とやまの見え方・酒井忠康さんの著書「芸術の補助線」から見えてきた富山

2022年12月10日投稿

 いつもの書店で、書棚の間を回遊していて、「みすず書房」の棚の前に来ました。
  この出版社のものは上品でシンプルな装丁に誘惑されるのですが、内容は難しくって、いつも背表紙を眺めただけで素通りしています。

 まあ、たまには良いかなぁと、その日は、これも難しそうな題名でしたが、「芸術の補助線 ―私の美術雑記帖」(酒井忠康著)を手に取りました。

 美術随筆の短文集でした。書名の“補助線”ってことは、芸術理解の助けになる視点ってことかな?と、目次を立ち読みし始めたら、終わりのほうに「先用後利」と題する短文がありました。なんだか闇夜に提灯の灯を見つけたように安心して、いささかの躊躇を振り切って購入しました。

 「先用後利」とくれば、富山の薬の話だろうと、その記事は後回しにして他を読み進めたら、思いがけずいくつも富山が出てきました。それを、ところどころ端折りあるいは補充しながら引用してみます。

 その1 「ある彫刻家の虫籠」という短文より
 横須賀美術館で「父、若林奮」展がひらかれ、地階の所蔵品ギャラリーの平ケースをのぞくと、若林さんが娘二人に贈った手づくり《パスポート》と《運転免許証》があった。ふと、瀧口修造氏の《リバティ・パスポート》を連想した。
(千田注: 瀧口さんは富山県出身。《リバティ・パスポート》は富山美術館に収蔵だったかな?)

 その2 「展覧会余話」という短文より
 世田谷美術館で開催した「瀧口修造 夢の漂流物」展は富山県立近代美術館と企画したもの。
(千田注: この展覧会を私は富山で見た)

 その3 「カフェ・クーポールでの集合写真」という短文より
 せんだってまで開催されていた「金山康喜のパリ」展(世田谷美術館)で二枚の古い集合写真に接した。
(千田注: 金山さんは旧制富山高校出身。この展覧会は富山でも開催され、私は富山で見た)

 その4 「佐伯彰一氏のこと」という短文より
 何か落ち着かない気分で仕事初めのために勤務先の美術館にやってきて、佐伯彰一氏(前・世田谷文学館館長)が亡くなられた話を耳にした。
(千田注: 佐伯さんは富山県出身)

 と、こんな具合です。

 さて、後回しにした肝心の短文「先用後利」ですが、酒井さんは次のようなことをお書きになっていました。

 ずいぶん昔の話だが、この「先用後利」の仕組みで版画の普及をこころみた人がいた。この人は現代美術の収集家兼批評家であったが、才能をもった若いアーティストを支援する目的で、彼らに版画を制作させて、それを頒布する会の主宰者でもあった。
 この頒布会の会員になると、目録をみて注文し、その代金を支払うと作品が額に収まって配送されてくる。一年経つと、その作品の値が上がったので引き取ります、と言って買い取り、別の作品を置いていくのだという。
― 聞きかじりの話なので正確ではないが、わたしはこの人の版画普及の仕組みは、富山の置き薬の方式にヒントを得たのではないかと思っている。

 なるほどねぇ、そうきたか…、富山の売薬さんの仕組みとはちょっと違うような気もするが、この頒布会の主催者は、資金の回収も確実で早そうで、商売上手ですねぇ。

 そしてここで、私は大いに合点したんですよ。

 つまり、富山県人には聞き慣れ、見慣れ、手垢のついたような言葉“先用後利”も、補助線の引き方しだいで、新しいビジネス・モデルが見つかる、ということになりやしないか。

 書名の“補助線”というのは、大変に示唆に富んだ言葉でありました。

(引用参考文献)
『芸術の補助線―私の美術雑記帖』酒井忠康著 みすず書房 2021年3月刊

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