パリとゴダール映画の思い出①中国女
フランスの映画監督ジャン・リュック・ゴダールが9月13日に亡くなりました。
享年91歳。悲しいというより、彼が生きていた時代が終わったさみしさを感じます。
生きていても会えないかもしれませんが、生きていればどこかですれ違うことがあるかもしれません。
彼がどんな映画を残したかは、詳しい人たちがたくさん書いていますので、わたしはゴダール映画にまつわる個人的なお話を綴ろうと思います。
2001年5月20日。
成田空港ではじめて飛行機に乗り、はじめての海外へ飛び立ちました。
行先はフランスのシャルルドゴール空港です。
24歳のわたしはパリで1か月の短期留学をしました。
17区にあるテルヌのご家庭にホームステイして、語学学校に4週間通い、その後の数日間はプロヴァンス地方を旅しました。
語学学校の授業は午前中だけで、午後は観光。
パリには美術館やモニュメントなど、たくさんの観光名所があります。
1つの美術館に何時間でも好きなだけ滞在できたのは、本当に贅沢でした。
観光地だけでなく、買物をしたり、観劇したり、映画も観ました。
「パリの映画館で観たゴダールの映画はなんでしょう?」と聞いて、当たった人はいません。
『中国女』というのは意外なんでしょうね。
短期留学の最後、プロヴァンス地方の旅から帰ってきて、最後の1日はパリで過ごしました。
泊まったバスティーユのホテルは値段相応の汚さだったけど、監獄ではありません。
ホテル従業員がわたしの大きなスーツケースを軽々と持ち上げて部屋まで運んでくれました。
眉間でくっつきそうなふさふさの眉毛で、大きな目の瞳はグレーがかって、おそらく中東系の人。
ひとことで言うと好みの男性でした。
前置きが長くなっていますが、この文章を書くためにわたしは約20年前のフランス滞在時の資料や日記を見ています。
だけど、最後の2日間は日記を書いていません。少しでもパリを楽しみたかったのだと思います。
それゆえ、どの映画館で観たのか正確な記録が残っていないのですが、映画『勝手にしやがれ』に出てくるモンパルナスの映画館だと記憶しています。
パリの警察にマークされたパトリシアが、後をつけてきた刑事から逃れるために入った映画館。女性トイレから外に脱出します。
その映画館でゴダール特集をやっていたのです。
有料かフリーか忘れましたが、映画の上映情報が載っている冊子を見て、どれか1作観ようと思ったのですが、フランス語のタイトル(原題)がわかりません。
海外で使える携帯電話を借りていましたが、当時は会話しかできない電話です。ホームステイ先にいたときはホストファミリーに聞いたり、ネットで調べてもらいましたが、もう家を出てしまっています。
その頃のわたしは(今もですが)、ゴダールの作品を網羅していなくて、ぱっと見でわかったのが『Pierrot Le Fou(気狂いピエロ)』と『La Chinoise(中国女)』でした。『気狂いピエロ』はすでにレンタルビデオで観ていたし、スケジュールの都合上、観られるのは『中国女』でした。
パリ滞在中、わたしは日本人というよりはアジア系の人だと思われることが多く、なぜかわからないけれどプチバトーの赤いカットソーを着ていると「中国人だ!」と言われることがありました。
パリに住んでいる中国人なんて珍しくないし、そもそも中国人じゃないので振り向きもしませんでしたが。
「わたしがどの国の人だっていいじゃん、だって美人でしょ」くらいに思っていました。
そんな高飛車になっていた理由はまた別の作品の時に書くとしまして…。
ちなみに、フランス語には男性名詞と女性名詞があります。
日本語なら、女性でも男性でも『中国人』ですが、フランス語だと男性の中国人が『le chinois(ル シノワ)』で女性の中国人が『la chinoise(ラ シノワーズ)』です。(ジェンダーの多様化でそのあたりはどうなっているのかなぁ)
だから、中国女に見られるわたしが『中国女』を観に行くのはどうなのだろうとチラッと思ったのですが、もう明日には帰るんだし、いい思い出になるだろうと思って観に行きました。
フランス国内でもゴダールの人気があることは知っていたので、早めに行って並びました。平日の日中だけど、お客さんは入っていたと思います。
ここで『勝手にしやがれ』の撮影がされたんだと思うと感慨深く。。フランスは日本より地震が少ないし、古い建物がたくさんあります。
2001年の段階で、60~70年代の映画に出てきた建物をいくつか見ました。もちろんまったく変わってしまったところもあるけど。
そして、映画がはじまります。
『中国女』の予告だけは観ていたので、♪マオマオ! というフレーズは頭にありました。(今ならyoutubeで予告がタダで見られます。)
マオというのが毛沢東で、マオイズムという言葉があるのも知っていました。
語学学校の後半(6月)にアメリカ人が短期留学でたくさん来たのですが(長期休暇中に短期留学をする社会人がけっこういたようです)、60代くらいの哲学者らしきジョンという男性が、ブッディとかシントイズムとかマオイズムとか言って、けっこうめんどくさ…いや、知識人でした!
だから、なにか思想の映画なんだろうなと思って、カラフルでわけわからん映像を眺めていました。
おしゃれな映画なのでまったくあきないのですが、何をしゃべっているのかまったくわかりません!
日常会話が多い映画だと雰囲気でわかる部分もあるのですが、これはお手上げです。
音楽が流れるときだけ、♪マオマオってノッていました。
本当に99%わかりませんでした。
ひとつだけ言えるのは、旅先の映画館で映画を観るというのは、内容が全然わからなくても、一生ものの思い出になるということです。
日本に帰ってきたあと、わたしは『中国女』をレンタルビデオで借りて観ました。
しかし、日本語字幕付きで観ても、さっぱり意味がわかりませんでした! というのがオチです。
※タイトルの写真はホームステイ先で使わせてもらった部屋。