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小説「年下の男の子」-9
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第11章-1「苦悩」
自宅に帰ってからも、井田正史は燈中由美が帰り道に言った言葉が忘れられなかった。
「アタシ、井田くんのことが好き。好きなの。きっと中学の時から、いや、もしかしたら小学生の時からかも」
井田は今は、原田朝子という、中学時代は女子バレー部の主将、今は吹奏楽部の部長という2つ年上の彼女がいる。
しかも告白は原田の方からという、ちょっと前には思いもしないシチュエーションだ。
勿論、吹奏楽部に入った井田に断る要素など何も無く、すぐに2人は付き合い始め、何度かキスも交わす仲になった。
だが周りには徹底的に秘密にした交際だった。
そんな時に突如、小学校の時からの幼なじみであり初恋相手で、中学校では女子バレー部の主将だった燈中由美から、突然の告白を受けた。
燈中は中学時代に女子バレー部の主将だった原田に憧れていたので、、原田を追ってN高校に入り、女子バレー部に入ったものの、原田はN高校の女子バレー部にはおらず、吹奏楽部に転部していた。
燈中も原田がいない状況に戸惑いながら、女子バレー部に入ったのだが、上級生に他の部員の前で恥ずかしい思いをさせられ、直ぐに退部を決意し、原田のいる吹奏楽部へと移ってきたのだ。
しかし、まさか燈中が井田に告白してくるとは…。
(これが2年前なら、何の問題もなく受けれたのに。燈中さんの告白を…)
井田はニュースステーションをボーッと眺めながら、原田に電話を掛ける時間を待っていた。後半のスポーツニュースになった頃から、井田は心臓がバクバクしてきた。
井田が原田の下駄箱に残してきたメモには、今日の帰り道に燈中と話したことを報告するからね、と書いたのだ。
だが、突然の告白を受けたことを、報告するべきなのかどうか…。
井田が緊張しながら、11時少し前に電話機を親から聞こえない部屋まで引っ張って、原田の家の電話番号を回そうとしたその瞬間、突然電話のベルが鳴った。
井田は心臓が飛び出るかと思うほど驚いたが、もしかしたら原田が気を遣って、先に電話を掛けてくれたのかもしれないと思い、深呼吸してから受話器を取った。
「…もしもし?」
「夜分恐れ入ります、私はN高校吹奏楽部で部長をしております原田と申しますが、正史くん、いらっしゃいますでしょうか」
「…朝子?」
「あ、正史くん?」
「朝子、会いたかった…話したかった…」
井田は物凄く悲しげな声で話した。
「どうしたの?正史くん、何かあったの?」
「…あり過ぎなんだ」
「電話で大丈夫なの?もし良かったら、アタシ、外に出れるよ?」
「大丈夫なの?女の子なのに」
「今から遠くへ行く訳じゃないもん。正史くんのお家とアタシの家、すぐ近くじゃん。中間点の公園で待ち合わせる?」
「朝子が大丈夫なら…」
「じゃあ、今から家を出るね。5分後位でいい?」
「う、うん。ゴメンね」
「いいよ。気にしないでね」
原田はそう言って、受話器を置いた。
井田も慌てて受話器を置き、パジャマからジャージに着替えて親が寝ているのを確認してから、そっと玄関を出た。
第11章-2
待ち合い場所にした公園に井田が着いたら、先に原田がジャージ姿で着いていた。
「あ、正史くーん!」
原田が井田の姿を見付け、笑顔で大きく手を振った。その笑顔が、井田の胸を締め付ける。
「朝子〜」
「正史くん、今日は一緒に帰れなくて、寂しかったんだから。今日のキス、して…」
原田が井田に抱き付いてきた。
2人は唇を合わせた。
心無しか、普段よりキスの時間が長いように思えた。
ジャージ姿で抱き付かれたせいで、原田の胸が井田の胸板に当たる。だがむしろ原田は、キスしながら抱き合う力を込めてくるようだった。あたかも胸を押し付けるかのように…。
いつもより長いキスを交わし、2人は唇を離したが、抱き合ったままだった。額を合わせて、原田が言った。
「正史くん…。今日の帰り、何があったの?」
「…あのさ、俺がもし他の女の子から告白されたりしたら、朝子はどう思う?」
「えっ?んーっと、ちょっとアタシ、その質問に、急に心がザワザワしてるんだけど、どういう事があったの?教えてくれる?」
原田は抱き合ったまま、少し不安気な表情になった。
「心配…だよね。今日の帰り道に何があったか…」
「燈中さんから、何か言われたの?」
「……うん」
「…アタシ、正史くんを信じてるから、教えてほしいな。どんなこと言われたとしても…」
「…あのさ、告白された…」
抱き合ったまま、井田の顔を見ていた原田は、暫く無言だったが、井田の右手を掴むと、自分の左胸へと導いた。
「えっ…」
原田の胸に、井田の右手が触れている。偶然腕を組んだ時に、原田の胸に井田の腕が当たることはあったが、今は違う。
明らかに、原田は自分の左胸に、井田の右手を誘導して、触らせた。
ジャージと、ソノしたには多分Tシャツがあり、更にその下にはブラジャーを身に着けているはずだ。そのブラジャーの縁取りが分かるほど、朝子の胸の大きさが井田の右手に伝わるほど、原田は井田の右手を左胸に押さえつけた。
井田の心臓が爆発しそうなほど、ドキドキしている。同時に原田の心臓のドキドキも、井田の右手に伝わってきた。
「…アタシの心臓のドキドキ、分かる?アタシ、正史くんのこと、大好きだよ。こんなことしても全然嫌じゃ無いよ。もっと、アタシに触れても良いよ?」
「お、俺も、朝子のこと…」
「でも、今は正史くん、心が揺れてる」
「そ、そんなこと無いって」
「んもう、アタシ、伊達に正史くんより2歳上じゃないよ?正吏くんの心の中なんて、すぐ分かっちゃう」
原田はそう言うと、左胸へと導いた井田の右手を、背中に戻した。
「でも正史くん、アタシ達は、大丈夫だよね?」
「うん。そこは安心して」
「だとしたら、燈中さんにはどう言って告白を断るの?」
「えっ…」
「燈中さんは、どう言って正史くんに告白したの?」
井田は原田に核心を付かれ、咄嗟に返す言葉が出なかった。
「と、とりあえず座ろうか」
「そうしようか」
2人はベンチに座った。
そこで井田は、一呼吸おいてから、燈中との帰り道で燈中に言われたことを、全部包み隠さず話した。
「ふーん…」
原田の表情は、一言では表せない、複雑なものだった。
「アタシ、正史くんを信じてるから。でも正史くんも、心が揺れてるのは、痛いくらい分かるんだ」
「いや、俺は朝子を大事に…」
「無理しないで。燈中さんは正史くんの初恋相手でしょ?小学生の時からずっと一緒で、彼氏に裏切られ、高校の女子バレー部でも夢が破れた後、正史くんを頼って吹奏楽部に入って、すぐ告白するなんて、流石燈中さんだよ」
「……」
燈中の性格を分かっている原田だからこそ言える言葉だった。
「そんな子から好きと言われて、直ぐに跳ね返せるわけ、ないでしょ?アタシ、年齢の面で既に2年のハンディがあるんだよ?」
「…2歳差がどうとか、それは言わない約束じゃん」
「でも、でも…ツラいよ、アタシは。アタシがどうしても正史くんより先に吹奏楽部は引退するし、先に卒業するし。燈中さんは正史くんと同期じゃん。ずっと卒業まで一緒だもん。アタシが不利なのは一目瞭然だよ…」
我慢していたのか、原田は声を殺して泣き出した。
「あ、朝子…、不利だなんて言わないで…」
「正史くん…」
原田は井田に抱き付いて、泣きながら言った。
「アタシ、アタシ、正史くんが、大好き。この気持ちは燈中さんに負けないつもり。ねえ正史くん、好きって言って…」
「う、うん。朝子、好きだよ、大好き」
「ウウッ、正史くん…」
原田は井田の肩で涙を拭いながら、なおも我慢していた気持ちを吐き出す為に、泣き続けた。
井田は原田の頭を撫でてやることしか出来なかった。
第11章-3
井田が次の日の部活に行くと、原田は珍しく来ていなかった。
先に来ていた副部長の田川雅子に聞いてみたら、体調が悪いから、部活は休む、と言われたそうだ。
(…絶対、俺のせいだ…)
井田はユーフォニアムを準備しながら、頭の中では混乱が続いていた。
そこへ燈中がやって来た。
「お疲れ様です!昨日入部させて頂いた燈中です。…原田先輩は?」
燈中は音楽室内をキョロキョロと見回して言った。
「あ、ちょっと用事があって、今日は休みなの。アタシが今日は代わりに案内してあげるね。今日はトロンボーンの体験だったよね」
田川が副部長として、燈中を案内していた。
「トロンボーンのパートリーダー、来てるかな?」
「はいはい、燈中さん!待ってたよ~。昨日はサックスだったけど、今日はトロンボーンの魅力を教えてあげるからね」
と、トロンボーンのパートリーダー、3年生の橋本千里が燈中を連れて行った。
その間、井田はあえて燈中に目を向けなかった。
原田が部活を休むなんて、余程のことだ。
井田は後悔の念にさいなまれていた。
ユーフォニアムを楽器ケースから出そうとしたところで、井田は再びユーフォニアムをケースに仕舞った。
そして副部長の田川に申し出た。
「田川先輩、ちょっと俺も体調が悪いので、今日は帰らせて頂いて良いですか?」
「あれ、井田くんもかぁ。今日はユーフォの2人とも、調子が悪いんだね。まさか!昨日の部活で悪いものでも食べたんじゃ無いの?2人だけで…」
と言いながら、田川はウインクして、井田の早退を認めてくれた。もしかしたら原田は交際については秘密厳守だと言いつつ、田川にだけは打ち明けているのかもしれない、と思った。
「スイマセン、お先に失礼します」
井田は頭を下げ、音楽室を飛び出し、地元の駅に戻った。
(もしかしたら、朝子は公園にいるんじゃないか…)
原田の性格上、部活を休んだからと言って、そのまま自宅に直帰するわけはないと、井田は思った。
そう思い、昨夜思いをぶつけ合った公園に行ってみたが、そこに原田の姿はなかった。
(ここじゃ無いのか?)
井田はそのまま駅に向かい、列車の終点駅を目指した。
(喫茶店にいるんじゃないか?)
終点までがもどかしかった。
終点の駅に着いたら、井田は我先に改札を突破して、喫茶店を外から覗いた。
(朝子!ここにいたんだね)
原田はいつも井田と座るテーブル席ではなく、カウンターに座っていた。マスターに話を聞いてもらっているような感じだった。
井田はその場に入り込んで良いのか迷ったが、見過ごして帰るという選択肢はなかった。
「マスター、こんにちは」
「おっ、噂をしていたら、彼が来たよ。いらっしゃい、彼女の横で良いかな?」
原田は顔を上げ、入り口を見た。井田がそこに立っていた。
「えっ、正史くん…。部活はどうしたの?」
原田は驚いた表情で、井田に言った。
「部活は、部長がいなきゃ意味が無いです。ユーフォニアムを教えてもらえないですしね」
「もう…。どうしてアタシがここにいるって分かったの?」
「それは…。俺は、朝子の彼氏だから。それ以外のなにものでもないよ」
「正史くん…」
原田はカウンター席で涙を浮かべた。
マスターは、カウンターではなく、テーブルに移る?と2人に聞いたが、原田はカウンターのままが良いと言って、井田も原田の横に座る形になった。
「マスター、ごめんなさい。俺の彼女が色々と相談したんじゃないかと…」
マスターは微笑みながら、
「まあ、若い時は色んな経験をしたらいいよ。でもこんなに君の事を思ってる彼女を、悲しませないようにね」
と言ってくれた。
「はい。マスター、ありがとうございます」
「ところで君も何か飲む?」
「えーっと…」
「彼女のと一緒にしとく?」
「そ、そうですね、ハハッ」
「じゃあ、今日はカフェオレね」
「お願いしまーす」
井田は改めて原田の顔を見た。恐らくマスターに何かしら相談したのだろう、涙が流れた跡が分かった。
「正史くん、今日の部活は大丈夫かな」
「大丈夫だよ。田川先輩がちゃんと仕切ってたよ。燈中さんも今日はトロンボーン体験ってことで、トロンボーンパートに案内してたし」
「正史くんは、今日は燈中さんと何か話した?」
「ううん。何も…」
「それで大丈夫?あの子は…」
「まあ、ひょっとしたら俺と先輩が同時に休んでるのはなんでだろう、って怪しんでるかもしれないね」
「うーん、そうだね。でも何か言われても、何も無い、偶然って言えば良いだけだよね?」
「そうだよ」
ここでマスターが正史に、カフェオレを置いてくれ、原田に声を掛けた。
「彼女さん、カフェオレどうする?もう一杯飲むかい?」
「あ、そうですね。じゃあお代わりお願いします」
「はい、分かったよ」
既に原田は一杯飲み終わっていたようだ。改めてマスターが原田にも新しいカフェオレを置いてくれた。
「じゃ、朝子。ごめんねの乾杯」
「うふっ、ごめんねの乾杯って何よ」
と笑いながら、2人はコーヒーカップを合わせた。
「朝子、マスターには何を相談したの?」
「え?それはマスターとアタシの秘密だよ。ね、マスター」
「はい、お客さんの秘密は守りますよ」
「えー、なんか仲間外れみたいだなぁ」
「アハハッ、後で教えて上げるよ、正史くん💖」
と、原田は首を少し傾けた。井田の好きな原田のポーズの一つだ。
その後は2人とマスターの3人で、他愛のない話をして、緩やかに過ぎる時間を楽しんでいた。
気が付いたらあっという間に時間が過ぎ、夜7時になっていた。
「そろそろ行こうか、正史くん」
「そうだね、長居し過ぎちゃった。マスター、お会計を…」
「はい、これだけね」
伝票には、カフェオレ2杯分しか書いてなかった。
「あれ?マスター、カフェオレもう一杯の代金が…」
「いいんだよ。君と彼女で一杯ずつで」
「本当に良いんですか?マスター、申し訳ないです」
「アタシも、本当にありがとうございます」
原田は店を出る前に、お手洗い貸して下さいと言って、トイレに行った。
「マスター、俺の彼女の相手して下さって、改めてありがとうございます」
「うん。予想以上に、君が別の女の子に告白されたことがショックだったみたいだから、帰り道で慰めて上げて、心配要らないって強く伝えてあげなさい」
「分かりました」
そこへ原田がトイレから出て来た。2人はマスターにお礼を言って、店を出た。
駅へはすぐだったが、原田は腕を組んできた。
「朝子…」
「昨日は出来なかったからね。後で、いつもの、アレも…ね」
「うん、分かってるよ」
そのまま2人のいつもの駅までの列車に乗った。逆方向なので、車内は空いていた。
列車の中では腕ではなく手を繋ぎ、並んで座った。
「ねぇ朝子、マスターに何を聞いたの?」
「…もう、アタシの中では解決したから、いいじゃん。ダメ?」
「ダメー」
と言って井田は原田の脇腹をくすぐった。
「あん、もう…、アタシもそこは弱いんだから…、キャッ!」
と戯れていたら、あっという間にいつもの駅に着いた。
そして駅で降り、2人で改札を出たのだが、そこには偶然、予想だにしない人物が現れた。
「えっ?」
<次回へ続く↓>
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