パパ達の育児交換日記 (No6)
ステイホームで家族と一緒にいる時間が増えたパパ達が増える中、この機会をこれまでの育児、そしてこれからの育児や家族との時間、仕事と家庭の両立などを見直すきっかけとなるように、これまでの経験や感じたこと、思っていることなどを、三重にゆかりのパパ達が「交換日記」のように気楽に綴っていこうと始まったこの企画。第6回目は「カエルのおっちゃん」が再びバトンをつなぎたいと思います。
交換日記の他のパパの日記を読むと、改めて「パパ」という同じ立場でも、子育てや家族に対する考え方はそれぞれだし、家族の状況によっていろいろだなあって感じますし、なるほどなぁ~って参考になることがたくさんあります。「パパとはこうあるべき」という一つの形に捉われることなく、それぞれの家族に応じたパパの姿があるんだなあと思う反面、姿は異なれど家族への想いは共通だなあってことも感じました。
さて、自分にとって2回目となる今回の交換日記は、「男性の育児休業」をテーマに書いていきたいと思います。少子化対策の切り札として、国も積極的に推進している「男性の育児休業」ですが、自分はこれまで3回の育児休業を取得してきました。1回目は次男が産まれた平成22年。2回目は三男が産まれた平成24年。そして3回目は四男が産まれた平成27年。それぞれ誕生から約一ヶ月の育児休業でした。
3回の育児休業には、それぞれ想い出がありますし、それぞれに楽しかったこと、悩んだこと、気付いたことがありますが、振り返ってみて一番印象に残っているのは、やはり初めての取得の時でしょうか。もう10年前になりますが、当時は今以上に「男性の育児休業」を取得することは珍しく、「どうして取得するの?」とか、「仕事は大丈夫なの?」とか、色々と言われたものでした。
初めての育児休業は、次男の誕生した日から始まりました。当時2歳だった長男。産まれた瞬間からずっとお母ちゃんと一緒の暮らし。お腹に次男が授かって、お母ちゃんのお腹が大きくなっていっても、お腹をナデナデしながら「早く大きくなあれ」っていつも言ってくれていました。赤ちゃんが誕生したら、自分の立場はどうなるか、幼い長男に分かるはずもありません。
次男が誕生したのは早朝7時過ぎ、前夜は妻と自分、長男は妻の実家に泊まっており、5時過ぎに陣痛がきたため、まだ寝ていた長男を妻の両親に任せて、妻と自分が2人で助産所に向かいました。長男の時は、同じように朝に助産所に行って、産まれたのは19時くらいだったので、今回も夕方かなあと思っていたら、助産所についた途端、もうだいぶお産が進行しているとのことで、すぐに臨戦態勢に。そして、1時間もしないうちに次男誕生となりました。
長男が助産所にやってみたのはお昼前。起きた時に近くにお母ちゃんも自分もいなかったので、さぞビックリしたことと思いますが、妻の両親によると特に泣くこともなく、朝ご飯を食べて助産所に来たとのことでした。それでもお母ちゃんの顔を見てホッとした表情をしていたし、心細かったことでしょう。
しかし試練はこれからです。妻は次男と一週間、助産所で寝泊まりすることになるので、長男は自分と二人、家に帰ってお母ちゃんと産まれて初めて離れて過ごす生活が始まります。帰宅する車の中が大変かなあと思っていましたが、案外スムーズに一緒に帰ってくれたのにはまずビックリしました。そして、一緒に夕食を食べ、お風呂に入っても、特に泣くこともなくいつもと一緒。「案ずるより・・だなあ」ってホッとしたものでした。
そして、寝る時間になり、「そろそろ布団にいこうか」といったとき、異変が起こりました。長男は布団に行くことを断固拒否し、テレビをボ~っと見たり、絵本を眺めていたり。何度呼びかけても寝に行こうとしません。そのときはじめて、長男は小さな体でお母ちゃんがいないことを我慢してきたけど、いつも一緒に寝ていたお母ちゃんがいないのを思い出すのが嫌で、寝に行くのを拒否しているだなあって気付きました。
その後の長男との一ヶ月の密着生活。正直、育休を取る前は「何とかなるかなあ」と軽く考えていたところがありましたが、実際にずっと子どもと一緒にいる生活がどんなに大変か、特に精神的に大変なことを改めて気付かされる毎日でした。
その生活の様子は・・・、これ以上は長くなりそうなので、また次回の順番の時に書きたいと思います。
男性育休を取ることは、単に子どもの世話をするための時間としてではなく、その後、夫婦で育児をしていくうえで、とても大切なことが学べる、貴重な期間です。もし迷っている男性がいたら、ぜひ取得するのをおすすめします。
(これまでのパパ達の育児交換日記)
No5 がりがりくん編
No4 ぜんた編
No3 夢旅人編
No2 カッパのおっちゃん編
No1 カエルのおっちゃん編