松井文のうた と 私の窓
折坂悠太、夜久一との「のろしレコード」でも知られるシンガーソングライターの松井文の新作『窓から』を聴いた。
今回はギターでの弾き語り。ライブで歌ってきたうた、バンドで録音したうた、高田渡も歌っていたうた、そして新しいうた。
シンプルなだけに聞きなれた歌も輪郭が露わになって、新しい景色を見せてくれる。
彼女は数年前から、バンド「松井文と他人」を始動させている。私はバンドで歌う松井文が好きだ。技術的な面はもちろんおおらかな演奏をするメンバーに恵まれ、その世界ばかりか表情まで鮮やかなに輝いて見えるからだ。
人見知りで言葉少なにしていた女の子が、ステージに立って歌いだすととたんにキラキラし始める。あの感じにも似ている。臆病なのに、いや臆病だからこそ大胆なのかな。そこは間違いなく彼女の魅力だ。
最初のころ彼女は、「少年性と女性性の間を行き交う歌声」と紹介されていた。でも、今はあたらない。一人の女性としてのふくよかさをたたえながら、より細やかに人のありようを見つめている。
彼女にはルーツをリスペクトする歌い手としての姿もある。今回は、高田渡の歌で知られる<ウイスキーの唄>(詞曲 朝比奈逸人)を歌っている。
“死ぬまで生きてやる”というフレーズに、30代の自分なりのリアリティを盛り込んでいて、なかなかすごい歌い手だと思った。
余談ながら飲まなくなったといわれる若い世代は、酒のうたをどのように歌い継いでいくのだろうか。
重ねて余談になるが、彼女は火曜日にゴールデン街「O2」で日替わりママさんをしている。お酒を介したいくつもの人間模様も、いくらかうたの栄養になっているだろう。
窓が意味するもの
「窓から」というタイトルは、私を刺激するフレーズでもあった。
小さいころ、私は雑居ビルの4階に借りた6畳ほどの2つの洋間を行き来しながら暮らしていた。
こじんまりとした流しのついた一つの部屋には窓がひとつしかなかったが、私はそこから眺めた景色を今も忘れない。窓の向こうでは、いつも多くの人生が行き来していた。
窓は、自分と世界を隔てるものであると同時に、世界へと広がるスクリーンだ。
いまの松井文にとって窓は後者だろう。
いま私には窓辺を開け放ち、次の歌と未来に手を伸ばしている彼女が見える。
新曲の<うぶごえ>には、そんな今の彼女がよく表れている。彼女自身と、うたとが確かに糸で結ばれた。そんな確かな感触があった。
彼女が年月とともに紡いでいく、”松井文のうた”をこれからも聴いていきたい。
アルバムは2023年12月20日からライブ会場、全国のCDショップ、オンラインでも発売されます 。
一人ひとりの”窓”を感じながら聴いてみてはいかがでしょう。
http://piggyma.jugem.jp/
松井文 プロフィール
何げない情景から、人と人との関係性を鮮やかに描き出すシンガーソングライター。大胆なのに繊細、頑固かと思えば軽やかで、そっけないのに愛が深い。嘘の言えないその歌で、聴く人に確かな足跡を残す。平成元年、横浜生まれ。2012年、1stアルバム『あこがれ』をリリース。その後、折坂悠太、夜久一とともにレーベル&ユニット「のろしレコード」を立ち上げ話題に。初めての7inchシングル『NOT MYDAY』をきっかけに、2022年からバンド「松井文と他人」を本格始動。2023年末、自身の原点であるギターの弾き語りだけのアルバム「窓から」をリリース。