とやまの見え方・北のシュルレアリズム、瀧口修造のデカルコマニー

2023年8月10日投稿

瀧口修造のデカルコマニー作品「私の心臓は時を刻む」IVわたしを見よ(Behold me!)  1962年制作[富山県美術館収蔵]より。許可なく無断転載を禁じます。

 いつもの書店で、「時を超える美術『グローカル・アート』の旅」(新見隆著)という新書を手にしました。

 日本と外国の美術館を巡るエッセイ集で、20の章立てになっています。ペラペラと目次をめくったら、ニューヨークやシカゴなどに並んで富山が8番目に出てきました。それは「北のシュルレアリズム、瀧口修造のデカルコマニー ―富山」の章で、次のような書き出しで始まります。

 美術史の方面では、学生がまず読まなくてはならない必読書がいくつかある。その一つに、ドイツの美術学者ヴォリンガーという人が二〇世紀の始めに書いた「抽象と感情移入」がある。題名からしてがいかにも難解そうだが、私は学生にナーニ難しく考えるこタアないヨ、ただの風土論だと解説する。

  それによると、ヨーロッパの風土を南と北に分けるとのこと。要約すると、南は暖かい風土で、地中海の古代文明が生まれた地帯。ギリシャ、ローマ、ラテン語系を話し、旧教カトリックを信奉する。フランス、イタリア、スペイン。現世肯定的で、造形においてリアリズム具象が流行る。

 北は、寒い風土、ルネサンスあたりでルターによる宗教改革でプロテスタントが出てきた地帯。アングロ言語系、人種的にはゲルマン系、イギリス、ドイツ、オランダ、北欧。そして、造形における抽象=現実に見える世界を写しとらない。

 そして、著者によれば、

 エラく単純な話だが、この風土論が正鵠を得(ママ)ているかどうかは別にして、南北に長い日本列島には当てはまりやすい、というよりそう考えやすいのもたしか。

 と、前置きがあって話に出て来るのが、瀧口修造(1903-1979)です。日本のシュルレアリズムの先導者、富山県出身の詩人、美術評論家、そしてデカルコマニーという美術技法をもちいて沢山の作品を残している人です。富山県美術館では、特別の一室に瀧口の交友関係に由来する収蔵品がびっしり展示されています。

 デカルコマニーというのは、

 心理学で使うロールハッシャテストに近い代物で、子供の絵の具遊びとも言えばいえる。ツルツルした紙に絵の具を水を含ませて載せ、その上に紙を押し付けて、少しぐりぐりとすり合わせて、あとは一気に剥がしとる。(ロールハッシャでは二つ折りにするから、同じ模様が左右に広がる)
 浸透圧で絵の具は、不可思議な真空間を泳ぎ回って、やがて驚異的な見たこともない、宇宙図か海底絵巻かそんな模様になる。

 そして著者の新見さんは、おっしゃる。

 富山という町のしっとり感と控え目な風情に瀧口的なものは感じられるようだ。瀧口の作品が日本の地方近代美術館では破格に先験的で本格的だった。富山県立近代美術館(現在の富山県美術館)に収蔵されているのも縁なしとはしない。

 で、この瀧口論が「北のシュルレアリズム、瀧口修造のデカルコマニー ―富山」と「富山は北の地」となっているのが面白い。地図を見ると、富山は、日本列島で北というより真ん中じゃなかろうか?どうやら、雪国=北というイメージなのかしら?

 ま、南北の風土論は、それもそうなんだけど…、デカルコマニーには、作成の過程で“剥がしとられた片割れ”があるはずだけど、富山の美術館の瀧口の作品展覧では、作品とその“片割れ”が“対”で展示になっているところは見たことがありません。製作の過程で“剥がしとられた片割れ”は、「お役御免」と捨てられるのでしょう(と、私は思っていました)。

 ところが、私が足繁く通った県立近代美術館で見慣れていた瀧口のデカルコマニー作品―それは青い絵の具の作品なんだけれど―それの“剥がしとられた片割れ”と思しき作品を、10数年前に富山市内のギャラリーで売りに出ていたのを目にしたことがあるのです。

 某日のこと、壁に飾ってある瀧口と明示されている売り物のデカルコマニー作品を、私が指さしながら、
「あれっ?これって…」と、言いかけると、我が意を得たりとばかりに、ギャラリーのオーナーが
「千田さん、珍しいでしょ?県の収蔵品の“片割れ”にしか見えないのよ」
「本当だねぇ、これって、県の“片割れ”だよね」
「そうでしょ?」とオーナーは、私に賛意を求めます。
「並べて“対”にして展示したら面白いなぁ」
 そして、商品であることも忘れて、
「美術館に寄付したらどうですか?」と、私は腕組みして、何度も見直しました。

 …あの“片割れ”は、一体全体なんだったんだろう?

【千田注】新見氏は、フランス語読みの「シュルレアリスム」ではなく英語の「シュルレアリズム」とあえてお書きです。

(引用参考文献)
『時を超える美術「グローカル・アート」の旅』 新見隆著 光文社新書 2022年11月刊

<お知らせ>
現在、NHKで連続テレビ小説「らんまん」が放送中です。当連載の「とやまの見え方」でも牧野博士と富山との関連記事が掲載されています。2021年5月10日号【牧野富太郎博士と、新川県、玉露】


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?