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小説「15歳の傷痕」48

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- 抱きしめてTonight -

普段は保護者の送迎車や生徒が使うタクシー等は、校門前で乗り降りする決まりになっているが、この日は余りに豪雨が酷いため、校門から下駄箱横の玄関前ロータリーまで、どの車も臨時で入って良いことになった。

教頭先生が急いで
【本日車で生徒の迎えに来た場合、タクシーも含め、玄関前まで入って下さい】
と、立看板を慌てて書くほどの豪雨だ。
時折稲光が走り、数秒後に落雷の轟音が鳴り響く。
女子がキャーッと悲鳴を上げ、耳を塞いでいる。

俺も幼少期の体験で雷は苦手だったが、今は横に中3の時の元彼女である神戸千賀子がいる。
彼女もまた、稲光が空に走る度にキャッと小さく悲鳴を上げ、耳を塞いでいた。
そんな姿を見たら、俺は雷が怖いなど言ってられない。

「大丈夫だよ、建物の中にいるから」

「でも雷はやっぱり怖いよ…」

その瞬間、目の前が真っ白になる程の、今までで一番凄い稲光が見えたと思った瞬間、ほぼ真上で落雷の轟音が鳴り響いた。

「キャーッ!」

神戸千賀子は横にいる俺に思わず抱き付いてきた。凄まじい轟音で、余韻ともいうべき地響きと窓ガラスがガタガタ揺れていた。

俺も流石に雷音に驚き耳を塞いでいたが、そこに神戸さんが抱き付いてきたので、本能的に大丈夫、大丈夫と背中を撫でた。
背中を撫でていたら、ゴツゴツした手触りが分かり、セーラー服の上からブラジャーを着けている辺りを撫でてしまったことが分かったので、慌てて直ぐに手をブラジャーの位置から少し下げて、ゆっくりと撫でていた。
その体勢で数秒いたが、ふと我に帰った神戸さんが、ハッとした感じで俺から体を離した。

「ご、ごめんね、上井くん…、怖くて、つい…」

「いやっ、大丈夫、だよ…」

2人の間に微妙な空気が流れた。
背中を撫でている時に、セーラー服の上からブラジャーに触れてしまったことは、何も問い詰められなかった。

中3の時は先生に言われて、やっと腕を組んだのが精々だったことを考えると、突然の状況だったがこんな感じで自然に話したり、触れ合えるということは、15歳の時よりは成長したのかな…と思う自分に、いやいや、そんな事を考えること自体、間違いだと改めて戒めた。

少しずつ生徒を迎えに来る保護者の車が増え始め、下駄箱で待機していた生徒の数も減っていった。
だが雷は少しずつ遠ざかっていったが、雨脚は一向に収まる気配が無かった。

そこへタクシーが1台到着し、助手席の窓を中から開けた運転手さんが、
「宮島口駅までタクシー呼ばれた、女性の神戸さん、おられます?」
と叫んだ。

「あっ、上井くん、アタシが呼んだタクシー、来てくれたよ。はーい、アタシです!」

「待たせて悪かったね、こんな日だから次々呼ばれてね。さ、どうぞ」

「すいません、1人増えて2人になったんですが、いいですか?」

「1人も2人も変わらんけぇ、早く乗りんさい。雨がホンマに酷いけぇね」

運転手さんの許可を得て、俺は神戸さんに続いてタクシーに乗り込んだ。
その一瞬、雨に打たれただけで、あっという間に全身気持ち悪くなる濡れ方をするほどだった。

「じゃあ運転手さん、すいません、JRの宮島口駅までお願いします」

俺から改めて行先を告げた。

タクシーが走り出してから、俺は神戸さんに声を掛けた。

「酷いね、ホントに。神戸さん、大丈夫?タオルかハンカチある?」

「うん、今日体育があったから、タオル持ってるから。上井くんは?」

「俺はハンカチしかないけど」

「じゃあ、アタシのもう一枚のタオル、使いなよ」

「えっ、そんな、女の子のタオルが男臭くなるよ。いいよ」

「何言ってんのよ、こんな時に。使って」

と、神戸さんは俺にイラスト入りの可愛い、いかにも女の子向けのタオルを貸してくれた。

「ごめんね、ありがとう。洗濯して返すからね」

「うん、いつでもいいよ」

そんな会話をタクシーの車内で交わしていたら、運転手さんが言った。

「ああ、1人増えはったのは、彼氏さんかな?流石にこの雨じゃあ、相合い傘も出来ませんしなぁ」

「あ、いいえ…、そ、そうですね、ははっ…」

彼氏だったのは2年半前までですがと、内心思いつつ…。

「高校生ぐらいで一度恋愛しとくと、後々の人生、かなり違ってくるけぇね。貴方達もお互いを思いやる素敵なカップルだと思うから、これからも仲良くしんさいよ」

「はっ、はい…」

俺がなんと返事しようか考えていると、先に神戸さんが答えたので、一瞬意外に感じた。


普段歩いて下校すると、高校からJR宮島口駅までは30分ほど掛かるのだが、流石豪雨の中とはいえタクシーだ、7分で到着した。

「はい、着いたよ。メーターは730円だけど、700円でいいよ」

なんと優しい運転手さんだろうかと感激し、じゃあ俺が払うんで…と財布から700円出そうとしたら、

「上井くん、ダメダメ、アタシが元々呼んでたんだから、アタシが払うから」

「いや、それに横入りしたのは俺だから、俺が払うから」

「いいのよ、アタシも上井くんが同乗してくれて助かったんだから」

と、俺たちはどっちがタクシー代を払うかで揉め始めた。
運転手さんは苦笑いしながら、

「じゃあ、お兄さんから400円、お姉さんから300円もらえるかな?」

と、裁定を下された。

「スイマセーン…」

2人して頭を下げながら、裁定額を払って、タクシーから降りた。タクシー降り場から駅舎までの僅か数メートルでも、再び土砂降りの雨に打たれ、又も気持ち悪い感じになってしまった。

「これからもお2人さん、仲良くケンカしながら、いい高校生活送るんだよ」

タクシーの運転手さんは去り際に助手席の窓を開け、わざわざそう言ってくれた。
俺と神戸さんは、次の迎えのためにタクシーを発車させた運転手さんに何度も頭を下げた。

とりあえず駅舎の中に入った。

列車も遅れているのか、いつもより待っている人が多いように感じた。同じ高校の生徒の姿も見える。

「ふう。もう制服がグチャグチャだね。上井くんも気持ち悪いでしょ?」

そう神戸さんが話し掛けてくれた。中途半端にシャワーを浴びたような感じで、さっき背中を撫でた時に思わずセーラー服越しに触ってしまったブラジャーが、セーラー服が濡れたせいでかなりハッキリと透けて見えた。だが変に色づくことなく、付き合っていた中学の時と変わらないように、純白でレースなどの装飾もない、シンプルなブラジャーだった。そのことに何故か俺は安堵した。

「確かにね~。制服だけじゃなくて、あの…その…アレ…まで濡れちゃってるから」

「何よ、あの~、その~って」

声を上げて神戸さんは笑った。

「今更照れる間柄でもないじゃん。アタシもだけど、下着まで気持ち悪いよ」

「そうとも言うね、それそれ」

「相変わらず照れ屋なんだから。変わらないね、上井くんは」

「うーん、そうかなぁ」

「変わらないのが、上井くんのいい所だよ」

「喜んでいいのかなぁ…」

神戸さんは一瞬間をあけて、

「…上井くんとこんな感じでお喋り出来るようになれて、本当によかった…」

と、しみじみと心の声のように呟いた。

それは俺もだった。
何のために、何の得にもならない意固地な姿勢を2年半も貫いていたのか。
最初こそ、俺が失恋ばかりの反面、神戸さんは彼氏に困らない状態が許せなくて意地を張っていたが、神戸さんにフラれて1年経過し、百人一首大会で1年ぶりに会話した頃から、本当は意地なんて張らなくてもよいくらい、俺の心は氷解していたのだ。

なのに俺に話し掛けたい素振りが見える神戸さんに対し、何故俺は再び心を閉ざしたのだろうか。
自分でもまだ今は、答えなんか見付からない。

だがいつか、本当に心を割って何でも話せる間柄になったら、お互いの気持ちをぶつけ合う日も来るだろう、きっと。
今は、とりあえず普通に喋れるだけでいいんだ…。


「しかし列車もえらい遅れてるね…」

俺は増え続ける列車を待つ客を見て、溜息が出た。大半が広島駅方面へ向かう客だろと思うが、一部には俺や神戸さんのように、反対側へ向かいたい客もいるはずだ。

「仕方ないよ。こんな凄い雨だもん。こんな時は上井くんこそ、電車には詳しいんじゃない?どうして遅れるか、とか…」

「そんなシステムまでは知らないよ~」

と言いつつ、俺は中3時代に話していた、趣味は鉄道ということを神戸さんが覚えてくれていたことに、ちょっと感激した。

「待ってる人が増えてるから、湿気が凄くて服も髪も乾かないね」

「ホンマに。着替えたいくらいだよ」

「上井くんは今日は体育あったの?」

「今日はなかったんよね。着替えたいけど何も代わりがないという…」

「アタシは今日、体育があったから、体操服は持ってるのよね。最悪の場合体操服に着替えちゃえばいいんだけど、流石にブルマになるわけにはいかないよね?」

「ちょっ、何言ってんの。俺が慌てるじゃん」

神戸さんの思わぬ発言に、俺が顔を赤くして照れてしまった。

「せめて制服と、その…あの…下…着…の間に、体操服を挟むように着て、気持ち悪さを軽くするとか…」

俺は真っ赤な顔のまま、俯きながらそう言った。

「アハハッ、もう上井くんってば、女の子のデリケートな話題になると、途端に照れちゃうのね。下着って単語くらい、アタシは気にしないよ。そんな風に言われると、却って強調してるみたいで不自然だよ」

「そっ、そうかな…」

「うん。まあ実際は体操服に着替えなんてしないから、安心して。アタシだって、ブルマ姿で電車に乗るのはいくら何でも…ね」

「ハハッ、そうだよね。集団ならともかく」

「集団?まあ集団だと心理が違ってくるけど、なんか上井くんの言い方だと、そんな経験があるみたい…。まさか集団で変なことしたとか?」

「まさか!違う、違う。俺が横浜にいた小学校の時の話だよ」

俺が小学校を卒業するまで過ごしていた横浜市では、6年生の時に横浜市の小学校全部の6年生を集めての、連合大運動会が行われていた。
俺の通っていた小学校は横浜市でも西の端で、運動会を行う会場までは、どうしても電車かバスで移動しなきゃならない距離だった。

俺より上の先輩達はバスで移動していたのだが、俺が6年生の時は不幸なことに何か大きな行事が重なり、横浜市内のバスが殆ど出払っていて、俺たちの小学校や他の小学校も、最寄り駅まで体操服で電車に乗る羽目になった。
一部の女子からは会場で着替えればいいのにという意見も出ていたが、横浜市内の小学6年生全員が一斉に同時に着替える場所などなく、最初から体操服で移動することに決まったとのことだった。

その結果、小学校の最寄り駅から、運動会の会場の最寄り駅まで、男子は短パン、女子はブルマという体操服姿で電車に乗るという、今考えれば罰ゲームみたいな状態が発生したのだった。
行きはまだ体操服が綺麗だが、帰りは運動した後なので体操服も活発な生徒ほど汚れているという状態で電車に乗らねばならず、本当に罰ゲームになっていた。

俺はその経験を、神戸さんに話した。

「ということで、集団ならともかく…って思い出したんだよ」

「えーっ、それは本当に罰ゲームよ。いくら集団でも…。ちなみに上井くんの小学校は、6年生は何人いたの?」

「5クラスだったから…200人ちょっとかな?」

「それでも100人くらいよね、ブルマの女の子が。恥ずかしかっただろうね」

「うーん、俺はそんなに気にならなかったけど、他の普通のお客さんはビックリしたと思うよ」

そんな話をしていたら、駅の案内放送で広島方面の列車が間もなく参りますので、ご利用の方は…と呼び掛けていた。
すると待合室にいた客が一斉にホームに入ろうとして、改札口がちょっとしたパニック状態になった。

「危ない、コッチにおいで」

思わず人の波にさらわれそうになった神戸さんの手を掴み、柱と柱の間に逃げた。

「うわっ、凄い光景…。ありがと、上井くん。あのままだったら、勝手に人の波に揉まれて、広島駅へ行くとこじゃった」

「見てよ、反対側のホーム。絶対全員乗れるわけないよ」

それほど凄い数の待ち客がいたということだ。

「逆に広島から来る、俺たちが乗りたい列車も相当混んでるだろうね」

「そうよね…」

「何本かやり過ごした方が安全かもしれない」

そんな会話を、俺は神戸さんと手を繋いだまま交わしていた。

しばらくするとお互いに気恥ずかしくなって、なんとなく手は離したが、お互いに照れてしまった。しばらく無言状態が続いたが、

「…今日の雨に感謝、かな。アタシは…」

神戸さんが、俺に聞こえるかどうかのちょっと小さい声でポツリと呟いた。

「ん?神戸さん、今、何か言った?」

「ううん、アタシはなんにも?」

「そう?まあ、いいか」

「そうそう、気のせいよ、きっと」

やっとさっきよりは小康状態になってきた外の雨を眺めながら、お互いに分かっていることなのに、それを知らないフリをして、列車に乗れるのはいつになるだろうね、と2人は会話を交わした。

<次回へ続く>


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ミエハル
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