小説「年下の男の子」-7
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第8章「喫茶店」
「山村君が?へぇ、目が早いというか、手が早いというか…。男子高校生って、女子と付き合いたくてたまらないのかな?正史くんもそうだった?」
原田と井田は、付き合い始めるキッカケになった、2人が使う列車の終点駅近くにある喫茶店に、やって来ていた。
前回はウッカリ乗り過ごして…だったが、今日は最初から喫茶店に行こうと、原田が誘ってきたので、井田も即OKして、あえて乗り過ごして喫茶店に来たのだった。
「今日は何にされます?」
マスターが注文を取りに来た。
「アタシは…エスプレッソ!正史くんは?」
「何にしようかな…。じゃあ俺も真似してエスプレッソ!」
「はーい、分かったよ。ちょっと待っててね」
お洒落な初老のマスターは、2人のことを覚えてくれているようだ。そりゃ、店内でキスするような高校生カップルは、一度見たら忘れられないだろう。
だがここのマスターはそんな時も注意したりせず、見守ってくれている優しさが心地よい。
「俺は…確かに彼女がほしいとは思ってたけど、山村ほどガツガツはしてなかったよ。こんなのは運だと思うしさ」
「じゃあアタシと正史くんが付き合うようになったのは、運命?それとも…」
「えへっ、俺らの場合は、運命じゃない?」
井田はちょっと照れ気味に言った。
「だよね♪じゃないと、こんなに一気に正史くんのこと、大好きにならないと思うもん…」
原田も少し俯き加減で顔を赤らめて言った。
「でも本当に俺が、朝子の初めての彼氏なの?今まで誰とも付き合ったことないの?」
「それは本当だよ。アタシが好きになる男の子って、みんな既に彼女がいたり、告白しても返事がなかったり…。だからちょっと恋愛には臆病になってたんだ。そこに現れたのが、正史くんよ。…強引にアタシのファーストキスを奪っちゃうんだもん、好きにならないわけ、ないよ」
原田は照れながら言った。部活の時のキリッとした表情と違って、甘えモードの時の原田は、本当に可愛い。井田より年下に見えるほどだ。
「それを言うなら、お、俺だって朝子が、初めてのキスの相手だったんだぞ」
「本当?あの強引さは、慣れてるっぽいけどな~なんてね。アハハッ」
「慣れてないってば!」
「じゃあアタシとキスを重ねて、慣れて上手になったりするのかな?どう?」
「あうっ、そ、それは…」
「んもう、そこはアタシのためにキス上手になるとか言ってほしいのに!もう正史くんってば!」
「ご、ごめん…。まだ女心がよく分かんなくてさ。ごめんね」
「ううん、いいの。ちょっと怒ったポーズしてみただけ。正史くんのキスの相手は、アタシだけだもん。アタシだって初めてのキスを捧げた相手とは、上手にキス出来るようになりたいもん」
「朝子には叶わないよ~」
このタイミングで、お待ちどうさま、とエスプレッソを2つマスターが運んでくれた。
「わあっ、いい香り~。アタシね、あの後、このお店についてちょっと調べてみたの」
「調べたの?どうやって?」
「地元のタウン誌とか、友達の口コミとか。そしたら、コーヒーの種類も沢山あってどれも美味しいけど、イチゴのショートケーキも美味しいんだって。食べてみない?」
「うわー、お腹が空いてる俺には聞いてはならない単語だ~。…よし、食べよう!」
「そうこなくちゃ。マスター、イチゴのショートケーキ1つ追加して下さい!」
カウンター越しに分かったよ~というマスターの声が聞こえた。
「じゃあ、カンパイしよっ!」
「うん。じゃあ、今日も一日お疲れさま。カンパーイ」
2人はエスプレッソの入ったカップをカチンと合わせ、軽く一口飲んだ。
「ふう…。ところでさ、女子バレー部ってなんでこう何年掛かっても酷い状態が続くの?」
「んー、アタシも分かんないよ。アタシも、さっき言ってたS中派閥に潰されちゃったようなものだと思うし」
「あ、あのブルマとセーラー服で試合させられたっていう…」
「そ、そう…。あの時試合前に盗まれたユニフォームは、アタシが退部を決めたら、途端にロッカーに戻ってきてたもん」
「えーっ、そうなの?」
「そんな陰湿な所だから、余計に腹が立ったけどね。結局、追い出したい相手に恥をかかせて、部にいられなくするのよ、S中の連中って」
「そっかぁ。だから燈中さんも、あの…その…恥ずかしい恰好を…」
「ハミパンでしょ?正史くんが言いたいのは。そんな言葉ぐらい、アタシには恥ずかしがらなくっていいよ。女子バレー部経験者なら、誰だって多かれ少なかれ経験してるから。でも試合中、ずっと言わないってのは酷いよ。誰かが教えてあげるべきだし。S中の連中が教えなかったのはワザとだろうけど、燈中さんと同じチームになった子達も教えられなかったのは、まだコミュニケーションが取れてなかったのと、なんとなくS中派閥の無言のプレッシャーを感じたのかもしれないね」
「そうなんだ…。なんか女子の怖い一面が凝縮されてるような…」
「だから、燈中さんと同期の、S中出身じゃない子達も、その内追い出されるよ、きっと。恥ずかしい目に遭わされて…」
「朝子の代は、朝子以外のS中じゃない子っていたの?」
「うん。でもみんな辞めたけどね」
「やっぱり、恥ずかしい嫌がらせされて?」
「そうだね、アタシより後に辞めた子は知らないけど、アタシより前に辞めた子は、着替えの下着が盗まれてたり、アタシと逆に、普通の体操服が盗まれてたり」
「なんか…。嫌だね、そんな世界」
なんとなく空気が重くなってきた所で、マスターがお待たせと言って、イチゴのショートケーキを出してくれた。
お陰で重たかった空気が一変した。
「わあ、イチゴのショートケーキが来たよ!美味しそう~」
「ホントだね。結構なボリュームじゃん」
「正史くん、アタシの夢、1つ叶えさせてくれる?」
「え?何々?」
「はい、アーンして…」
原田はスプーンにケーキを一口分載せて、井田の口元へと運んだ。
「おっ、分かったよ、はい、アーン…」
パクッ!美味い!男の井田でも感じる、今までにない美味しさだ。
「どう…?美味しい?」
原田が少し首を傾げながら、井田に聞いてくる。井田の好きな、原田の可愛さを感じられるポーズだ。
「美味しいよ!今まで食べたケーキの中で、間違いなくトップクラス!」
「本当?良かった~。じゃ、アタシにも…アーンってして…」
「もう、可愛いんだから朝子は。はい、アーンして」
「アーン…。わぁっ、美味しー!クリームがあっという間に溶けていくね。スポンジもフワッフワ。アタシ、ケーキを作ってって言われても、こんなに美味しいケーキは作れないよ」
マスターがカウンターの奥でニコニコしながら、2人の会話を聞いていた。
「じゃあ朝子、もう一回…。はい、アーン」
「アーン…。うーん、たまんないね!正史くんにアーンってしてもらえてるから、美味しさが増してるんだよ、きっと」
「でもさ、問題が一つあるよ、このケーキには」
「え?問題って…何?」
「一個だけ乗っかってるイチゴを、俺が食べるか、朝子が食べるか、そこが問題だ」
「フフッ、そんなの…。ジャンケンに決まってるじゃない」
「よし、ジャンケン一発勝負だよ。負けても相手を恨まないこと!」
「いいわよ、じゃあ…」
最初はグー!ジャーンケーン…
「やっぱりこういう時は、勝負の女神は女の子に微笑むんだなぁ…」
「んー、美味しい!甘くて、クリームとちょっと混ぜたら最高だよ!」
結局原田がパーをだし、井田がグーを出したため、原田の勝ちになったのだ。
「でも独り占めはよくないよね。半分あげるよ、正史くん」
と、原田は食べかけのイチゴをスプーンに乗せ、井田の口元へと運んだ。
「なんて嬉しい…。いいの?本当に?」
「うん。美味しいイチゴはアタシも正史くんも一緒に味わいたいから…」
「ありがとう、じゃ、素直にいただきまーす…。うん、美味しい!なんて甘いんだ!」
「ねっ、美味しいでしょ?アタシの独り占めはよくないもん。美味しいものは半分こしよっ?」
ここでカウンター越しに、マスターが「お姉ちゃん、ちょっとお出で」と声を掛けてくれた。
「えっ?はい、すいません、五月蠅かったですか?」
「ははっ、違うよ。2人のやり取り見てたらさ、若いっていいな~、青春っていいな~って思ってさ。これは1人1個ずつ。オマケだよ」
とマスターはショートケーキに乗せるイチゴを2つ、小皿に乗せて原田に渡してくれた。
「ええっ、いいんですか?こんな美味しいイチゴだから、お高いんじゃないですか?」
「いいの、いいの。あんなに美味しそうにケーキを食べてくれたお返しだよ。その代り、お友達にウチの店を宣伝しといてね」
「わあっ、ありがとうございます!正史くん、マスターからイチゴを頂いたよ!」
「本当にいいんですか?ありがとうございます!」
ここは体育会系の気質が残っている井田は、深々と頭を下げた。マスターはニコニコしていた。
「嬉しいね、正史くん♡またこのお店、2人で来ようね♪」
「もちろん!」
2人はイチゴを手に取ると、お互いに相手の口元へと交換するようにして、食べた。だがイチゴのように甘い2人の関係にさざ波が起きるとは、誰も予想していなかった。
第9章「先輩後輩」
「原田部長、入部希望の1年生が、部長に会いたいと言って来られてるんですが…」
放課後の音楽室に、2年生部員の青木留美の声が響いた。
この日はまだ原田と、その青木しか音楽室には来ていなかった。
井田は6時間目が体育だったので、着替えに手間取ってまだ音楽室には来ていなかった。
「うん。いいよ。中に入ってもらって」
「はい、分かりました。…じゃあどうぞ、中へ入って下さい」
青木が外で待っていた1年生に声を掛けた。その声を受けて、1年生が音楽室の中へ「失礼します!」と言いながら入ってきた。
「原田先輩、今日からよろしくお願いします!」
そこに立っていたのは、中学時代から原田のことを慕い続けている燈中由美だった。
「えっ、ええっ?燈中さんだったの?」
原田はまさか燈中由美が、入部希望者とは思わなかった。
「はい!アタシも原田先輩に憧れて、バレーボールをやりたいと思ってN高に入ったんですけど、女子バレー部は思った以上に期待外れということで、昨日キッパリ退部しました。心機一転、原田先輩のように吹奏楽の世界で頑張りたいと思い、入部を決意しました!よろしくお願いします」
と、燈中は深々と頭を下げた。挨拶の言葉や頭の下げ方に、体育会系の気質が残っている。原田は戸惑ったが、こうまでハッキリと挨拶されたら、断る理由などない。
「う、うん。ありがとう。吹奏楽部を選んでくれて。でもまだ新人戦とかはこれからだからさ、他のスポーツ系の部活とかは考えなかった?」
「はい。アタシ、中学…いや、小学校の時からずっとバレーボールばっかりしていたので、今からバスケだとかハンドボールだとか、ましてやテニス、バドミントン、陸上なんてのは、普段の体育の授業程度ならともかく、とてもインターハイを狙うようなレベルではないと思っています。こんな言い方だと、吹奏楽部を下に見たような言い方に聞こえてしまいそうですけど、決してそうではありません。アタシなりに考えに考え抜いての結論なんです。文化部の中でも、肺活量だったり重たい楽器を運んだりと、体育的要素が必要とされる吹奏楽部なら、これまでの私の経験を生かせると思っての決断なんです」
燈中が入部したい理由を原田に説明していた時、井田が音楽室にやって来た。
(え?燈中さんがいる…。先輩に何を相談してるんだ?もしかして吹奏楽部に入りたいとか?)
他の部員はパート練習の準備をしていたので、井田も同じくユーフォニアムの準備を始めたが、原田と燈中の会話が気になってしょうがない。
その内原田は、
「各パートリーダーさん、来てる?ちょっと前に集まってー」
と声を掛けた。各パートリーダーが、集まってくる。
「えっと、今日から入部することになった、1年生の燈中由美さんです」
横で燈中が、よろしくお願いします、と頭を下げている。各パートリーダーは、拍手して燈中を出迎えた。
「えっと、各パートリーダーさんに集まってもらったのは、燈中さんを受け入れてくれるパート大募集!って訳です。1年生が入部したけど、まだ足りないとか、もっと音に厚みがほしいパートとかあれば、手を挙げて下さい」
ハイ!とまず手を挙げたのが、トロンボーンだった。
「ウチは3年のアタシが引退したら、2人だけになっちゃうから、トリオを組めなくなるのよ。是非トロンボーンに!」
次に手を挙げたのが、サックスだった。
「ウチもアタシが引退したら、テナーがいなくなるんよ。燈中さん、テナーサックスって見たことない?ムードある楽器なんだよ。是非ウチも候補に考えてみてね」
他のパートも手を挙げたがっていたようだが、この2つのパートの事情を聞いたら手を挙げにくくなったようで、燈中が今日と明日でトロンボーンとテナーサックスを吹いてみて、いけそうなほうを選ぶということになった。
2人のパートリーダーのジャンケンで、燈中はまず今日はテナーサックスを体験してみることになり、早速サックスのパートリーダー、3年生の沖田弘子が案内していた。井田とは一瞬目が合ったが、とても言葉を交わせるような状況ではなかった。
井田はユーフォニアムのパート練習の準備を整え、原田が来るまで1人で音階の練習をしていたが、原田も一通り終わったら、すぐにユーフォニアムを抱えて、原田の横にやって来た。
「先輩、お疲れさま」
「うん、疲れたよ、井田くん…ふぅ」
原田はため息をつきながら、椅子に座った。
「燈中さんは突然やって来たんです?」
「そう。井田くんにも相談はなかった?」
「全然ないですよ。完全な単独確信犯ですね」
「そうなんだ…。でもさ、彼女なりに吹奏楽部に入りたい理由をちゃんと説明はしてくれたけど、あまりに展開が早いと思わない?」
「ですよね。先輩にバレー部退部の相談に来たのが昨日で、24時間後には吹奏楽部に入部希望って…。俺、一応女子の親友のつもりだったんですけど、バレー部を辞めたいってとこまでしか聞いてないし」
「でもまあ、知らない間柄じゃないし、アタシ達のことさえバレなきゃ、部員が増えるのはウェルカムだからね。燈中さんがテナーサックスを選ぶか、トロンボーンを選ぶかは彼女に任せて、アタシ達はユーフォニアムを練習しよっ」
原田は明るく前向きにそう言ったが、井田は不安な点を指摘した。
「でも先輩、燈中さんが入ると、大変なことになりますよ」
「えっ?何々?」
「俺と先輩が一緒に帰りにくくなります」
「…えっ、そっか!3人とも同じ部活、同じ駅で乗り降りするって考えたら…。えーっ、帰りの時間は井田くんに甘えたかったのに、帰りの時間も上下関係を守らなきゃいけないの?時間をずらすとかして、一緒に帰ろうよ」
「最初は誤魔化せると思うんですが、むしろ燈中さんは俺よりも原田先輩と一緒に行動したがると思うんです」
「えっ、アタシに足枷が加わるの?そっかー、そうだよね。今日だって、アタシを頼って入部したいって来てくれたんだもんね。あーそこまで全然考えが及ばなかったよ…」
一気に原田は落ち込んだ表情になってしまった。
「せっかく彼氏が出来たのに…。一緒に帰れないなんて…」
まるで原田の周辺には雨雲が架かっているかのような落ち込み具合だ。とてもユーフォニアムの練習をしようという雰囲気にはならない。
井田も何か打開策がないかと考えていたが、山村聡の存在を思い出した。
「先輩、打楽器の俺の同期、山村が、昨日燈中さんをちょっと見かけただけで、かなり好印象を持ってるんですよ!」
「ん?山村君…。ああ、打楽器のね。それで?」
原田の生返事っぷりが凄かったが、井田は構わず続けた。
「アイツを焚き付けて、燈中さんに告白させるようにしちゃいましょう!」
「そんなの、上手くいくかなぁ…」
「上手くいけば、儲けものですよ。カップルになれば、俺達より山村と一緒に行動しますから」
「そう…だね。でも燈中さん、まだ吹奏楽部の状態も分かってないのに、いきなり告白されてOKなんかするかな?そんな軽い子じゃないよ、彼女は」
「うーん…。でも、今はそれしかないですよ。それとも燈中さんに、俺達のこと、打ち明けちゃいますか?」
「いやっ、それはダメ!そんなことしたら、絶対あっという間に部員に広がるから」
「まだ入ったばかりの燈中さんでも?」
「うん。こういう話が好きそうなキャラがごっそりいるでしょ?部長が1年の男子と付き合ってる~なんてバレたら、恥ずかしいなんてもんじゃないよ~。男子部員を募集してたのは部長が彼氏をほしいからだとか言われそうで…」
「先輩、考えすぎですって。ちょっと落ち着きましょう。燈中さんが入部しても俺達が上手く付き合う方法を考えればいいんですよね」
「…うん」
井田はしばらく考え込んだ。
「朝、一緒に登校しませんか?」
「朝?」
「はい、朝なら、燈中さんに見付かることはないと思いますよ」
「帰りは?」
「帰りは…。仕方ないです、3人で帰りましょう。その代り、たまに一旦駅で降りてから、切符をちゃんと買って、例の喫茶店に行ったりしませんか?」
「そう、だね。今出来る最善の方法はそれかもね。ウチは朝練してないしね」
「だから、朝練に行くような時間の列車で一緒に登校して、どこか隠れ家を見つけて、しばらくお話ししましょうよ」
「…うん、分かったよ。ありがとう、一生懸命考えてくれて…」
原田は涙脆いのか、目に涙を浮かべていた。
とりあえず2人の間では、更なる秘密が増えたのだが、なんとか付き合える方法を井田が考え出してくれたことに、原田は感激していた。
「…井田くんが彼氏で、本当に良かった…」
「先輩!今は厳しい上下関係の時間ですから、泣くのは後で…ね?」
「うん。ありがと」
原田は涙を拭くと、やっとユーフォニアムを構えた。
「じゃ、練習しようか」
「はい!」
音楽室の片隅で、ユーフォニアムの音色が響き始めた。
これで一件落着なら良かったのだが、まだまだ波乱が起きるとは、2人も予想できなかった。
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