。私を殺してくれないかな?」ベルの母親の声が蘇る。「君は真面目だなぁ」「殺し屋のくせに、結局全然殺せてないよね」「ほんとに君は、私のことが好きなんだねぇ」「最後のお願い聞いてくれないかな?」ベルの母親は、死ぬ間際に俺にベルを託した。「君にしか頼れないんだ」俺は頷き、おやすみと彼女の名を呼んだ。幸せそうにベルの母親は息を引き取った。
ベルは俺の全てだ。そしてベルには俺しかいない。殺し屋を続ける限り、危険は常に傍にある。恨みだって買っていることだろう。それでも俺は。
「不死者殺しともあろうものが油断したな」闇の気配を纏った散眼の男が、俺に銃を向ける。「まさか俺がお前を殺せる日が来るとはな」
事務所代わりの潰れたバー。依頼人だったはずの男は、実のところ刺客だったわけだ。いくらだ、と俺は問う。その倍を払おう。「話が早い、と言いたいところだが、もうお前が死ぬのは決まってるんだ。おっと動くなよ。お前さんの恋人が大事ならな」大柄な男が店に入ってくる。その腕にはベルが抱かれていた。失態だ、と俺は歯噛みする。まさかねぐらまでバレていたとは。「ぐっすり眠ってるな。起こしちまうのは可哀想だから、静かに死んでくれよ」男は俺を嘲笑う。「殺し屋が大事な者を作ってどうすんだ。お前、馬鹿だよなぁ!」
全く同感だよ。俺はゆっくりと立ち上がる。「なっ待て、動くんじゃねぇ!」その声の大きさにベルが目を覚ます。「……ん、パパ?」俺の手が、まるで操られているかのように滑らかに走る。空気を切り裂きナイフが飛ぶ。散眼の男の耳を掠め、その背後へと。「ひっ」と大男が身動ぎする。
ずぶり、と。ナイフが突き立ったのは、大男の心臓ではなかった。その位置にはベルの顔があった。ごとり、と地面に落ちるベル。光のない半開きの目。眉間に深く突き刺さったナイフ。まるで命が漏れ出るように、じわりと血だまりが広がっていく。「お、お前、何して」馬鹿なのはお前らだ。俺は嗤う。殺し屋が人質を気にするとでも思ったのか?「そ、そんな」それが最後の言葉だった。男たちが呼吸を出来なくなるまでに、それから三十秒もかからなかった。
不死者殺害の依頼を受けたのは十五年前だ。
そこからの十年、俺は毎日彼女を殺した。銃、毒、火、水、罠、爆薬、刃。他にも様々な工夫を凝らして、殺して殺して殺し尽くした。彼女が何故、まだ駆け出しだった俺を選んだのかはわからない。いずれにせよ、死を望んだのは不死者自身だ。私を殺してくれないかな? その一言、その俺への依頼から、彼女と俺の関係は始まったのだ。
「あれ、パパ?」俺の腕の中でベルが目を覚ます。「ここどこ?」列車だよ。引っ越しするんだ。「おひっこし?」ベルが目をこする。まだ眠そうだ。
だが俺には彼女を殺し切れなかった。殺しても殺しても殺せない彼女が死んだのは、自ら死ぬ手段を発見したからだ。不死者は子を産むと死ぬ。古い文献にあった不確かな伝承。死に憧れた不死者は、俺に何の相談もしなかった。どこからか種を調達してきて、知らぬ間に孕んで、ベルを残して彼女は死んだ。ただただ幸せそうに、死んだ。
不死者殺しと呼ばれるようになったのはその頃からだ。殺せなかったのに。ベルビーの願いを、俺は叶えてあげられなかったのに。
「ねぇパパ?」何だい?「あのさすやつ、またやってね。きもちかった」頭を撫でてやると、ベルは再び寝息を立て始めた。さっき殺されたのが嘘のように安らかな顔で。
子を産んで不死者が死ぬのは、その不死性が子供へと受け継がれるからだ。
死なないベルにとって、被殺は娯楽だ。俺は腕を磨き続けなければならない。もっと新しい殺し方。もっと意外性のある殺し方。全てはこの子の為に。だが、と俺は思う。この子の本当の幸せとは一体何なのだろう。いつかこの子も死に憧れるのだろうか。可死者の俺には、きっと永遠にわからない。
おやすみベルビー。いつかと同じように、俺はこの子の名を呼んだ。